第8話

「ッ……⁉︎」


 リョウの心臓がドクンと跳ねた。


 アンナのことが?

 好きかって?


 アキラは得意のポーカーフェイスを浮かべており、本気なのか、冗談なのか、悟らせてくれない。


「だからさ……」


 ごにょごにょごにょ、と。

 前髪が触れそうなほど顔を寄せてリピートしてくる。


 近い、近い、近い!

 周りから同性カップルかと疑われる近さ!


 なぜリョウの前だと隙だらけになるのだろうか。

 クラスの女子を相手にするときは抜け目ないのに。


「ちょっと待て、アキラ。そう思った根拠は何だ?」

「リョウくんが雪染さんのことを熱心に観察していたから。なんか、こう、熱っぽい視線を送っていた」

「そういうことか」


 推理としては面白いが、決め手と呼ぶには弱いだろう。


「たしかに魅力的だと思う。明るいし、優しいし、公平だし、家庭的なオーラが出ているし……」


 キュートな彼女がいたら楽しい高校生活が約束されているだろうし。

 内心でそう付け加えておく。


「でも、一番好きかって聞かれたら正直わからない。俺なんかの分際で、相手を選り好みできる立場じゃないのは理解しているが、もっと好きな女子がクラスにいそうな気がする」

「それって、たとえば?」

「たとえば……」


 アキラとか。


 うわっ!

 言ってやりてぇ!


『俺が一番好きな女の子? そんなの不破アキラ一択に決まっているだろう。もっと早く気づけよ、バーカ』


 みたいなセリフを叩きつけて、この親友を大慌てさせてやりたい欲望がムクムクと湧いてきた。

 不可能だけれども。


「う〜ん、怪しい……今日のリョウくん、僕に何かを隠していそう」

「まいったな」


 いやいやいやっ⁉︎

 隠しているのはアキラの方だろうが⁉︎


 そう叫びたくなる衝動をぐっとこらえる。


「隠してる?」

「隠してない」

「本当に?」

「おう」


 アキラがキョトンと小首をかしげる。


「本当の本当に?」


 悔しいけれども、かわいい。

 いちごクレープを食べさせたくなる愛らしさ。


「俺のことを疑っているのか」

「ううん、リョウくんのいうことなら信じる」


 よかった。

 ここが下駄箱で。


 もし部室だったら、とりあえずドアに鍵をかけて、壁ドンの一発くらいかまして、あごをくいっと持ち上げて、


『おい、アキラ、ずっと前から何か隠しているだろう。俺に指摘されるか、自分で白状するか、好きな方を選べ』


 と強引に迫っていたかもしれない。


『そもそも、アキラの体から、男子の匂いがしない。当然だよな。男子じゃないもんな』


 たぶん、アキラは涙目になる。

 もちろん、二人の関係は吹き飛んでしまう。


 アキラが求めているのは友人としての宗像リョウ。


 そこに性差はいらない。

 少なくとも今現在は。


「俺だってアキラを全面的に信用している。それだけは信じてくれ」

「もちろん信じるよ」


 友情を確認しあっていると、コホンと咳払いが降ってきた。


「む〜な〜か〜た〜」


 声の主はミタケだった。

 邪魔だからどいてくれ、と野性味のある目つきが訴えてくる。


「下駄箱でジロジロと見つめ合ってんじゃねえよ。お前ら、ゲイじゃないかって噂が立つぞ。不破のルックスなら笑い話で済むだろうが、宗像の顔でゲイとか勘弁してくれよ」

「おい!」


 文句を言おうと思ったが、ミタケはさっさと去ってしまう。


「こらこら、リョウくん、すぐに怒るのはダメ」

「すまん、キング相手だと、つい……」


 気を取り直して上履きに履きかえる。


「ん?」


 するとアキラの下駄箱からラブレターと思しきピンク色の封筒が出てきた。

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