第46話

 ゴボゴボゴボッ……。


 水面で太陽が揺れている。

 ガラス玉のように見えるのは気泡か。


 一瞬、意識を失って……。

 いまおぼれているのか?


 ホームベースみたいな髪型が近づいてきた。

 たぶんミタケ。


 水面まで引き上げられて……。


 おい! 宗像! しっかりしろ!

 頬っぺたをペチペチされた気がする。


「リョウくん! リョウくん!」


 次に意識がハッキリしたとき、アキラの顔が見えた。


「ここは……」


 プールサイドで寝ている。


「おおっ!」

「生きてた!」

「宗像が復活した!」

「よかった〜」


 リョウは小さく咳き込んだ。


「リョウくん、この指、何本か分かる?」

「ん? 三本だろう」

「うん、正解」


 あとでキョウカから教えてもらった話によれば……。


 リョウを水中から担ぎ出した後、


『気道を確保して、人工呼吸すべきでは?』


 という流れになったらしい。


 真っ先に手を挙げたのはアンナ。

 過去に人を助けた経験があるそうだ。


 ところが……。


 僕がやるから!

 アキラが役目を横取りした。


 マウスツーマウスで酸素を注入。

 ついでに水も吸い出してもらった。


「よかったね。ファーストキスの相手が不破キュンで」


 キョウカは指をクルクル回しながら笑う。


「それともアンナの方がよかった?」

「答えられるかよ」

「それとも私?」

「高額な医療費を請求されそうだからノーセンキューです」

「にゃはは〜。フラれちゃった〜」


 ふいにキョウカの笑いが消える。


「しっかし、不破キュンも軽率だねぇ〜。気管支が弱いって設定で体育をサボっているのに。人前で人工呼吸を買って出るなんてさ」

「なんだよ。俺が悪いっていいたいのかよ」

「宗像がそう思うってことは、そうなんじゃないの〜」


 言い返す言葉が思いつかず……。


「神楽坂さんも、アキラも、女子の考えていることは謎すぎる」

「私ら女子にいわせると、男子の考えが単純すぎるのさ」

「なるほど。否定はしない」


 クラスメイトが解散するとき、みんなに礼をのべた。

 ミタケには、命拾いした、といって頭を下げておいた。


 そして帰り道。

 リョウは唇の火照ほてりを気にしていた。


 アキラがここに?

 口づけしたのか?


 想像しただけで耳元が熱くなる。


 けっこう大胆なんだな。

 みんなが見守っていたのに。


「リョウくん、もう大丈夫? どこも痛くない?」

「まあな。何ともないよ」

「ごめんなさい」

「なんでアキラが謝るんだよ」

「だって……」


 水球のゲーム中。

 リョウは最初からウトウトしていた。


 マンガ漬けの毎日を送っていたから。

 心身の疲労がピークに達していたのだ。


「僕がリョウくんをきつけたから、ボロボロになるまで努力して、あんな事故が起きちゃったんだ」

「いや、ボールを見ていなかったのは不注意だから。それに体調管理はクリエーターの基本だし」

「でも……」

「わかったよ。過失は五分五分ということにしよう」

「うん」


 しばらくの沈黙。


「あのさ、埋め合わせとか」

「えっ?」

「いや、忘れてくれ」


 アホか。

 自分から埋め合わせを要求してどうする。


「そうだよね。口先だけの謝罪だと誠意に欠けるよね」

「軽い冗談でいってみたのだが……」

「でも、リョウくんの主張が正しい気がする」

「え〜と……アキラさん?」


 マジで?

 期待していいの?


「リョウくんを刺激しちゃうと、また創作意欲が湧いて、睡眠時間が減っちゃうよね」

「可能性はあるな」

「全力疾走するのも考えものだと、今回の一件で学びました」

「俺も反省している。いつか自爆する」


 アキラのマンションについた。

 頬っぺたに優しくタッチされる。


「埋め合わせの件については、僕が良いアイディアを考えておきます」


 夏休みらしくて。

 リョウのいやしになって。

 高校二年の今しかできないやつ。


「アキラが水着を着用するとか?」

「うぅ……」

「神楽坂さんに挑発されまくっていたよな」

「聞いていたんだ」

「もしかして悔しい?」

「そりゃ、悔しいけれども」

「まあ、無理はするな。一緒に冷やし中華を食べるとか、公園で花火するくらいでいいぞ」

「そんな平凡なやつじゃ、僕が納得しません」

「そうかよ」


 リョウは後頭部をかきむしる。


「また明日な」

「うん、連絡する」


 別れるとき、水着かぁ〜、新調しないとな〜、という声が聞こえたような、聞こえなかったような。

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