第42話

 ポチッと再生。


「これは……」


 アキラが鏡の中に映っている。

 つまり自分で自分を撮っている。


 アサガオの浴衣だ。

 山吹色やまぶきいろの帯を巻いている。


 クスクスという照れ笑いが聞こえた。

 そこでムービーは終わり。


 動画を撮っていたから?

 さっき返信が遅かったのか?


 収まりかけていた心臓のドキドキが再開した。


 さて、どんな感想を送ろうか。


『もしかして、会えたりする? ほんの少しでいいから』


 う〜ん。

 男から会いたいは微妙か。


『俺をキュン死させる気か⁉︎』


 こっちの文面で送信。

 天に祈るように手を握った。


『リョウくん、ちょっと家の外に出られる?』


 うそっ⁉︎

 こんなロマンチックな展開ありえるのか⁉︎


 外に出る、つまり……。

 これから会おう、という意味だよな。


 友達として誘われたのは知っている。

 でもニヤニヤが止まらない。


『不破家の門限は大丈夫なのか? 無理はするなよ』


 一歩引いて冷静になってみた。


『すぐに帰宅すれば大丈夫。夜風に当たりながら散歩したい』


『俺のマンガのためにそこまで?』


『うむ、これも悲願達成の一歩なのです』


『やけにサービス精神を発揮してくれるじゃねえか』


『がんばっているリョウくんへ、僕なりのご褒美ほうびなのです……なんちゃって……何いってんだろうね……あぅあぅ』


 ズキュン!

 女神様かよ。


 リビングの母に、ちょっとドラッグストアまでいってくる、と声をかけた。


 母は、は〜い、気をつけてね、と生返事。

 観ているドラマが良いシーンらしい。


 アキラのマンション前からメッセージを送る。

 下駄げたの音が近づいてきて、胸のドキドキが強くなる。


「急に誘ってごめんね」


 アキラはアサガオの浴衣をまとっていた。


「いや、別に、気にするな」

「15分くらいで帰らないと」

「コンビニとか公園にいってみるか」

「うん、いつもより歩くのが遅いから。最初に謝っておく」

「ほらよ」


 恋人みたいに手をつなぐ。


 コンビニで二つに割れるアイスを買った。

 チビチビと食べながら夜道を歩く。


「ねえ、リョウくん、星が見えるよ」


 小さな公園でアキラがいう。


「ああ、きれいだな」

「ベガはどこかな」

「う〜ん」


 あれかな、これかな、と探してみた。

 60秒くらい議論して、ようやく意見が一致。


「デネブとアルタイルで夏の大三角なのです」


 アキラが指で三角形をつくる。


「織姫と彦星か」

「あの二つって、約15光年離れているらしいよ。地球上からだと近そうに見えるけれども」

「うそっ……遠っ! 牛車だと無理じゃん!」


 というか、天の川の川幅って……。


「それって、会えるのかな?」

「わからないけれども……いかなる科学でも立証しかねる方法で、会ってほしいよね……ブラックホールを発現させて、別のブラックホールから飛び出る、みたいな」

「お前、天才かよ」


 アキラの目が笑った。

 リョウの口元もゆるんだ。


「マンガ、次はどんな話を描いているの?」

「どうして新しい話を描いているとわかった?」

「なんとなく」

「そっか。でも、内容はまだ秘密。完成したら、一番に読ませてやる」

「おもしろい作品になりそう? どんなジャンル?」

「ラブコメ。まあ、期待しとけ」


 夜風がアキラの髪と浴衣をなでる。


「帰ろっか」

「そうだな」


 一歩を踏み出したとき。

 下駄で小石を踏む音がした。


 うわっ! といってアキラのバランスが崩れる。


 リョウは両腕を伸ばした。

 抱きすくめるようにして、転びかけた体を支えてあげる。


 アキラの匂いがする。

 この一年、いつも隣にあった温もり。


 次の一年も近くにあってほしい。


 いや、三年後も、五年後も。

 仲良く手をつないで星空を見上げていたい。


 好き! 好き!

 お前の全部が好きだ、アキラ!

 心の底から好きなんだ!


 そんな気持ちが間欠泉かんけつせんみたいに噴き出してきて……。


「好きだ!」


 心の声を口走ってしまった。

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