第9話

「あ、ラブレターだ」


 そういったのは、リョウだったか、アキラだったか。


「今年度に入って何通目だよ。このモテ男め」

「あはは……」


 人気がないところへ移動して内容に目を通した。


『今日の17時』

『校舎裏で待っています』


 女の子特有の丸っこい文字が並んでいる。


「いくのか?」

「もちろん」


 だよな。

 アキラは一度も逃げたことがない。

 そういう姿勢は友人として誇りに思う。


 放課後になった。


 リョウは物陰と木のあいだから目をのぞかせている。

 1分に1回くらい携帯をチェックして、当事者じゃないのにドキドキしてしまう。


 アキラはピンと背筋を伸ばした姿勢で小説を読んでいる。

 そのページをめくる手が止まった。


 ラブレターの差出人。

 一年生女子が近づいてくる。


 普通にかわいい。

 身長が高めで、胸もあって、スタイルに自信がありそうなタイプ。

 ルックスだけならリョウの合格ラインを軽く突破している。


 恥じらう乙女。

 膨らみかけのつぼみ。


 う〜ん……。

 アキラくらいの文才があれば、もっとステキな表現を思いつくのだが。


 アキラが、やあ、と声をかけた。

 君がお手紙をくれた子だよね、とも。


 ちくしょう。

 慣れていやがる。


 硬かった下級生の表情が柔らかくなった。

 はにかむと益々ますますかわいい。


「一目見たときから好きでした。不破先輩のことをもっと知りたいです。私とお付き合いしていただけませんか」


 しばらくの沈黙。


「気持ちは嬉しいのだけれども……」


 アキラは教会の神父のような優しさで告げる。


 成就じょうじゅならず。

 そりゃ、そうだ。


 アキラが彼女をつくらないことは、この学園でわりと有名なのである。


 告白者が後を絶たないのは、あの不破アキラに告白した、という謎のステータスが欲しいから。


 もちろん、あわよくば恋人に。

 そんな下心がゼロではないだろう。


「今日はお時間をいただき、ありがとうございました」


 一つの恋が終わる。

 限りなくニセモノに近い恋だとしても。


「最後に一つ教えてください。不破先輩には現在、好きな人がいるのですか?」

「ううん、この先、受験とかが控えているから。それで恋愛に臆病おくびょうになっているだけかな」

「そうでしたか……」


 わりと清々しい表情で女の子は去っていく。


 リョウはほっと安心した。

 そしてすぐに後悔した。


「リョウくん、それ、安堵あんどのため息ってやつかな」


 アキラに見られたのである。


「なっ……⁉︎」

「僕に恋人ができなくて安心した?」


 いじわるっぽい視線を注いでくる。


「こいつ……」

「心配しないで。まだ恋人をつくる予定はないから」


 ああっ!

 もうっ!


 その生意気な口にキンキンに冷えた棒アイスを突っ込んでやりたい。

 それからデコピンを五発くらい食らわせて、髪の毛をくしゃくしゃにして……。


「まだって何だよ。臆病なんじゃないのか」

「いや、あれは方便というやつで……」

「それじゃ、意中の相手がいるみたいな言い方だな」

「う〜ん……」

「もしかして雪染さん?」

「ええとね……」

「まさか神楽坂さん?」

「そうじゃなくて……」


 アキラが急にポワポワしはじめる。


 ああ、恥ずかしい!

 見ているこっちも恥ずかしい!


 告白してきた女子よりも乙女チックな表情をしやがって。

 クラスの王子様が聞いて呆れるというものだ。


「率直な意見を言わせてもらうぞ。好きな人がいたとして、もしアキラから告白したら、彼氏持ちのやつ以外、全員がOKすると思うのだが……」

「そんなことは……」


 ないよ。

 言葉尻がかすれる。


「どうして?」

「ダメなんだ」

「何がダメなんだよ」

「僕が好きな人というのは……」


 アキラの顔がとことん赤くなる。


 吹きぬける風。

 梢枝こずえがザワザワとBGMのように揺れる。


「いるのか? もしかして教師か? それで禁断の恋なのか?」

「そういう禁断の恋じゃないのだけれども……」


 もしかして男子生徒?

 なのか?


「僕が好きな人というのは……」


 リョウはこの瞬間、何かを期待している自分に気づいた。

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