第47話

 プールから帰宅した後。

 ひたすら寝ることにした。


 アキラからメッセージが送られてきて、


『今日はもうマンガを描いたらダメだよ!』


 と釘を刺されたが、線一本を引くエネルギーすら残っていなかった。


 母親に叩き起こされる。


「リョウ、お風呂に入りなさい」


 シャンプーで体を洗い、ボディソープで髪を洗うという、小学生みたいなミスをやった。


「あら? さっきまで寝てたのに、また寝るの?」

「心ゆくまで寝たいお年頃なんだよ」

「サラリーマンみたい」


 そして翌日。

 アキラに誘われてショッピングモールの水着コーナーへやってきた。


「リョウくんは一歩たりとも中に入ったらダメです」


 入り口のところで通せん坊される。


「マンガの参考になると思ったのに」

「僕がどんな水着を選ぶのか、当日まで秘密なのです」

「それは楽しみだ」


 WEBマンガを読んで時間を潰すことにした。


 自分もマンガを描いているせいか、作者目線で読んじゃうクセがある。


 この人、右向きの顔が苦手だな、とか。

 この人、一コマに三人以上は入れないよな、とか。


 キャラの心情を描写するのが上手い、とか。

 たくさん映画を観る人だろうな、とか。


「お待たせ」


 買い物袋をさげたアキラが戻ってくる。


「いいのが見つかったのか?」

「まあね。サマーシーズンも半分が終わったから、けっこう値引きされていたんだ」


 嬉しそうにニッコリ。


「小腹が空いたな」

「じゃあ、フードコートへいこう」


 何を食べたいか、せ〜の、で教え合うことに。


「俺はたこ焼きが食べたい」

「僕はワッフルが食べたい」

「えっ⁉︎」

「なっ⁉︎」


 塩辛い系と甘い系。


 相談した結果……。

 どっちも食べようという結論になった。


 たこ焼きをふーふーしていると、


「いいな〜。おいしそう〜」


 7歳くらいの女の子が寄ってきた。

 つぶらな瞳の先には、クリームをたっぷり盛ったワッフルがある。


「一口食べる?」


 アキラが尋ねる。


「うん」


 コクコクと女の子。

 すると妹と思しき幼女も寄ってきた。


「わたしもほしい!」

「はい、ど〜ぞ」


 アキラは一口ずつ食べさせてあげる。


「まあ〜い!」

「ふわふわ〜!」


 うっとりする姉妹。


「こら! 知らない人に食べ物をねだったらダメでしょう!」


 母親まで登場した。


「本当にスミマセン! この子たちが我がままいって。ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、とてもかわいい子でしたので、つい……」

「まあ」


 我が子をかわいいと褒められて、腹を立てる親はいない。


「ワッフルのお代は払いますから。これで許してください」


 そういって千円札を差し出してくる。


「大丈夫ですよ。一口だけですし。そのお金でこの子たちに絵本か文房具でも買ってあげてください」

「ママ〜! クレヨンほしい〜!」

「わたしも〜!」


 母親と女の子はペコペコしながら去っていった。


「バイバ〜イ!」


 姉妹が手を振ってきたので、リョウたちも振り返しておく。


「アキラ、子どもを手懐てなずけるのが上手いな」

「むっふっふ。保育士の才能があるかも。もしくは、遊園地のスタッフとか」

「舞台俳優はいいのか? アキラには、やっぱり、人を魅了するオーラがあると思う」

「う〜ん……トオルくんの後追いになっちゃうからな〜」


 たとえば目の前のワッフル。

 アキラが食べていると、日本一おいしいワッフルに思えてくる。

 そのくらい表情が豊かなのだ。


「僕にもたこ焼きを食べさせて」


 アキラがお願いしてきたので、ほらよ、お口に放り込んであげた。


「はふはふ」


 幸せそうにモグモグ。


「おいしいな〜」

「この世のたこ焼きの大半はおいしい」

「そういう意味じゃなくてさ」

「じゃあ、どういう意味?」

「むぅ〜。察してよ」


 女の子は謎だな、とリョウは思う。


「今日買った水着、どこで着る予定なのか、まだ教えてもらっていない。プールとか海水浴場はさすがに無理だろう」

「知りたい?」

「家じゃないよな」

「そんな味気ないことはしない」


 アキラがバッグから一本の鍵を取り出す。


「借りてきました」

「なにを?」

「親戚の人が持っている別荘」

「マジで?」

「敷地を抜けると、すぐ近くにビーチがあるのです。なんちゃってプライベートビーチみたいな」

「すげぇ」

「行きたい?」

「行っていいの?」

「もちろん!」


 アキラはいたずらに大成功した子どもみたいに笑う。


「別荘に泊まるので、ご両親の許可をもらっておいてください」

「待て待て、アキラはすでに外泊の許可を取ってあるのかよ」

「友だちと二泊三日してくると伝えました」

「ああ……友だちと……ね」


 去年の夏はモノトーンだったけれども。

 今年の夏はカラフルに色づいている。

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