第21話

 夕暮れ。

 茜色あかねいろの街並み。


 ありきたりな景色だって、誰かの隣にいれば特別に思えてくる。


「あ、こんな場所に桔梗ききょうの花が」


 アキラが宝物でも見つけた少年のようにいう。


「きれいだな。記念に一本持って帰ろう」

「部屋に飾るのか」

「うん」


 かわいい紫色の花びらがアキラにはよく似合う。


「今日のカフェでさ、僕が席を外したとき、サナエちゃん、変なことをいわなかった?」

「ああ、目をギラギラさせていたな」

「やっぱり……」


 桔梗に向かって、はぁ、とため息。


「あの子、昔から恋バナが大好物だから。本当は付き合っているんだよね? どこまで済ませた? 親への紹介は? とか訊かれたでしょ」

「似たような感じだ。かけがえのない親友で、それ以上でもそれ以下でもない、と答えておいた」

「うん、いいと思う。サナエちゃんの妄想の燃料にされるのは仕方ない」


 よかった。

 アキラ的には100点の回答らしい。


「あと、もう一個。アキラの昔話を聞かされた」

「もしかして、演劇クラブに入っていた時のことかな」

「そうだ。アキラのことを死ぬほど自慢していた」

「あはは……サナエちゃんらしいな」


 アキラが困ったように笑う。


「昔から女子にモテモテなんだな。学園の王子様だったと教えてもらった」

「今となっては笑えないジョークみたいだよね」


 春夏秋冬の年四回。

 演劇クラブはパフォーマンスを披露していた。


 アキラはいつも王子様役。

 理想のヒーローになりきった。


 集大成は小学六年の冬。

 クリスマス会でやったロミオとジュリエット。


 障壁をはねのけて恋愛成就させようとする青年ロミオ。

 あの若くて、向こう見ずで、一途なキャラを、華麗に演じ切ったのである。


 それから約二ヶ月。

 年が明けたバレンタインの日。


 ファンの女の子から、中には学区の違う子から、山のようなチョコをプレゼントされたらしい。


「女子から男子へ渡すチョコと、女子から女子へ渡すチョコは、同列には語れないのだけれども」

「でも、学内で一番多くのチョコをもらったのだろう。サッカー部の主将とか、若い男性教師を差し置いて」

「僕宛というより、ロミオ宛という感じだけどね」


 小学生のアキラ。

 常に演劇のことで頭がいっぱいだった。


 うっかり王子様みたいな言動が出る。

 そんなこと、日常茶飯事なわけで……。


 それをサナエは、ロミオ補正、と呼んでいる。


 お陰で女子からモテまくり。

 言い寄る男子はいたが、ファンが悪い虫をシャットアウト。


「アキラ、本当は高校の演劇部に入りたかったのか」


 真剣に訊いたつもりが、小さく笑われた。


「リョウくん、その質問はナンセンスだ。骨折した馬にレースに出たいか訊くようなものだよ」

「なかなかシュールなたとえだな」

「それに僕は……」


 アキラが、ちょこん、と肩を寄せてくる。


「リョウくんと二人だけの部活に満足しているよ。わりと不満なく生きているんだ」

「アキラ……」


 誰かの特別でいられる。

 とても光栄で、とても嬉しい。


「バレンタインか〜。お返しが大変だから、ちょっと憂鬱ゆううつなんだよな〜」

「この人気者め。若者にあるまじき発言だ」

「うそうそ、冗談だよ」


 男女が二人。

 楽しい休日。


 こんな日が毎週続くのかな、とぼんやり考えてしまう。


「それじゃ」

「またな」


 そして次の土曜。

 リョウが身支度をしていると、母がモゾモゾと起きてくる。


「リョウ、今週もデートなの? お金は足りてる? あなた、男の子なんだから、レジ前で赤っ恥かくとか、何があっても避けなさいよ」

「だから、デートじゃないよ」


 いざ、アキラのマンションへ。

 気になる服装はというと……。


「おっ⁉︎ なんか平凡だ!」

「そうじゃない……カジュアルと呼んでくれ」


 ゆるいイラスト付きのTシャツ。

 下はデニムとサンダルの組み合わせ。

 あと左手首に革のアクセサリー。


「今日の調子は?」

「見ての通り普通。好調ではない」

「ふむふむ」


 いろいろな角度からアキラを鑑賞してみる。


「アキラは素材がいいから、どんな服を着ても似合うな」

「ん? そう思う?」

「ああ、イケメンと美女は得だ」


 スクリーンの俳優と一緒。

 ヨレヨレの服でも格好いい。


「本当にショッピングモールでいいのか。休日だから人が多いぞ」

「がんばる。ちょっと買いたい物もあるし」

「え〜と、猫カフェはどうする」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」

「生き甲斐だろう」

「やった!」

「でも、30分だけな」

「むふふ、十分だよ。今日はいい日だな」


 アキラの試練の一つ。

 土曜のショッピングモールへと向かった。

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