69.会いたかった
サザは王宮で借りた馬を全速力で走らせてイーサの城まで戻ると、階段を駆け上がって寝室のドアを一気に開けた。
ユタカはベッドで身体を起こしてネロに治療をしてもらいながら、ユタカの膝に顔を埋めて泣きじゃくるリヒトの背中を撫でていた。
「サザ!?」
「母さん!!」
サザはそのままベッドに飛び込んだ。三人は涙でぐしゃぐしゃになりながら、ベッドの上で塊になって抱き合った。
「夢じゃないよな」
「うん」
「おばけでも、ないよね」
「うん……」
「サザ様、本当に良かったです」
ネロも治療の手を止めて目頭を抑えながら三人を優しく見守っている。
「でも、どうして帰ってこれたんだ?」
ユタカが抱き合っていた腕を離し、濡れた瞳のままサザに言った。
「あのね、陛下が……」
サザは、国王が法を犯す罪を被ってサザを開放してくれたことを話した。
「そうだったのか。じゃあおれとアイノは陛下に酷い脅迫をしたんだな」
「そうじゃないよ。陛下はちゃんと分かってくれてた」
「じゃあ母さんは、父さんが王子だって聞いた?」
「うん……」
サザが頷くと、ユタカが真剣な表情で口を開いた。
「そうか……陛下から聞いたかもしれないけど。おれは随分悩んだけど、やっぱりイスパハルの王子になろうと思ってるんだ。この国を良くする為に自分の力を使いたいから。陛下の裁判が終わって全てが無事に解決したら正式な手続きに入ることになるよ。リヒトはいいと言ってくれたけど、サザはどう思う?」
「もちろんいいよ。ユタカがやりたいことをやるのが一番だよ」
「ありがとう。リヒトも」
「うん。僕もそう思うから」
「でもさ。私達は三人共とんでもない事を隠していたんだね」
「そうだな。おれたちは本当に、とんでもない家族だ」
ユタカは涙を腕で拭うと、屈託の無い笑顔で言った。サザとリヒトもつられて笑った。その日は三人でサザを真ん中にして手を繋ぎ、寄り添いあって眠った。
―
次の日、サザはリヒトと一緒にネロの治療を受けているユタカのベッドの上に座り込み、日がな一日、今まで話せなかったお互いの話をし続けた。
サザは自分が判断を誤ってユタカに森で怪我をさせてしまったことを、やっと謝ることができた。
「そんなこと……いいんだ。おれはサザがいてくれたから生きてたことには変わりないから」
ユタカはその言葉にただ涙するだけのサザを見て笑いながら、サザの癖っ毛をくしゃくしゃと撫でた。
今までも十分幸せではあったが、何も隠す必要がない状態では二人のことがもっと好きになれたような気がした。
その間にカズラやアンゼリカ、アイノや沢山の街の人たちがサザに会いに来て、帰ってきてくれて良かったと強く抱きしめてくれた。
国王が言った通りサザが帰ってきてからはユタカは傷の治りが段違いに良くなり、ネロは驚いていた。その日には完全に回復することが出来た。
数日後、国王の弾劾裁判が行われた。国王を生かすか処刑するかの処遇の全権は国民に委ねられたのだ。サザとユタカとリヒトも証人として出廷した。
国民から選ばれた陪審員によって裁かれる裁判の場で、国王は今回の一連の事件について、ユタカが暗殺されかけた所からサザの裁判までを順を追って丁寧に説明した。
サザは判決を聞くまで自分を助けてくれた国王がどうなってしまうのかと生きた心地がしなかったが、国民達は国王の考えの通りの判決を下した。
ユタカを傷つけたヴァリスを殺害し暗殺者であることを隠蔽していたサザの行為について最大限の理解を示した国民は、国王を法を犯した罪にせず、無罪としたのだ。
国王は今のままで王座に着くことになり、改めてサザも罪が無いことが認められた。
また、国王はユタカ・アトレイドが死んだことになっていた王子で、隠していたことは自分の過ちであると深く謝罪し、ユタカを王子として認めるように国民に呼びかけた。
元々人々の支持の厚かったユタカが王子になることに反対する声は無く、慶ごととして受け止められ、国は新しい王子の誕生に一気にお祝いムードになった。
ただ、そんな中でサザはユタカが王子になることは大賛成だったものの、敵国カーモスの生まれの自分がイスパハルの王子の妻になるのはさすがにまずいのではないかと思い、国王に自分の気持ちを話した。
しかし国王は「お前ほどユタカの妻にふさわしい者はいない。気にするな」と言って、少しでもサザを揶揄する声があれば直接進言して守ってくれた。
そして国王は、ユタカが王子になる前は長く伸ばしていた髭を剃ってしまった。サザはそれがユタカととてもよく似た輪郭とえくぼを隠すためのものだったのだと気付いた。
元々国王と女王との共同君主制を取っているイスパハルだったが、国王は女王が不在であることを理由に今後自分が間違った判断を犯さない為にと、共同君主にユタカを充てた。
ユタカは王子としての最初の仕事として、ヴァリスが不在になって空いた国軍責任者の席に大佐に昇進させたアイノを、イーサの領主にはヴェシとトゥーリを共同で付け、リエリをもう一度イスパハル国軍に推薦し、アキラを国立の魔術学校に飛び級で進級させた。
アイノは「何で大佐になったのにユタカが上司なんだ。私が敬意を払うのは陛下と王子妃だけだ」と、相変わらずユタカに悪態をついた。
しかし、イスパハル建国以来初の女性の国軍責任者でもあるアイノは実際はユタカの話をよく聞き、魔術と剣士の学校の卒業者が受ける全ての試験で男女が差がなく合格する仕組みをすぐに整えた。
ユタカが王子になったことも人々を驚かせたが、それ以上に話題になったのはサザのことだった。
国王とユタカは裁判の後に御触れを出し、サザとアンゼリカとカズラが暗殺者の職を持つことを国として認めてくれたのだ。
そして、剣士や魔術士で対応しにくい戦いに備えるためとして、軍に暗殺者の部門を創設して三人に階級を付け、そこに所属させた。普段はいつも通り生活をして、必要があれば国王とユタカから直接サザ達が依頼を受けられるようにした。
サザは国王から辞令を受け取ると、肩書に『サザ・イスパリア少佐』と書いてあったので驚いてしまった。
「これ、いいのかな……?」
「サザはそれくらいのことをしたんだから自信を持って」
ユタカはそう言って微笑んだ。
ユタカは王子、サザは王子妃となり、リヒトと三人で王宮へ引っ越したが、ユタカは王子となっても相変わらず、洗いざらしのシャツが良く似合う、笑顔の優しい青年のままだった。
国民はそんなユタカのことをとても良く慕ったが、最初は城の召使い達を大いに戸惑わせた。
ユタカは王子になったが、前のように町に出て話を聞いたり軍の剣士の立ち合いを見てやったり、サザも貧しい人のところに行って様子を見たりと、前とはさほど変わらない生活を送っている。
リヒトは正式に魔術の勉強を始めることになり、毎日とても楽しそうだ。
王子のユタカと、エルフのリヒトと、暗殺者のサザ。それぞれが全部、自分のままでいられる事。
ただ、そのままでいられることがこんなに嬉しいことだったのだ。
サザはもう無理に長袖の服を着ることが無くなった。それは他人から見れば些細かも知れないが、サザにとっては本当に大きな出来事だった。
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