第24話

 セクシーな唇。

 すらっとした鼻筋。

 茶色がかったアーモンド形の瞳。


 なんとなくアキラに似ている。

 それもそのはず……。


「アッちゃんの友だち? それとも彼氏? ……ああ、俺は兄のトオル。ヨロシク」

「あ、どうも、クラスメイトの宗像リョウといいます。よろしくお願いします」


 この顔。

 この声。

 どこかで……。


「もしかして、ミュージシャンとして活動されている方ですか」

「少しだけな。本業じゃないけれども。夢をかなえる足がかりみたいな」


 野心家っぽいことをいう。

 自信たっぷりに見えるのは、完成されたルックスのせいか。


「まあ、立ち話もなんだから……」


 トオルの案内で近くのファミレスへ連れていかれた。


「トオルくん、僕はファミレスで喜ぶ年齢を卒業しているのだけれども……」

「見栄を張ってんじゃねえよ。甘いものが好きなくせに」

「むぅ〜」


 ホールスタッフのお姉さんを呼んだ。

 トオルがドリンクバーを三つ注文する。


「あと、このページのデザートを一個ずつください」


 マジかよ……。

 オーダーの仕方まで格好いい。


「アッちゃん、怒っているの」

「どうしてこっちに帰ってきたんだよ」

「お世話になっている日本舞踊の先生が住んでいるから。その挨拶あいさつがてら」


 アキラがムスッとして眉根を寄せた。


「トオルくんね、最低のド畜生ちくしょうなんだよ」

「おいおい、またその話かよ」


 アキラが小学生のとき。

 宝物にしていたレ・ミゼラブルのサイン本。


 トオルはそれをカップ麺のフタ止め代わりにしたらしい。


 置き方が悪かった。

 そのせいで一部のページがふにゃふにゃに。


 二度と消えないシワが、心の傷とともに、残ってしまったのである。


「レ・ミゼラブルの恨み、墓場まで持っていくから」

「アッちゃん、地味に執念深いな」


 トオルは財布から一万円札を抜きとった。


「許せとはいわんが……これで欲しい物を買うなり、好きな料理を食べるなりしやがれ」

「えっ⁉︎ もらっていいの⁉︎ 誕生日でもないのに⁉︎」

「高校生は金欠だろうが」

「わ〜い!」


 アキラはお札を口元に添えてホクホク顔になる。


「来週も猫カフェにいっちゃおうかな〜。持つべきものはトオルくんみたいなお兄ちゃんだよ〜」


 この手のひら返しである。


「トオルくんは、声優とか、歌手とか、アイドルとして活動しているんだ。まだ無名に毛が生えた程度だけれども」


 芸名は犬神いぬがみトオル。

 どうりで見覚えがあるわけだ。


「本業は舞台俳優だからな。あれは人生経験を積んで、役者としての幅を広げるためにやっているのであって……」

「でも、声優の仕事が取れたとき、大喜びしたでしょう。腐女子向けのアイドルアニメだったけれども」

「こいつ、俺の仕事をバカにしてるのか」


 トオルが腕組みしながらいう。


「ううん。でも、トオルくんが声当てしてるのかと思うと、アニメを観ながら腹筋崩壊しちゃった」

「やっぱりバカにしてるじゃねえか」


 デザートの皿が運ばれてきた。

 アキラが犬みたいにパクつく。


「で、どういう風の吹き回しなんだよ。アッちゃん、女の格好は無理なんじゃないのか。それとも宗像友人が何か関係しているのか」


 トオルは友人の部分にアクセントをつける。


「え〜とね……」


 リョウは一番の友だち。

 いつも守ってもらっている。

 秘密を打ち明けたのは一日でも早く完治させるため。


「ずっと家を留守にしているトオルくんとは大違い」


 アキラが得意そうにスプーンをクルクルさせる。


「今日だって、はじめてショッピングモールを歩いたんだ。これもリョウくんのおかげ。一波乱はあったけれども……」

「ふ〜ん、泣き虫アッちゃんがね、健気にがんばるとはね」

「泣き虫は余計だ」


 清水サナエ。

 不破トオル。


 アキラの秘密を知っている人間に立て続けに会うとは……。

 これも一種の巡り合わせだろうか。


「リョウくんは大切な恩人なんだ。トオルくんといえども、ちょっかいを出したら、鼻の穴に割り箸を突っ込んでやる」

「出さねえよ」


 アキラがドリンクバーコーナーへ向かった。

 リョウとトオルの二人きりになる。


「そんで、アッちゃんにとって、宗像友人はどういう存在なんだ」


 トオルがジトッとした目つきで問うてきた。

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