第22話

「うはっ⁉︎」


 すごい人いきれ。

 たくさんの笑い声。


「人が多い⁉︎」


 アキラのひざがプルプルと笑っている。


「今日はやけに繁盛しているな」

「僕に対する嫌がらせだろうか」


 ショッピングモールは大勢の買い物客でごった返していた。


 それもそのはず。

『2日間限定 先行サマーセール ポイント10倍』

 そんなチラシが目立つところに貼られている。


「無理するな。しんどかったら、公園を散歩して帰ろう」

「うっ……酔いそう……」

「お〜い」

「ちょっと休憩……」


 早くもグロッキーのアキラが何かを見つける。

 エスカレーターの陰になっている部分。


「あれは……」


 小さな女の子が一人。

 涙目になってオロオロしている。


 たぶん迷子。

 こんなに大人がいるのに。

 みんな自分たちの買い物に夢中で、泣き出しそうな少女をスルーしていく。


 ママ! ママ!

 二つの瞳はそう訴えているが……。


「ひどい! なんでみんな無視するの! 助けないと!」

「おい、アキラ」


 さっきまでの弱腰が一転。

 たしかな足取りで少女のところへ向かった。


「ねえ、君」


 アキラはそっと右手を差し出す。


「良いものを見せてあげる」


 手を閉じて、手を開いて。

 グー、パー、グー、パー。


 女の子が釘づけになっていると……。


 ポンッ!

 手品みたいにキャンディーが出てきた。


「お母さんとはぐれちゃったのかな」


 思いがけないプレゼントに少女がはにかむ。


「……うん」

「いつはぐれたの?」

「……わからないの」

「そっか。じゃあ、僕たちと一緒に探そうか」


 コクリとうなずく。


「あそこに立っている女の人が、魔法の力で、君のお母さんを探してくれる」

「そうなの?」

「僕が頼んであげるから。一緒においで」


 サービスカウンターのところまで少女を連れていった。


 手短に経緯を伝える。

 スタッフは内線でどこかへ連絡してくれた。


「もう大丈夫。すぐに君のお母さんと会えるから。じゃあね、バイバイ」


 女の子が、待って、と引き留めた。


「お兄さん、王子様なの?」

「違うよ、そもそも僕は女だし、髪だって長いし」

「でも、王子様だって髪はサラサラだよ」

「ああ、そうか、そうだったね」


 アキラが人好きのする笑顔を返す。


「でも僕は、君や君のお母さんと同じ女の子だよ」

「王子様なのに? 女の子なの?」

「そうなるかな」

「悪い魔法にかかっている?」

「たぶんね」

「変なの」


 女の子は5歳か6歳だろう。

 大人より子どもの方が真実を見抜けるものだ。


「だったら、私のキスで治してあげる」

「えっ……」


 チュッと。

 アキラの手の甲にかわいい接吻せっぷんが落とされた。


「少しは良くなったかな?」

「うん」


 おとぎ話のワンシーンみたい。

 5年後も、10年後も、20年後も、二人はこの出会いを忘れないだろう。


「バイバイ、王子様、ありがとう」

「うん、バイバイ」


 リョウは一連のやり取りに舌を巻いた。


「幼女をれさせやがって。罪なやつめ」

「いやいや、惚れてはいないだろう」

「目にハートマークが浮いていた」

「そんな……まさか……」


 これがサナエのいうロミオ補正か。

 恐るべし、白馬の王子様プリンス・チャーミング


「でも、良かったな。アキラの震えもおさまった」

「えっ? 僕が震えていた?」

「膝がプルプルしていた」

「そうなんだ」


 それから文房具を買ったり、書店をのぞいた。

 休憩がてら二人で三段のアイスクリームを食べた。


 笑ったり。

 恥じらったり。

 生き生きしているアキラを見守るのが一番楽しい。


「俺はトイレにいくが、アキラはどうする?」

「だったら、僕もいっておこうかな」

「間違って男子トイレに入るなよ」

「そんな凡ミスはしない」


 お手洗いを目指しているとき。


「あれ? 宗像くんがいる」


 そんな声がしたので振り返ってみる。


「あっ……⁉︎」

「モールで会うなんて奇遇きぐうだね」


 なんと私服姿の雪染アンナが立っていた。

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