第68話

「これから答案用紙を返却するぞ〜」


 実力テストの結果が返ってきた。

 二週間くらい前に受けたやつ。


 よしっ!

 まずまずの点数。

 クラス内の順位だって5つ上がった。


 きゃ〜、とか、うわ〜、という悲鳴が聞こえるから、みんなの結果はイマイチっぽい。


「45点未満とかいう、情けない点数を取ったやつが、若干名いるな。そいつらは残りの夏休み返上だ。明日から学校へ来て、補習を受けなさい」


 ミタケの様子をチェックした。

 予想したとおり、白目をむいて気絶しそうになっている。


「だ〜れだ?」

「神楽坂さんだろう」

「にゃはは〜。当たり〜」


 声の明るさから察するに、今回の一位はキョウカか。


「およ? 宗像もけっこう上出来じゃん。さては、やる気を出したな」

「俺だって、一年に一回くらい、勉強したい気分になるんだよ」


 キョウカは腰をかがめて、


「もしや、不破キュンと同じ大学を受験する気かね」


 と耳打ちしてきた。


 ギクッ!

 女のカンが発動したか。


「いいね、青春、がんばりたまえ」

「まったく……」


 リョウの背中をポンポンしてから、キョウカは去ってゆく。


「不破くんは何点だった?」

「それがね……」


 こっちはアキラとアンナの会話。


「普通に良い点数じゃん。どうして落ち込んでいるの?」

「三教科とも負けてしまったんだ」

「ああ……」


 キョウカに3タテを食らった。

 英語と数学はともかく、国語を落としたのはショックが大きいだろう。


「競争相手が強いと大変だね。でも、次はきっと逆転できるよ」

「はい……がんばります」


 一人になったとき、アキラが怪しい動きを見せた。


 ペンケースから付箋ふせんを取り出す。

 そこに何かを書き込んで、小さく折りたたむ。


 消しゴムと消しゴムカバーの隙間に差し込むと……。


「コレを貸してくれてありがとう」


 さりげなくキョウカの机に置く。


「ん?」

「ね?」

「そうそう、そうだった」


 キョウカは秘密のメッセージをチェック。

 アキラの方を見ずにOKサインを返してきた。


 マジか……。

 スパイ映画かよ。


「おい、アキラ、普通に声をかけりゃいいだろう。工作員みたいなことをしやがって」

「これはトップシークレットの取り引きなんだ。他のクラスメイトにバレちゃうと、僕だけじゃなく、神楽坂さんの立ち場も危うくなる」

「はぁ?」


 そして放課後。

 人気のない校舎裏へやってきた。


「やっほ〜」


 キョウカが時間ぴったりに登場する。


「はい、これ、例のブツ」


 アキラはカバンから茶封筒を取り出す。


「なんだろう」


 キョウカが中身をチェックすると……。


「うわぁ⁉︎ トオル様のサイン入りCDだ!」


 思いがけないプレゼントに、瞳からハートマークが飛びまくり。


「もらっていいの⁉︎」

「この前、ファンイベントの食事会に来てくれたから。そのお礼だってさ」

「超嬉しい! 私のこと、覚えていてくれたんだ! もう感激! 幸せすぎて胸が痛い!」


 犬だったら尻尾をブンブン振り回すシーンだな。


「集まってくれたファンの中で、神楽坂さんが一番かわいかったって、トオルくんはいってたよ」


 おい、こら!

 アキラの捏造ねつぞうだろう!


「もうっ! トオル様ったら! 本当にお口がお上手なのですから!」


 ここにいない本人に向かってデレデレ。


「色々と借りがあるけれども、これで一個は返したということで」

「ふむむ〜。持つべきものは、義理堅いクラスメイトだね〜」


 キョウカはルンルン気分で去っていった。


「そっか。アキラの兄貴が犬神トオルだということは、秘密にしないといけないのか」

「犬神トオルには、妹がいることになっているから。トップシークレットなのです」

「あのサインは本物だよな? アキラが偽造していないよな?」

「そんな犬畜生いぬちくしょうなマネはしない」


 アキラはやれやれと首を振る。


「アイドルなんて、罰当たりなお仕事だよ。ファンの恋愛感情を刺激して、お金をガンガン搾取さくしゅするのが、彼らのステータスなのだから。一文無しになったファンは、用済みにつきポイだしね」

「アキラって、ときどき性格が悪いよな」

「月の暗黒面ダークサイドと一緒。ヒトの半分は美しくないもので構成されている」


 他愛もない話をしながら家に帰った。


 アキラのマンション前。

 見知らぬご婦人が立っていた。


 いや、雰囲気がアキラに似ている。

 だから、この女性が不破ママだと、すぐに分かった。


 アキラの生みの親。

 というより、年の離れた姉くらいの若々しさ。


 ショートヘアとエレガントな帽子が似合っており、現役の女優なんじゃないかってくらい、肌も髪もきれいだ。


「あら〜」


 おっとりした声がいう。


「アッちゃんと、宗像リョウくんね。お帰りなさい」

「どうも。先日は両親がお世話になりました」


 リョウはぺこりと頭を下げる。


「お母さんは? いま帰り? それとも出かけるところ?」

「フミちゃんのお母さんと、お茶してきたところよ〜」


 じゃじゃ〜ん!

 そういってクリーム色の写真台紙を取り出す。


「なにそれ?」

「お見合いの写真」

「はっ⁉︎」

「アッちゃんが明後日に会う人です」

「いやいやいや⁉︎ 何も聞いていないよ!」

「だって、何も教えていないから」

「そうじゃなくて!」


 どうして話を受けちゃったの⁉︎

 しかも明後日とか⁉︎


 アキラが訴えたいのは、そういうことらしい。


「この料亭のお食事、とってもおいしいのよ。結婚式のコース料理なんか、目じゃないってくらい。あ、でも、本当は断るつもりだったのよ。そうしたら、フミちゃんのお母さんがね、もう額を床にこすりつけちゃって……着付け代から交通費まで全部出してくれるっていうから……」


 びっくりして受けちゃった。

 許してね、テヘッ。


「そんな、安直な……」

「当日はママも一緒だから。安心なさい」


 不破ママは頬っぺたに指を当てて、少女みたいに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る