第32話

 この顔……。

 どこかで会ったような……。


 ベージュ色のスーツを着た女性だった。


 きれいな顔立ちをしている。

 美しすぎて、逆に冷たいイメージ。


 たぶん年齢は30代の半ば。

 金髪をバレッタで束ねており、インテリな眼鏡めがねをかけている。


「キョウカさん、なぜここに?」

「え〜と……探し物を……でも、見つかったので帰ります」

「そう、ちょっと待ちなさい」


 トコトコトコ。

 キョウカの前まで歩いてくると……。


 バチンッ!

 持っていたファイルの背で思いっきり叩いた。


「いったぁ〜〜〜い!」


 脳天をぶたれたキョウカがその場にうずくまる。


「私の名をかたり、校内アナウンスを流したそうですね」

「はい……しゅみましぇん……」

「身勝手な行動が目につきます。今夜、キョウカさんのご両親に報告しますから」

「少しくらい見逃してくれても……。これも人助けの一環なのに」

「あなたには、少々、再教育が必要なようです」

「うぅ……ぐすん……」


 眼鏡のレンズが白光りする。


 この人は倉橋くらはしトモエ。

 三年前からここの理事長を務めている。


 そしてキョウカはめいっ子。

 経営一族の一員として、学生の身でありながら、理事会メンバーに名を連ねている。


 そんな情報を、この後、キョウカ本人から教えてもらった。


「キョウカさんを厳しくしつけるよう、兄から命じられています。私とて、キツく当りたくてキツく当たっているわけではないということを、重々ご理解ください」

「ぶぅ〜、鬼畜メガネ〜、いつか訴えられても知らないぞ〜」


 バチンッ!

 もう一発お仕置きされて、理事長室から追い出された。


「あの鬼ババア、教職のくせに女生徒をぶっ叩きやがって! なんかムシャクシャしてきた! というか脳細胞が死んだわ〜! けっこうな数が死んだわ〜!」


 拳を突き上げたキョウカが、


「カロリーの高いものを食べにいこう!」


 と提案してきたので、リョウとアキラは賛成した。


 学園から移動すること一駅。

 キョウカおすすめの唐揚げ店へやってきた。


 フレーバーは九種類ある。


 秘伝醤油しょうゆ

 おろしポン酢。

 ブラックペッパー。

 などなど、どれも美味しそう。


 リョウは一番人気の秘伝醤油にしておく。

 アキラは旨塩ジンジャー味を、キョウカは明太マヨ味をオーダーした。


「不破キュンは揚げ物とか大丈夫だった? もしかして、美容のために控えていたとか?」

「タレントさんみたいな節制せっせいはしないよ」


 カップ麺だろうが、ポテトチップスだろうが、食べるときは食べるらしい。


「いただきま〜す!」


 三人そろって手を合わせる。


「普段は学生らしいことをしないから、帰りにジャンクフードを食べるとか、自由を満喫してるって感じだな〜」

「さすがキョウカお嬢さま。人目を忍んで唐揚げを食べるのが趣味とか……」

「おい、宗像、それって私をバカにしているだろう」


 キョウカがムスッとする。


「神楽坂さんの夏休みはどんな予定なの? 実家の行事に駆り出されたりするのかな?」


 アキラが話題をふった。


「まあね〜。雑務、雑務、雑務〜。あと、用はないけどイベントに同席〜。お稽古けいこ、習いごと、その他もろもろ。家族旅行は……知らない!」

「高校生にあるまじき大変さだね」

「体がもう一個ほしい!」


 もし自分の分身がいたら……。

 夏休みに何をさせるのか。


 そんな話題で盛り上がった。


 リョウはマンガを描くかな、といった。

 アキラは読書、映画、海外ドラマらしい。


「私はね〜」


 キョウカは自由に旅行して、ひと夏の恋をして、最後の一週間くらいは完全に引きこもる、とのこと。


「ひと夏の恋とか……ロマンチックだな」

「別にいいじゃん。私はね、家の方針で行動が制限されているの」


 お金持ちの家に生まれると、気苦労が絶えないらしい。


「そうそう、女装コンテストの件」


 現状、アキラがどんな状態なのか。

 かなり細かく質問された。


「道路で男の人が三人くらい歩いてきたら、やっぱり怖いかも……」


 アキラが素直に打ち明ける。


「えっ……それって転入時よりも悪化してない?」

「してないです……ほぼ現状維持なので」

「うわぁ〜」


 キョウカは天井を仰いだ。


「あと、ピンチになったら本当に泣くよな」

「うるさい……リョウくんは少し黙って」


 手の甲をつねられた。


「まあ、アレだね。宗像と不破キュンで、恋人ごっこでも、プチ旅行でもして、少しずつ免疫力をつけるしかないね。夏休みをフル活用してさ」

「ごめんね、神楽坂さん。啖呵たんかを切っておきながら、こんな有様で」

「いいの、いいの。私たち、チームみたいなものだし」


 へぇ〜。

 キョウカは意外と良いことをいう。


「でも、宗像と一緒にいるのは平気なんだ」

「うん、家族以外では、唯一落ち着いていられる男の子」

「なるほど。じゃあ、宗像を突破口にして、ステップアップするしかないよね。ただし、不純異性交遊だけは絶対にNGだから」

「分かっているよ、神楽坂さん」


 こうして三人で雑談していると。

 やっぱりアキラは女の子なんだな、と意識する。


「あの鬼ババアめ〜。美人ってホント性格悪いな〜」

「神楽坂さん、それ、ブーメランだから」


 とか……。


「ねえねえ、宗像ってエロ路線のマンガやイラストも描くの」

「描くわけねえだろうが!」


 とか……。

 学生らしい会話が楽しくて、あっという間に60分が過ぎた。


「お店のお客さんも増えてきたし、私たちは帰るとしますか〜」


 アキラが、あ、待って、と引き止める。


「もう一個の条件、まだ聞いていない。理事長室で会話していたやつ」

「ああ、そうそう、忘れていた。個人的にはそっちが大切なのに」


 カバンから何かを取り出す。


「これを持って、とある人物を訪ねてほしいのだけれども……」


 キョウカから渡されたのは一枚のサイン用色紙だった。

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