第69話

 急なお見合いについて。


 え〜と……。

 背景をざっくり整理すると、次のような感じ。


 お見合いの相手は外村そとむらさん。

 仕事バリバリ、33歳の若手医師だ。


 そして、フミちゃんというのは、奥寺おくでらフミネさん。

 この春に大学を卒業した23歳、かつ、アキラの従姉妹いとこで、外村さんとお見合いする予定なんだって。


 つまり、外村家と奥寺家のイベント。

 どうして不破ママが一枚加わっているのかというと……。


「フミちゃん、脱走しちゃってね。連絡がつかないの」

「はぁ⁉︎」


 ちょっとコンビニまで買い物に……。

 そういって旅行に出かけちゃったらしい。


 娘に裏切られちゃった奥寺家は大パニック。

 親戚中にヘルプを求めて現在にいたる。


「このままだと外村家にも申し訳ないでしょ」

「ちょっと、ちょっと!」

「そこで閃いたのが替え玉作戦なのです。ほら、アッちゃんは演技が上手だから。フミちゃんに成りすまして、当日さえ乗り切ったら、みんなハッピーなのよ」


 えぇぇぇぇ⁉︎

 ばっくれるのも失礼だが、替え玉も失礼だな。


「バイト代じゃないけれども、お小遣いを弾むから。ねえ、お願い。この世でアッちゃんにしか務まらない大役なのよ」

「うはっ⁉︎」


 アキラは目を白黒させる。


 だって、お相手の男性は33歳。

 16コも離れているわけだし、緊張でガチガチになるのが目に見えている。


「いやいやいや……お母さんがフミちゃんに変装したらいいじゃん。叔母と姪なんだし」

「ダメよ〜。ママには旦那様がいるから。人の道から外れちゃうわ」

「あのね……娘を売っている時点で、親の道から外れているよ」

「アッちゃんなら大丈夫。ママがついているわ」

「ああ、もう」


 髪の毛クシャクシャするアキラを、不破ママは楽しそうに見守っている。


「じゃあ、本番に向けたリハーサル。まず一人称は?」

「僕、じゃなくて、私」

「氏名と年齢は?」

「奥寺フミネ、23歳です」

「特技は?」

「ヴァイオリン……だっけ?」

「正解、好きな作曲家はクライスラーね」

「うぅ……あまり詳しくないや」

「趣味は?」

「旅行です。今年は函館はこだて指宿いぶすき温泉へいってきました」

「はい、100点。なんだ、余裕じゃない」

「なんだ、じゃね〜よ」


 怒ったアキラは不破ママをポコポコする。


「宗像リョウくん、ごめんね、かくかくしかじかの理由で、アッちゃんを48時間くらい借ります」

「あっ……はい……仕方ないです」

「リョウくん、助けて〜!」


 ごめんな。

 他家よそのプライベートには干渉かんしょうできない。


「ふっふっふ、アッちゃんをたっぷりと洗脳せねば」

「きゃ〜! 僕という人格が消されちゃうよ〜!」

「あなたは今日から奥寺フミネ、いいわね」

「あぅあぅ……精神改造手術だよ〜!」

「お見合いが終わるまで、口ぐせの、むぅ〜、うはっ⁉︎ あぅあぅ、は禁止だからね」

「ぐすん……」


 子猫みたいに首根っこをつかまれて、アキラはマンション内に消えていった。


「やっぱり、23歳の大人に化けるのは無理だって!」

「ママの年増としまメイクを信じなさい!」

「これは虐待だ〜!」


 そんな会話が響いてきた。


「…………」


 残されたリョウは呆然ぼうぜん

 びゅうっと風が吹いて、コロコロと空き缶が転がっていく。


 マジで?

 アキラがお見合い?

 しかも明後日とか。


『ぼやぼやしていると、アキラちゃんにお見合いの話が舞い込んでくるかもしれないわ』


 母親に茶化された記憶が蘇ってくる。

 まさか、あの冗談が的中しちゃうなんて。


 いやいや、落ち着け。


 これは替え玉作戦。

 出会い系アプリのサクラと一緒。


 しかも、大卒の23歳に成りすますわけだから、アキラの演技力をもってしても、外村さんとそのご両親にバレるのではないだろうか?


「うぇ……俺まで緊張してきた」


 というか、不破ママの天然っぷり。

 アキラよりも強烈だったな。


「どうりで若いわけだ」


 リョウは家に帰った。

 ひたすらマンガを描いた。


 時おり猛特訓中のアキラからメッセージが送られてくる。


『リョウくんは? マンガ?』


『まあな。そっちの調子は?』


『音楽を勉強中』

『相手の人がピアノを弾けるんだって』


『慣れないことだから大変だな』


『うむ』


『お見合い、乗り切れそう?』


『いや……』

『ほぼ確実に途中でバレます(笑)』


『おい!』


『大恥だよね!泣』


『大人のせいだ。アキラは悪くない』


『ばたんきゅ〜』


 なんだっけ、これ。

 意味を忘れちゃったけれども、かわいいな。


『とはいえ、外村さんに落ち度はないから』

『少しでも有意義な時間を過ごしてもらえるよう、精一杯がんばるつもりです』

『それでは、特訓に戻ります。元女優の演技指導なのです』


『ファイトだ』


 リョウは小さく笑う。


 アキラって、ホント。

 一途いちずでひたむきだよな。


 一回きりの出会いなのに。

 しかも、茶番みたいなお見合いなのに。

 向こうの男性を全力で思いやっている。


「俺も負けていられない」


 バカがつくほど正直で心優しい。

 そんなアキラを応援していると、リョウのヤル気も燃えてきた。

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