第33話

「私ね、トオル様の大ファンなんだ〜! だから、サインをもらってきてよ!」


 これが二つ目の条件。


「そっか。僕のお兄ちゃんことを知っていたんだ。しかも応援してくれているんだ」

「うんうん! 超絶ウルトラギャラクシーワイルド俺様系イケメンだから!」


 メチャクチャ強そう。


「実際、どうなの? お兄さんは優しい?」

「この前、ファミレスへいったよ。強制的に連れていかれた感じ」

「いや〜ん! トオル様でもファミレスにいくんだ〜! 行きつけのお店なのかなぁ〜! ここのティラミス、コスパ最強だから、食いすぎて太んなよ、みたいな!」


 コミカルすぎる妄想にアキラは苦笑いした。


「プライベートでは普通のお兄ちゃんかな。ワイルドで俺様系なのは仕事のキャラ作りだと思う」

「いいな〜! いいな〜! ギャップにキュンキュンしそう!」


 趣味とか。

 思い出とか。

 キョウカの質問が10個くらい飛んできた。


 アキラは一つ一つ丁寧に答えていく。


「神楽坂さんはトオルくんのどんなところを好きになったの?」

「顔でしょ、歌声でしょ、演技でしょ、歯並びでしょ、筋肉でしょ」


 指を折りながら数える。


「でも、一番好きなのは、努力家でストイックなところかな。なんかこう、内面からあふれる魅力って感じ」


 最後にニカッと笑った。


「なるほどね」

「そうだ! 不破キュンとハグしてもいい?」

「えっ⁉︎ 急にどうして⁉︎」

「50%くらいはトオル様と同じ遺伝子なんだよね!」

「まあ……生物学的には」


 唐揚げ店でギュッと抱きあう二人。


「はふはふ……高校生のトオル様に愛されているみたい」

「トオルくんは僕みたいな細身じゃないけどね」

「一度でいいから、キョウカって呼んで」

「えっ⁉︎」

「お願い!」

「仕方ないなぁ」


 アキラは喉に軽くタッチする。


「おい、キョウカ、俺のサインをやるから我慢しやがれ。犬みたいに尻尾ふって喜んでんじゃねえよ」

「いや〜ん! トオル様の声だ! 話し方までそっくり!」

「似てたかな。満足いただけたら何より……」

「トオル様! 愛してる!」

「うっ……苦しい……」

「このまま不破キュンを連れて帰りたい!」


 おい、君たち。

 公共の場だぞ、とリョウは突っ込む。


「じゃあね! サイン色紙はいつでもいいから!」


 キョウカはルンルン気分で去っていった。


「僕たちも帰ろっか」

「おう」


 帰りの電車にのる。

 ガラス窓の向こうには、よいの月がポツンと、真珠のように置かれていた。


「神楽坂さん、いい人だね」

「そうだな。紹介された唐揚げ屋、日本一になれるポテンシャルだった」

「いや、そっちじゃなくて……」


 アキラが苦笑い。


「女装コンテストの話」

「ん?」

「神楽坂さんの根回しがなくても、クラス内投票で僕が選ばれて、けっきょくステージに立つハメになっていたと思う。いわば、準備期間を与えてもらったんだ」


 電車が止まり、客がゾロゾロと降りる。


「そういうことか。最悪の未来を回避できたと」

「うん、これから回避する。彼女の善意をムダにはできない」


 ぷしゅ〜とドアが閉まり、景色が動きはじめた。


「神楽坂さんは普通にいい人なんだ。テストのライバルとしか思っていなかった僕は、かなり滑稽こっけいで、とても格好悪い」

「お〜い……悲劇のヒロイン症候群かよ」


 そして夏休み一日目。

 トオルの家を訪ねるべく、都心まで出かける約束をした。


 アキラのマンションへと向かう。

 肝心の服装は……。


「どうかな? 普通にかわいいでしょ」


 股引ももひき……。

 じゃなくてレギンスか。


「スカートを履いているのに、なんでレギンスも着用するんだよ」

「だって! 生脚が見えるとか、ハレンチじゃないか⁉︎」

「その理屈だと、全ての女子高生がハレンチになる」

「うっ……」


 あらためて観察する。

 帽子、パーカー、ひざ丈スカート、レギンス。


 悪くはない。

 オシャレな感じもするが……。


「レギンスをかわいいと感じるのは女の子の感性だと思う」

「えっ⁉︎ そうなの⁉︎」

「たぶん……」


 少年マンガのヒロインは滅多にレギンスを履かない。

 少女マンガの主人公なら愛用している場合もあるのだが。


「さすがリョウくん。目の付け所が違うね」

「男女のかわいいに差がある。その典型的な例だな」


 今日から夏休みがはじまる。


 一生に一度きり。

 高校二年の夏。


 遠くからセミの声がする。

 生ぬるい風が音を連れてくる。


「ほら、いくぞ。色紙は持ったよな」

「うん、大丈夫」


 ちょこん、と。

 アキラの指がリョウの袖口をつまんだ。

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