第23話

 やべぇ……。

 アンナは鬼門かも……。


「雪染さん、今日は私服なんだね」

「あはは! おもしろい! 宗像くんだって私服じゃん!」

「おっしゃる通りで……」

「おっかし〜」


 少しだけ時間を稼ぐことに成功。


「そちらの女性の方は?」


 アキラがサッと隠れる。


 アンナが右から来たら左へ。

 アンナが左から来たら右へ。


 リョウの体を障害物にしてグルグルと追いかけっこ。


「恥ずかしがり屋さんなのかな? それとも今日は調子が良くない? まあ、いいや。なんか邪魔しちゃってごめんね」


 意外にあっさり折れてくれた。


 助かった。

 そう思った、次の瞬間……。


「うわぁ! 宗像が女の子を連れてる!」


 なんとキョウカまで登場。


「どれどれ〜。キョウカ様が採点しちゃおっかな〜」

「ちょっと、神楽坂さん……」


 キョウカはアンナより技巧派だった。

 右から行くと見せかけて、左から行き、一発でアキラを捕まえたのだ。


「えっ⁉︎ メチャかわいい⁉︎」


 驚きの声があがる。


「宗像の彼女さん……じゃないよね」

「当たり前だ。俺がSNSで見つけたレンタル彼女のふぅ子さんだ」


 あらかじめ用意していた言い訳を投入。

 アキラも恥ずかしそうに頭を下げる。


「ふぅ子さんは現役の女子大生。この近くの大学に通っている」


 そう補足しておく。


「なぜにレンタル彼女? そこまで飢えているの? 宗像がどうしてもっていうなら、私かアンナが一日相手してあげるのに……」

「それは違う。恋愛マンガを描きたいから。インスピレーションを得るために協力してもらっている」

「おお! とても健全な動機だ! マジメかよ!」


 すっかり上機嫌になったキョウカ。


「アンナ、映画が始まっちゃう!」

「あ、いけない!」


 二人はバタバタと去っていった。


「はぁ、助かった」


 アキラが胸をなでおろす。


「心臓に良くないな」


 リョウも率直な感想をもらす。


 10秒くらい立ち尽くして……。

 ようやく……。


 大きな達成感が湧いてきた。


「クスクス……」


 アキラが笑い出す。


「なにがおかしい」

「いや、おかしいよ」

「ん? そうか?」

「冒頭の……」


 雪染さん、今日は私服なんだね、といったやつ。


「あれって、わざと?」

「もちろん。我ながら悪くないボケだ」

「リョウくん、才能があるね。僕にはない才能だよ」

「えっ、そう思うか。照れるな」


 ほぼ毎日マンガを描いているから。

 ネタを考える習慣ができたのかもしれない。


「とにかく、リョウくんの機転に救われた女の子がここにいます。だから、ありがとう」

「おう……」


 アキラが猫みたいに甘えてくる。


「目立つだろうが……」

「だって、レンタル彼女なんでしょ」

「あれは場を切り抜けるための方便であって……」

「リョウくんが新しいマンガを描けるよう、僕もお手伝いしないとね」

「やれやれ、プレッシャーだぜ」


 レンタル彼女という設定。

 アキラは気に入ったらしい。


「ニセモノの恋人って、想像力をかき立てるよね」

「ドラマとかで鉄板のネタだな。大人も好きなストーリーだから」


 そんな話題で盛り上がりながら、次の目的地へ向かった。


 猫カフェは三回目。

 すっかり常連客になった気分だ。


「来店するたびに顔ぶれが変わるから楽しいな」


 アキラは顔と名前をほぼ記憶したらしい。


「あっ……俺のかわいがっていた三毛猫が休みだ」

「人脈ならぬ猫脈を広げるチャンスだよ」

「なんだよ、それ……」


 予定の30分があっという間に過ぎる。

 リョウまで物足りない気持ちになる。


「なあ、アキラ、10分延ばさないか」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」


 まぶしい笑顔を向けられる。


「リョウくん、やっさし〜。僕に合わせてくれるなんて」


 それは少し違う。


 猫と遊ぶアキラを眺めるのが楽しいから。

 アキラと同じ空間にもう少しいたいから。


 10分延ばそう。

 そういえばアキラが喜ぶのを知っているから。


「今日はリョウくんのお陰でとてもステキな一日になりました」

「そりゃ、ど〜も」


 帰り道。

 アキラのマンションが見えてきた。


 見知らぬ若い男が一人。

 ゴツゴツした壁に背中をあずけて立っている。


「あれは……」


 少女マンガの世界にいそうな色男。

 毛先を赤く染めたヘアスタイルがロックンローラーみたい。


 ジャケットも。

 本革のブーツも。

 重そうな腕時計も。

 高校生だと手が届かない品を身につけている。


「なんだよ、アッちゃん、色気づいちゃってさ」


 男は人懐っこい笑みを向けてきた。


「トオルくん……」


 アキラの顔に不安がよぎったのを、リョウは見逃さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る