第4話

「やるじゃん、宗像!」


 自席でくつろいでいると、須王との一件を聞きつけたキョウカがやってきて、リョウの机にお尻をのせた。


 キョウカの横に立っているのはアンナ。

 向こうが手を振ってきたので、リョウも振り返しておいた。


「キングをやっつけたんでしょ!」

「ちょっと神楽坂さん、人の机にケツをのせるのはお行儀が良くない」

「硬いこというなよ〜。いけず〜。せっかく女の子がサービス精神を発揮しているのに〜」

「そういうのを世間では押し売りという。目の保養になるのは否定しないが」


 ミニ丈スカートからのぞくキョウカの太ももは、グラビアアイドルみたいに引き締まっており、健全な男子なら誰だって惹かれるだろう。


 けれどもこれは罠。

 凝視したのがバレると『宗像が私のスカートの中をのぞいた!』と叫んで笑い者にしてくる作戦だ。


 過去に一回食らったことがあり、アキラから軽蔑のセリフをもらった記憶がある。


「これからもプリンス・不破キュンの警護に励んでくれたまえ」

「神楽坂さんって尊大というか、ときどき偉そうだよな」

「にゃはは〜! 偉そうなのではない! 実際に偉いのだ!」


 個包装されたチョコレートを置いてから、キョウカたちは去っていった。

 チョコレートは二粒あったので片方をアキラにあげる。


「やっぱり神楽坂家はお金持ちなのかな」


 リョウがいう。


「だろうね。爪とか、明らかに専門店でお手入れしているみたいだし」


 アキラが答える。


「マジか。他の女子との違いが分かるのか」

「一目で気づくよ。スタンダードな爪切りは良くないって説があるから、色艶いろつやなんかにこだわる人は、爪やすりで削ってもらうんだ」

「なんだと⁉︎ 爪をカットするのに金を払うのか⁉︎ 散髪みたいに⁉︎ 高校生の分際で⁉︎」

「まあ……それを職業にしているプロが存在するから……」


 うわぁ、金持ちって怖い。

 なんか鳥肌が立ってきた。


「でもアキラ、女の子みたいな豆知識を知っているよな。新鮮だから面白いけれども」

「いや……別に……母親から聞いただけ……」


 顔を赤らめたアキラの爪も、よく見ると宝石みたいにツヤツヤしている。


 放課後になった。

 リョウたちは職員室で鍵を取ってから、ボードゲーム部に割り当てられている空き教室へ向かう。


 ここは囲碁部と将棋部が合併してできた部だ。

 10年くらい前まで、ちゃんと大会の団体戦にエントリーしていたらしい。


 現在はネット碁やネット将棋が普及しているから、部員がだんだん集まらなくなり、ボードゲーム部という名も形骸化けいがいかしている。


 アキラが外国文学の本を取り出す。

 リョウは電子タブレットを起動させて、趣味でやっているマンガの続きを描きはじめる。


 途中、アキラが席を外した。


「リョウくんはどっちが好き?」


 持って帰ってきたのはレモンティーとミルクティー。


「もらっていいのか」

「昼間のお礼だから」

「じゃあ、レモンティーかな」

「リョウくんならそういうと思ったよ」


 紙パックにストローを突き刺して、それぞれの趣味に戻る。


「リョウくんって、ずっと同じマンガを描いているの?」

「そうだ。『RPGみたいな異世界へやってきた高校生のお話』という四コマを描いている。マンガ投稿サイトにアップしているから、引っ込みがつかなくて困っている」

「四コマで異世界ファンタジーとか、けっこう壮大だよね」


 先週、手元のプロットを読み返してみた。

 このままのペースで描き続けると、完結まで13年かかることが判明して、心が折れかけている。


 そんな話をするとアキラに失笑された。


「一回の投稿で四コマしか進まないのがネックだな。一つの街に到着すると、なかなか次の街へ進めない。主人公を最初の村から出発させるのが一番大変だった。あと、四コマという特性上、キャラクターの顔や上半身ばかり上手くなって、腰から下を描くのが苦手だ」


 アキラがまた笑う。


「アキラは文芸部に入らなくてよかったのか。あっちなら同じ趣味を持つ仲間がたくさんいるだろう」

「別にいいんだよ。純粋に読むのが趣味だから。誰かと意見交換したいとか、自分で作品を書きたいとか、そういう欲求は薄いかな」

「ふ〜ん」


 そんなものかな、とリョウは納得する。

 たしかにマンガだって、描いてみたいと思って実際に描いてみるのは100人に1人くらいらしい。


 夕方の6時になったのでアキラが小説を畳む。


「停学になっても痛くもかゆくもない、みたいな言い方をしていたけれども、僕としてはリョウくんがいないと寂しいな」

「アキラ、気をつけろ。その手の発言を女子に聞かれたらホモ疑惑が浮上する」

「バカにするな。ちゃんと時間と場所は選んでいる」


 リョウも電子タブレットの電源を落とした。


「そうだ、アキラ。今度、デッサンの題材になってくれないか。アキラをモデルにして、スケッチブックと鉛筆で一枚描きたい。さっきもいった通り、四コマばかり描いていると、ちゃんと全身像を描く機会がなくてな」

「モデル⁉︎」

「アキラは八頭身だし、スタイルがいいから、本を読んでいる姿が絶対に様になる」

「八頭身⁉︎ スタイル⁉︎」

「いや、緊張しなくていい。本当に自然体で座っていてくれたらいい。それこそ今日みたいに。取り澄ました顔つきで。ジュースやお菓子くらいの礼はする」

「やめてくれ! 無理な相談だ! リョウくんにずっと観察されるとか、骨格まで意識されるとか、恥ずかしすぎて死ぬだろう!」


 アキラは荷物をまとめると、アニメキャラみたいに手をブンブン振ってから逃げていった。


「そんなに嫌がることか」


 リョウも荷物をまとめて立ち上がる。

 ふと、アキラのものと思わしき財布が転がっているのを見つけた。

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