第30話

 キョウカはピシッと指を立てた。


「本日、宗像・不破ペアを呼び出したのには、とても深い理由があります。まずは、この音声データを聞いてください」


 携帯をタタタッと操作する。


 若干のノイズ。

 そして肉声が流れる。


(リョウの声で)

『俺には分かる。アキラの嘘が。だからさ……』


(アキラの声で)

『うぅぅぅ……謝るなとかいわれたら……余計に悲しくなっちゃうじゃん』


(リョウの声で)

『夏休みに入るまで……いや、入ってからも……俺がずっと側にいてやるよ』


(アキラの声で)

『そんな⁉︎ リョウくんまで被害を受けちゃうよ! そんなの僕は耐えられない!』


 ボンッ!

 アキラが病的なまでに赤面している。


「おいおいおい……」


 まさに黒歴史。

 リョウとて平静ではいられない。


「ねえねえ、君たち、不純異性交遊という言葉を知っているかね」

「え〜と……男女の……」


 うっかり視線をそむけてしまう。


「不健全な遊びはするなという」


 アキラの声も震えている。


「男女が過度にイチャイチャするのを、うちの学園は校則で禁止しています。まあ、形骸化けいがいかしちゃっているけれども……。でもね〜。困るよ〜。不破キュンは男子という扱いだからさ〜。これって、超ド級に不純だよね〜。うんうん、一発レッド!」

「うっ……否定はできない」


 あっさり撃沈。


「念のために確認だけれども……。不破キュンが愛の結晶をさずかっちゃうとか、その相手が宗像とか、在学中に起こりえないよね。二人まとめて退学処分になるから。私の力では救いようがありません」

「するかよ、そんなマネ。俺は野生のサルじゃない」


 半分は安心しつつ、半分はあきれつつ、文句をいう。


「神楽坂さん……いや、神楽坂理事長と呼ぶべきかな。そんなことを伝えるために僕たちを呼び出したわけじゃないよね」

「もちろん!」


 キョウカは高級そうな椅子から立った。


「どこから話すべきかな〜」


 去年の夏休み明け。

 リョウとアキラが転入してきた時。


「不破キュンが女子であることを知る生徒は、私しか存在しませんでした」


 キョウカには任務があった。

 アキラが男子だと全生徒に信じ込ませること。


 思い当たる節はある。


『プリンス不破キュン』


 あの王子様扱い。

 言い出しっぺはキョウカなのだ。


「ところが、宗像が不破キュンの秘密に気づきました。これが私の誤算その一」

「ちょっと待て、神楽坂さん。俺が気づきたと、いつから気づいていた?」

「そんなの観察すれば一発で分かります。女子の嗅覚を甘くみない」

「ぐっ……」


 先日のショッピングモール。

 キョウカはリョウの嘘を見抜いていた。


「そして誤算その二。二人は仲が良すぎます。私が心配しちゃうくらいには。証拠はさっきの音声データ」

「あぅ〜」


 アキラが手で顔をおおう。


「クラスメイトなのだから、仲が良くてもいいだろう。俺だってアキラが無事に卒業式を迎えられるよう努力している」

「だからね、私はその努力を心配しているの」

「はぁ……」


 努力が?

 なぜ心配?


 リョウは理解に苦しむ。


「そのうち愛情が芽生えて、取り返しのつかないことにならない?」

「なるわけない。俺たちは大切な親友なのだから」

「親友、ねえ」


 キョウカはふくよかな胸の下で腕を組んだ。


「もう一度、二人に確認します。宗像と不破キュンが、超えてはならない一線を超えないと、この場で誓えますか。これは学園の沽券こけんのみならず、二人の進路にかかわる重大なお話なのです」


 バカバカしい。

 一番大切な友人を傷つけるなんて。


「ありえない。もしそうなったら、俺は大好きなマンガを一生捨ててやる」


 リョウは断言する。


「僕だって、学生として、人の子として、その一線は超えないと誓約せいやくする」


 アキラも言い切る。


「ふむ……」


 キョウカは腰に手を当てた。


「二人の覚悟は伝わってきました。いいでしょう、卒業までの協力を約束します。そこでだね……」


 いよいよ本日の本題。


「単刀直入に訊くけどさ、三年生になっても一緒のクラスにいたい?」

「えっ?」

「それって?」


 一瞬、ポカンとする。


「いやいや、だからさ、二年生が終わったらクラス替えじゃん。普通に考えると、宗像と不破キュンは別々のクラスになる可能性が大じゃん。それって嫌だよね、という確認」

「おう……俺はアキラと一緒がいい」

「僕もリョウくんと一緒がいい……かな」


 えっ⁉︎

 マジで⁉︎

 みたいな感情が顔に出てしまう。


「な〜んだ! 思いっきり両想いじゃん! 相思相愛! そうこなくっちゃ!」


 キョウカは小悪魔みたいにウィンクした。


「特別に一緒のクラスにしてあげてもいいよ。ただし、条件があるけどね」


 ごくり……。


 こんなに虫のいい話。

 信じても許されるのだろうか。

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