第67話

「すごいのよ〜!」


 例のお茶会から帰ってくるなり、開口一番、母がそういった。


「何がすごいの?」

「とにかくすごいの!」

「それじゃ、分からないよ」


 リョウはコップに麦茶を入れて、興奮しまくりの母に手渡す。


「ありがと」


 ぐいっと一気飲み。

 むふん! と貴婦人にあるまじき鼻息を飛ばす。


「リョウのために、不破家を偵察してきました!」

「おおっ!」

「心して聞きなさい!」


 教えてもらった情報というのが……。


・リビングが広い、宗像家の2倍くらい

・キッチンがおしゃれ

・玄関も、トイレも、ベランダもおしゃれ

・読書のための部屋がある、不破ママも本が大好き

・海外ブランドの家具で統一されており、憧れのモデルルームみたい


「待って待って、アキラの昔話を仕入れてきたんだよね? ほとんど関係ないんじゃ……」

「そんなことないわよ。これは、一番感動した話なのだけれども……」


 今から20年ちょっと前。

 いやいや……。


「アキラ、生まれてないじゃん!」

「いいから、黙って最後まで聞きなさい」


 不破ママが駆け出しの女優だったころ。

 昼ドラの撮影のため、都内の病院へやってきた。


 休憩中。

 強い風が吹いて、バランスを崩してしまい、不破ママは怪我しちゃったらしい。


『いたたたた……』


 泣きそうになったとき、トトトッと駆け寄ってくる足音がした。

 撮影のスタッフかな、と思ったが、そうじゃなかった。


『大丈夫ですか⁉︎』


 年上の男性。

 白衣を着ていないが、彼が医者だということは一目で分かった。


『動かないで。手当てするから』


 カバンから消毒液とコットンを取り出す。

 プロフェッショナルな手さばきで、不破ママの傷を治療してくれたのだ。


『あの……お名前は?』

『名乗るほどの者じゃありません』


 そんな会話を交わしたとき、2階の窓が開いて、


『おい、不破、急患だ! 手を貸してくれ!』


 という声が降ってきた。

 つまり、このナイスガイこそ、医師見習いだった不破パパなのである。


 不破ママの心臓はバクバクしまくり。


 心音がこの人に聞こえないかしら?

 感情を悟られないかしら?


 嬉しさと緊張が入り混じり、その夜はうまく寝付けなかったらしい。


「ステキな出会いでしょ〜! アキラちゃんのようなステキな女の子は、ご両親のめからしてステキなのね〜!」


 母はタコみたいに体をくねくね。


「お母さんは、当時から不破ママを知っていたの?」

「昼ドラに出ていた人だから。顔と名前くらいは知っていたわ」

「へぇ〜。舞台俳優とは聞いていたけれども、テレビにも出てたんだ」


 格好いいな、不破パパ。

 女優さんのハートを一撃で射止めるなんて。


 あと、不破ママの性格、メッチャかわいい。

 ひと昔前の少女マンガの主人公みたい。


「昼ドラがクランクアップを迎えたのち、二人は交際をスタート。結婚して、子どもを授かったのを期に、不破ママは現役を引退されたのですって」

「ロマンチックだね」


 こんな話を教えてもらった日には、甘々のラブコメを描きたくなる。

 あと、無性に筋トレしたくなる。


 そうか、そうか。

 不破ママから猛アタックしたのか。

 宗像家とは逆のパターンだな。


「この手のラブストーリーを体験できるの、きっと30人に1人くらいよ。女の本懐ほんかいってやつだわ」

「たしかに」


 でも、うちの両親だって、馴れ初めは負けていないと思うけどね。


 そして翌日。

 2回目の登校日がやってきた。


「うちのお母さんなんて、少女みたいに瞳をキラキラさせていてさ。真の美女は、ショートヘアがよく似合う、みたいな話を10回くらい聞かされたよ」


 リョウは電車内でボヤく。


「僕のママも、リョウくんのお母さんは面白い人って、楽しそうに話していたよ。今度、ランチに誘いたいってさ」


 アキラが含み笑いをしながらいう。


「お母さん、よく口が滑るからな。変なこと言ってなきゃいいけれど」

「大丈夫だって。僕のママ、無邪気な人だから」

「それ、答えになってないから」


 学校前の駅についた。


 夏休みも残すところ一週間。

 二学期がスタートすれば、男装アキラと週に5回会うわけか。


 嬉しいような、悲しいような。

 それ以上に、秘密を守るというプレッシャーが大きいか。


「どうしたの、リョウくん?」

「いや、アキラが小学生のときの写真、親に携帯で見せてもらったけれども」

「うぅ……」

「ホントかわいいな、今も昔も」

「あぅあぅ……誰かに聞かれるだろう」

「聞かれても平気だって、このくらい」


 ぷしゅ〜。

 アキラは湯気が出そうなくらい赤面している。


「リョウくんのイジワル」


 うるんだ瞳を向けられた。


「すまん、許せ」


 ドキドキ……。

 なんだ、この気持ち。


 アキラは男子生徒の格好をしているのだが。

 ほんの一瞬、キツく抱きしめたい衝動に駆られた。

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