第7話

 やっぱり女の子だよな。

 身分証の一件は夢じゃないよな。


 リョウが物思いにふけていると、ちょんちょんと袖口そでぐちを引っ張られて、電車が止まっていることに気づいた。


「リョウくん……」

「……ん?」

「降りるよ」

「おう」


 いつもの駅といつもの風景だ。

 変わった点といえば、親友の秘密を知ってしまったことくらい。


「どうしたの。ぼうっとしちゃって。電車内でも、僕が声をかけないと、終点まで乗っていきそうな勢いだったよね」

「いや……別に……何でもない」

「ふ〜ん」


 同じ制服をまとった人々の列に加わり、改札ゲートを抜けようとする。


「あれ……定期入れはどこだっけ……」

「カバンの持ち手から垂れているストラップだよ」

「おう、すまん」


 アキラに助け舟を出されて、余計に気まずくなる。


「リョウくんが悩み事なんて珍しい。スランプかな」

「失礼な。俺だって悩む日はある」

「たとえばどんなことで?」

「それは……」


 アキラの秘密について。

 なんて本人に向かって言えるわけがない。


「聞いて笑うなよ」

「もちろん」

「二ヶ月に一回くらい起こる現象なのだが……」


 リョウはわざと深刻そうな顔をした。


「タマタマがパンツに食い込んじゃって、その痛みで目が覚めてしまう。今日がその日だから、朝からセンチメンタルな気持ちになっている」


 もちろん、まっ赤な嘘だけれども。


「はぁ⁉︎ そんな気持ち、僕が理解できるわけないだろう!」

「だよな。その答えを期待していた」

「むぅ……バカにしやがって」


 照れつつも悔しそうなアキラが妙にかわいい。

 すまん、許せ、と心の中で詫びておく。


 後ろからトトトトッと足音が近づいてきた。


「おはよう、宗像くん、不破くん!」


 このテンションの高さ。

 顔を見なくてもアンナと分かる。


「おう、おはよう」

「雪染さん、おはよう」

「今日の電車、すごい混んでいたよね」

「うんうん」


 アンナも会話に加わってきたので、リョウは両手に花みたいな絵面になった。


 これはチャンスだ。

 女子と会話するアキラをじっくりと観察できる。


「雪染さん、もしかして前髪を少し切った?」

「えっ、分かるの⁉︎」

「上手いね」


 褒められたアンナの表情がぱあっと華やぐ。


「照れるな〜」

「手先が器用なんだね。うらやましい」

「もしかして、不破くんも自分で切ったりするの?」

「うん、前髪だけなら。ほら、ヘアサロンを予約するほど長くない時ってあるから」

「わかる、わかる。同じ料金なら、たくさん切ってもらいたいよね」

「あと、自分で切ると謎の達成感があるかも」

「あっはっは! 私と一緒だ!」


 さすがの王子様トークに舌を巻く。


 どうやったら女子を有頂天にできるのか、そもそも他人の変化に気づけるのか、秘訣を伝授してほしい。


「じゃあ、私はコンビニへ寄っていくから」


 すっかりご機嫌になったアンナと別れた。


 けっきょく新情報はなし。

 今日もアキラは王子様キャラのままで、なぜ男子の格好をしているのか、皆目見当がつかない。


「アキラって本当に女子と話すのが上手いよな。世の男子がうらやむ才能だよ」

「いやいや、相手が雪染さんだから話しやすいんだよ」


 リョウは理解している。

 砂時計の砂が落ち切るように、アキラを守っている秘密のベールは、いつか崩れ落ちるであろうことを。


 3週間後か。

 3ヶ月後か。

 3年後か。

 いや、深く考えるのはやめよう。


『アキラが女だってこと、わりと初期から気づいていたぜ』


 そうやって茶化ちゃかしてあげれば、アキラも、


『リョウくんのバカ! 僕の初めてのxxxxやxxxxをリョウくんが奪った! 気づいたなら気づいたときに教えてよ!』


 とか叫んで、心のダメージは最小限に抑えられるだろう。


 うん、それがいい。

 ベストじゃないか。


 一人で納得しながら下駄箱まで来たとき、アキラがボソッと耳打ちしてくる。


「ねえ、リョウくんって雪染さんのことが好きなの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る