第31話

「学園祭の女装コンテスト?」


 リョウとアキラの声が重なった。


「そう、例年、秋に開かれます」


 パンフレットを一冊。

 キョウカがテーブルの上に置いた。


「女装コンテストに出場するのは二年生のみ。各クラスから代表者を一名ずつ選出します。一年生、三年生、および来場者の投票でグランプリを決定します」


 ああ……。

 去年は投票したような、しなかったような。


「コンテストに出場しろ。そして優勝しろ。そういうことかな」

「さすが不破キュン。理解が早い」


 リョウは二人の間に割って入った。


「おいおい、待ってくれ。女装コンテストなのに、女子のアキラが出るのは変だろう」

「お〜い、宗像、寝ぼけているのか。不破キュンは男子生徒という扱い。だから参加資格はある」

「あ、そっか」


 いやいや……。

 そうじゃない。


「神楽坂さん、そこまでして勝ちたいのかよ」

「うん、勝ちたいね。グランプリを獲得したクラスには賞品が与えられるから」


 あんた、悪党だせ。

 喉まで出かかったセリフを飲み込む。


「それに宗像だって、優勝のティアラを頭にのっける友人を見たくはないのかい」

「そりゃ、見たいといえば見たいけれども……」


 鏡に映っているリョウの顔は赤らんでいる。


「いくら何でもアンフェアだ。他のクラスの代表者が不憫ふびんじゃないか」

「ふ〜ん、他人に対する思いやりね。言葉を返すようだけれども、不破キュンを出さないとして、その理由は? もしかして、人前で女子の服を着れないとか、バカ正直に説明する気じゃないでしょうね」

「うっ……」


 盲点だった。


「大半の女子生徒が不破キュンの登場を心待ちにしています。欠場したら、かえって怪しまれるかもしれません。不破キュンを守ろうとして、墓穴を掘る結果にならないでしょうか」

「おっしゃる通りで……」


 まさに正論。

 キョウカが満足そうにうなずく。


「僕が女装コンテストに出て、ちゃんと優勝すれば、来年度もリョウくんと同じクラス。そういう認識で合っているかな」

「いいや、条件はもう一つあります」

「もう一つ?」

「そっちはオマケ。簡単な依頼だから気にしないで」


 キョウカは一枚のディスクを取り出した。


「あとね、もう勝った気でいてもらっちゃ困るよ」


 プレイヤーに円盤をセット。


「これは去年の女装コンテストの映像」


 体育館のど真ん中。

 イベント用のランウェイが設置されている。


「出場者はこのランウェイを行って戻ってくる。片道20秒くらい。果たして不破キュンにできるかな」

「それは……」


 アキラが絶句する。


「けっこう本格的なショーだな」


 リョウはため息をもらす。


「歴史が浅いイベントだけれども、男女ともに盛り上がれる人気のコンテストなのです」


 会場を埋め尽くす人、人、人。

 洪水のようなカメラのフラッシュ。


 天井からポップなBGMが流れてくる。

 太陽光線のようなスポットライトも。


 数百の視線。

 それが一点に集まる。

 アキラにとっては恐怖なわけで……。


「ビビッて立ち止まりました。途中で泣いちゃいました。それじゃ、話にならないのさ」

「やっぱり、無理だ! 神楽坂さんだって、アキラの症状は知っているだろう!」


 ところがキョウカの口からは、


「私は不破キュンに訊いているのです」


 と素っ気ない答えが返ってくる。


「僕は……僕は……」


 アキラが顔を伏せた。


「女装コンテストに……」


 出るのか。

 出ないのか。


「クラスの代表として……」


 最後の言葉が迷子になってしまう。


「宗像はどうなのさ」

「そりゃ、もちろん」


 出場してほしくない。

 危険がつきまとうから。


「背中を押してあげるのが、友情ってものじゃないの」

「それは理解している。だが、しかし……」


 後押しできない。

 失敗して傷つくアキラを見たくない。


「おい、不破キュンの顔をよく見ろ」

「はぁ?」

「宗像に応援してほしいって顔をしている」

「アキラ……」


 うるんだ瞳も。

 ふるえる唇も。


 ちょっとした衝撃で壊れそうなのに……。


「ねえ、アキラ姫。このまま宗像を隠れみのにするの? 卒業までコソコソと逃げながら生きるの?」

「いいや、神楽坂さん」


 りんとした声がいう。


「僕だって、昔は演劇をやっていた身だ。ステージからは逃げない」

「ロミオの顔じゃなくて? ジュリエットの顔を見せると?」

「うん、やるからには本気でいくよ」


 キョウカがくるりと向き直る。


「だそうです。ほら、宗像。何かメッセージは?」

「アキラに挑戦してほしい。そんな気持ちが50%くらい。でも、嫌なら出てほしくない。そんな気持ちも50%くらい。ステージ上だと俺は守ってあげられない」

「ありがとう、リョウくん、でもね」


 リョウが差し出した手を、アキラは包むように握ってくる。


「僕は一人でステージに立つ。そんな気持ちが100%だよ」

「アキラ……お前……」

「ごめんね。裏切りみたいな答えになっちゃって」

「いや……ただ俺は……アキラをとても大切な親友だと思って……」

「うん、僕たちは親友だから。ステージに立っている姿を、リョウくんに見てほしい」

「いいのか。一人きりだぞ。アキラが一番注目されるぞ」

「一人きりじゃない。リョウくんがいるから」

「アキラ……」


 ピリッ! ビリビリッ!

 電気のようなものがリョウの体を駆け抜けた。


「どうかな、宗像、不破キュンの卒業が近づいてきた感想は?」

「いやいや、俺たちは学生なのだから、いつか卒業式を迎えるのは義務なのであって」

「おい、唐変木とうへんぼく……それ、本気でいっているのか?」

「もちろん、本気だ」

「マンガを描いている人間の発言とは思えない」

「はぁっ⁉︎」


 なぜかアキラがプッと吹き出す。


 キョウカはパンパンと手を鳴らした。


「よ〜し、本日のミッションは達成されました。あの鬼ババアが帰ってくる前に、この部屋から退却して、夏休みのプランでも……」


 そこまで言ったとき。

 理事長室のドアが外から開いた。


「げっ!」

「あっ⁉︎」

「んん?」


 キョウカ、アキラ、リョウ。

 それぞれの口から三者三様の声が飛び出した。

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