70.明日
「こないだ来た時はもっともっと沢山いたんだけどなー」
ユタカとサザと三人で馬に乗って蛍の見える川に来たリヒトが、少し残念そうに言った。
両手で数えられる程の蛍が川上をふわふわと飛んでいる。蛍の一番の見時が終わってしまったので三人の他には誰もいない。先日と違って蛍の明かりだけでは心許ないのでサザはランタンを灯したままにした。
「大丈夫。また来年来ればいいんだから」
サザはリヒトに微笑んだ。ユタカが目を細める。
サザは馬から飛び降りると、前と同じ様に土手の上の木に馬を繋ぎ、一緒に乗っていたリヒトが降りるのを手伝った。
「ローラに頼んでサンドイッチを作ってもらったの。前来た時、玉子のサンドイッチがすごく美味しくてリヒトと取り合いになっちゃったから、今日はいっぱい入れて貰ったよ」
「へえ、楽しみだな」
「ねえ、食べる前に、先に川の方に降りててもいい?」
リヒトが待ち遠しそうに言う。
「いいよ、でもお腹空いちゃったから私は先に食べちゃおうかな?無くなっても知らないよ!」
「はは……サザは食べ物のことになると容赦ないな」
サザとユタカは二人で並んでリヒトが土手を駆け下りて行く様子を見守った。
「サザ」
「なに?」
「色んな事があったけど。おれと一緒に居てくれてありがとう。サザに会えて本当に良かった」
「うん、私もだよ。戦うことが仕事だと明日のことは分からないけど……これからもこんな日がずっと続くといいね」
「……サザ。無事に帰って来て。これからも毎日。おれも絶対に無事に帰って来るようにする。そうやって、ずっと。一緒に居たいんだ」
「……うん。私もだよ。絶対そうする。ずっと一緒にいよう」
でも、二人は痛いほど知っている。戦うことを仕事にする人間がそんな約束をしても、どれだけ無意味か。その一方で、そう約束せずにいられない儚さも。
しかしそれでも二人は剣士と暗殺者である事を辞める事は無いのだ。数奇な運命に翻弄されながらもその仕事が二人自身を形作り、生きる意味を与えてくれた。そして二人は涙が出そうな位にお互いをよく理解していたからだ。
本当に大切だと思える人に生きている間に出会えたことは、奇跡だ。だから、大好きな人と一緒にいられるこの一瞬を本当に大切にしないといけないのだ。
ユタカはそっとサザの肩を抱いていつもの通り、優しく微笑んだ。こうやって、この人の笑顔を暗殺者であることを心配をせずに見ていられる毎日がある。それだけで、サザは涙が出そうになる。
「……ねえ、少し屈んでくれる?」
「ん? どうした?」
サザは屈んで顔を近づけたユタカの首に腕を回すと、背伸びをしてユタカに口付けた。
ユタカは驚いた顔をしたが直ぐに笑うと、サザの頬に手を当ててもう一度唇を重ね、サザの身体が持ち上がるくらい強く抱きしめた。サザも思わず声を上げて笑った。
「父さん、母さんも早くー!」
リヒトが土手の下から呼んでいる。
「今、行くよ!」
サザはユタカと手を繋ぐと一緒に土手を駆け下り、リヒトの所へ向かった。
(了)
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