第43話

 好きだ!

 魂のこもった告白が夜の空気を震わせたとき。


 くしゅん!

 アキラの大きなクシャミも響いた。


「ごめん、リョウくん、さっき何かいいかけた?」

「え〜とだな……」

「ツキだ! 月が! とか、いわなかった?」

「そうそう、マンガの一場面に月を入れたい。それをさっきひらめいた」

「月がきれいですね、とか? アイラブユー的な?」

「お……おう……」


 何も知らないアキラは、


「文学的だね〜」


 といって夜空を見上げている。


「そっか。後ろからガバッと抱きしめて、月がきれい、か。並のヒロインなられちゃうだろうね」

「だよな……」

「やってみる?」

「えっ⁉︎ いまここで⁉︎」

「さっき実験しようとしたんだよね」

「おう、実験しようとした」

「だったら……」


 アキラがスススッと寄ってくる。


「リョウくんはマンガ家志望なのです。ゆえにアイディアの奴隷どれいでなくてはいけません」


 そう力説するなり、ガバッと抱きついてくる。

 

「月がきれいだね」

「アキラと一緒に見る月だから」

「おおっ! OKの返事をもらった!」


 ぴょんぴょんと小躍りしている。


 何やってんだ……。

 住宅街のド真ん中で。


「はい、次はリョウくんの番です」

「やらないとダメ? 練習とはいえ小っ恥ずかしいな」

ぜん食わぬは男の恥。ここで逃げることは許しません」


 ホント、アキラって。

 親友としか思っていないよな。


「いくぞ」

「早く、早く」


 アキラを包むようにハグする。


「月がきれいだね」

「リョウくんと一緒に見る月だから」


 これにてカップル誕生。

 パチパチパチと感動すべきシーン。

 創作ならば……。


「僕の女装コンテスト。リョウくんのマンガ家デビュー。どっちも目標に向かって前進しているね」

「ああ、そうだな」

「青春しているって感じ?」

「いえてる。もう少しこのままでもいいか?」

「いいよ」


 今回のいいよが、リョウの半生の中で一番嬉しい。


 それから数日後。

 近くの図書館へやってきた。


 リョウの夏休みの宿題が少しも終わっていない。


 それを心配したアキラが誘ってくれたのだ。

 弁当をつくるから図書館へいこう、と。


「ちょっと、リョウくん、またウトウトしているよ」

「すまねえ……昨夜、遅くまでマンガを描いていたから」

「若いからって、寝不足は良くない」

「スミマセン……」


 アキラがくるっとペンを回す。


「でも、マンガが理由なら仕方ないね。そろそろ宿題は切り上げようか」

「それならさ、うちに来ないか? 今日も親がいないから」


 リョウはしれっと誘ってみた。


 アキラの手からペンが落ちる。


「リョウくんの家、お邪魔していいの?」

「アキラに見せたいものがあってだな……」

「それなら僕の家から紅茶とクッキーを取ってくるよ。リョウくんの家にあるティーポットを貸して。お茶会にしよう」

「おう、そうしよう」


 アキラの家を経由してリョウの家へ向かった。


 リョウは公募用のマンガを印刷する。

 そのあいだにアキラが紅茶をれる。


「ほらよ」

「おおっ! 完成したんだ!」

「背景とか、トーンとか、一部未完成だけれども。知り合いに読ませる分には問題ない」


 ずばりタイトルは……。

『恋愛相性1%の僕たち私たち』


「なんで1%なの?」

「それは最後のページでわかる」


 舞台は近未来の日本。

 非婚化、人口減が深刻化した社会。


 日本の未婚率。

 世界ワースト1位。


 それをなげいた政府が、青少年に婚活をうながす『ゆりかご計画』を始動させた。


 交際相手はシステム……最先端のAIで選別される。

 システムの意向に逆らってもいいが、その場合、国家のエージェントがあの手この手で妨害してくる。


「つまり、自由恋愛が死んだディストピアなわけね」

「そうそう。結婚も国が面倒を見てくれると、みんな考えている」


 そこに異を唱えたのが、主人公の浦和うらわくんと、ヒロインの大宮おおみやさん。

 同じ学校に通う高校生だ。


「日本人が思考停止していると、この二人は考えている。ゆりかご計画だって実は万能ではない。ニュースは封殺されているが、たびたび事件が起きている」


 浦和くんと大宮さんの恋愛相性。

 システムの判定によると最低レベルの0%。


「もし、この二人が理想的なカップルになったら……」

「ゆりかご計画に対する強力なアンチテーゼとなるわけだ」

「そういうこと」


 リョウはパチンと指を鳴らす。


「恋愛相性0%と判断されただけあって、性格の不一致が大きい。よく口喧嘩している。でも、それは上っ面のすれ違いなんだ。もっと深い部分……僕たちはどう生きるべきかとか、この社会がどうあるべきかとか……思想のところは100%マッチしている。システムが余計なデータと排除した部分ね。そして最後のページ……」


 浦和くんと大宮さんの恋愛相性。

 0%から1%に書き換えられる。


 システムが誤りを認めて、みずから訂正した。

 つまり、主人公たちは100分の1の勝利をつかんだ。


「もちろん、当局は二人の恋愛を妨害したい。もちろん、秘密裏にな。そのために暗躍するエージェントたち……」


 国家の闇の部分。

 その名も恋愛警察。


「この大人たちが、ロミオとジュリエットにおける障壁の役割を果たす」

「燃えるようなラブロマンスが誕生すると⁉︎ 引き裂こうとする力が強ければ強いほど、愛もその輝きを増すと⁉︎」


 アキラの表情がぱあっとはなやぐ。


「これは傑作だ! SFとラブコメの融合だ! 1984年を上梓じょうししたジョージ・オーウェルの再来と呼ばれる日も近いよ!」

めすぎだ、コノヤロー」


 ひらり、と。

 一枚の設定シートが落ちてきた。


 ヒロイン大宮さん。

 そのラフスケッチとキャラ説明。


・病的な文学オタク

・原宿でスカウトされるくらい美人

・特技はうそ泣き

・声真似が上手

・あざとい


「ん? これは?」


 やべぇ……。

 アキラの外見と内面を丸パクリしたの。

 本人にバレちゃった。

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