第44話

「まあ、百歩ゆずって、ヒロインの原型が僕なのはいいでしょう」


 アキラは原稿をパラパラとめくった。


「病的な文学オタクって、リョウくん、描写できるの? 僕と出会うまでは、文学に触れてこなかった人間だよね?」

「それは……その……シェイクスピアとか、アンデルセンとか……古臭いのを愛読させておけばOK!」

「安直! 短絡的! 人類史への冒涜ぼうとく!」


 指摘の三段コンボをもらった。


「というか、僕のことをバカにしやがって!」


 トドメの一撃をもらう。


「スミマセン……文学オタクの描きっぷりは、アキラに相談しようと思っていました」

「うむ、よろしい」


 これがダメ出しの一点目。


「リョウくん、まさかとは思うけれども……」


 主人公の浦和くん。

 すらっとした美男子にしている。


「こっちのモデルも僕?」

「おう。よく分かったな。ご名答だ」

「待って、待って。ヒロインは僕をモデルにしているんだよね」

「女の服装をしている時のアキラな」

「じゃあ、浦和くんは?」

「男装のアキラ」

「ぐはっ……」


 わかるよ。

 アキラの気持ちは。


「でも、知的なナイスガイだろう。主人公らしい容姿をしている」

「なんて酔狂すいきょうなことを……これは狂気の沙汰さただよ……」


 浦和くんの設定はこんな感じ。


・天才肌

・祖父が偉大な推理作家

・いつも伊達だてメガネをかけている

・対人戦闘(マーシャルアーツ)の達人

・でも拳じゃなくて頭脳で戦う

潔癖症けっぺきしょう ⇨ ハイスペックなのに校内で孤立


「ねえ、浦和くんのキャラデザ、本当に変更できない? ヒロインと顔のパーツが似ているし」

「締め切りが近いから無理だな。チャンスを一回見送ってもいいなら、全力で描き直すが……」

「うわぁ! リョウくん、公募を盾にとりやがった!」


 ぶーぶー文句をいわれたけれども、


 主人公のモデル ⇨ 男装アキラ

 ヒロインのモデル ⇨ 美少女アキラ


 という方針で本人の許可をもらった。


「そのキャラデザで本誌に掲載される可能性ってあるの? うっかり最優秀賞とかに選ばれたらさ」

「可能性はゼロじゃないって感じだな」

「くそぅ……」


 まずは公募に出す。

 講評シートをもらって、プロ目線の意見を知りたい。


「結果発表を待つあいだ、第二、第三の作品をガンガン描いていこうと思う」

「そっちも公募用?」

「いいや、出版社へ持っていく。持ち込みだと、二作でも三作でもその場で読んでもらえる」

「おおっ! なんか格好いい!」

「あと、生産性のアピールだな。これを描くのに何時間かかった? とか絶対に訊かれるから。向こうは作品よりも、描き手の能力を気にする」


 公募に送る『恋愛相性1%の僕たち私たち』について。

 アキラ目線の意見も反映させることにした。


「セリフって修正できる?」

「もちろん」


 アキラいわく、言葉のテンポが悪いらしい。


「リョウくん、眠かったのかな?」

「ちょっと待ってくれ!」


 リョウは付箋ふせんを取ってきた。


「これにアキラの修正案を書いて、ペタペタ貼っていってくれないか」

「えっ……僕がセリフを考えちゃってもいいの?」

「むしろ頼む。アキラの方が日本語がうまい」


 全ページの文章をアキラに推敲すいこうしてもらった。


「こんな感じでどうかな」

「メッチャ助かる」


 マンガを片づけて紅茶に手をつける。

 疲れた頭にクッキーの糖分が嬉しい。


「リョウくんと歳が近いプロっているの?」


 ギクッ!

 実はいる。


「その反応……いるんだ」

「まあな」


 ペンネームを把握しているだけでも二名ほど。

 片方は10年に1人の天才と呼ばれている。


「そいつらは逸材だ。生きてきた長さは一緒でも、マンガに投資してきた熱量が違う」

「むぅ〜。なんか悔しい。リョウくんも、素質では負けていないと思うのに」

「おいおい」


 でもなぁ……。

 7歳くらいからプロを目指してきた人間。

 ふわふわした理由で17歳まで描いてきた人間。


 明確な差が横たわっている。

 絵だったり、ストーリーだったり、向こうが一枚上。


「あとね、リョウくんに一個、謝らないといけないことがあるのだけれども……」


 アキラが急にモジモジする。


「俺に謝る?」

「いや、リョウくんがそう簡単に怒らないのは知っているよ」

「おう、怒らない、たぶん」

「え〜とね……」


『WEBマンガ奨学金しょうがくきんコンテスト』

 そんな賞をアキラは見つけたらしい。


 応募資格があるのは現役の学生たち。

 かつ、投稿サイトでマンガを発表していること。


 奨学金と銘打っているように、金の卵に賞金を与えて、モチベーションをアップさせるのが狙い。


「リョウくんの作品、僕が勝手に応募しちゃった」


 リョウの作品って?

 RPGみたいな異世界のやつ?


「マンガを描くのって、お金がいるでしょ。少しでも足しになればと思って」

「別にいいよ。怒らないよ。どうせ一次か二次で落とされるし」


 アキラがぶんぶんと首を振る。


「それが、今日、結果発表の日で……」


 まさか?

 最終選考まで残った?


「途中で落選していたら、こんな話は切り出さない」

「え〜と……つまり……受賞したと?」

「うむ」

「でも、奨励賞しょうれいしょうみたいな、安い賞だよな」

「まあ……」

「うわぁ……すげぇ嬉しい」


 ところが、アキラは泣きそうな顔になる。


「本当にごめん。先に謝っておく」

「はぁ……」


 ん?

 受賞したのに?


 アキラが?

 謝罪するのか?


 むしろ感謝の気持ちしかないのだが。

 だって軍資金が手に入るわけだし。


 なぜ?

 ごめんなさい?


「ホント……悪気はなかったんだ……それだけは信じて」

「えっ? ええっ?」


 この素朴そぼくな疑問は、10秒後に解消することになる。

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