10.傷物の身体

「もう本当に……やっとご結婚相手が決まられて良かったです。今まで御令嬢が何人も激怒されて帰られたんですよ……」


「それは大変でしたね……」


 涙ながらに話すローラにサザは苦笑いしながら答えた。呼びに来てくれたローラと他のメイド達に連れられ案内された部屋に行くと、木桶に湯を張って入浴の準備をしてくれていた。

 どうやらサザが着替えや身支度を整えるために用意されている部屋のようだ。


「サザ様、入浴のお手伝いをさせて頂きますね」


 ローラが笑顔をこちらに向けて言った。


「お、お手伝い……?」


「ええ、私達がお身体を流させて頂きますので」


 サザは服を脱ぐのを手伝おうとするローラ達の方に手のひらを向け、慌てて言った。


「ふ、風呂くらいなら自分でできるので! 大丈夫です!」


「お気になさらなくていいんですよ。身分の高い女性なら当たり前にされてることですし。女性しかおりませんし安心してください」


「いえ、でも……一人でできることは一人でやりたいので」


「そ、そうですか? それでは、部屋の外におりますので何かあればお声掛けくださいね」


 ローラ達はサザの申し出に驚いた様子だったが、何とか納得してくれたようで部屋を出てくれた。サザはローラ達が出ていったドアを閉めて、ため息を付いた。


(身体を見られたくないんだ、私は)


 サザは湯が冷めないうちにと服を脱ぎ、桶の中に膝をかかえて身体を丸めた。あったかい。今日は長いこと馬車に乗った上、慣れないやり取りで疲れてしまった。


(背中の傷を見られたら絶対に引かれるな)


 サザの背中には、組織で激しく鞭打たれた痕がありありと残っている。仕事の失敗で見せしめに仕置きされたのだ。刀傷もある。心あるサーリは何も聞かずにいてくれたが、好奇の目で見られる可能性のほうが高い。


(ローラ達は咄嗟に追い出しちゃったけど、よく考えたら領主様には見られてしまうのか。今日は新婚初夜だ)


 サザはもう一度大きくため息をついた。息の当たった水面に波紋が広がり、桶の縁に当たって消えた。サザはぐっと身体をまるめて、顎まで湯に浸かった。


 結婚した以上こうなることは分かっていたが、一般的に「傷物」とされるサザの身体は、暗殺者で有れば何でもないが、サザはもう違う。

 男から見られる女の身体としてなら価値が低いのはすでに分かっていた。


 美人ではないが基本的に明るくて働き者のサザは、酒場での仕事の中では男に言い寄られることも少なくはなかった。

 その中でサザはお互いに好意を寄せるようになった同じ歳の鍛冶職人の青年と親密になって身体を寄せ合った夜に、青年はサザの背中を見るなり「気持ち悪い」と言って蔑んだ目でサザを見て部屋を出ていってしまったのだ。

 サザは身体の傷への言いようもない悲しさと恥ずかしさで一杯になり、カズラとアンゼリカにもその事が言えなかった。


(嫌なこと思い出しちゃった。でも、幻滅されて帰されるなら早い方が傷つかなくて済む、かな)


 ―


 風呂から上がったサザは、風呂桶の隣の籠に用意してあったドレスの様に豪奢なレースが重なり合って縫い止められた白いネグリジェを見てぎょっとした。


(うわあ……いかにも新婚初夜って感じだ。

 あ、そういえば)


 サザはふと、ネグリジェの袖の長さを確認した。

 普段、サザは身体の傷を隠すために首元のつまった長袖の服しか着ないのだが、このネグリジェは半袖だし、何より、背中が大きく開いている。

 サーリはサザのことをよく分かってくれていたので、ちゃんと長袖のデザインのものを準備してくれたのだ。


(まずいなこれは)


 これでは背中の傷が見えてしまう。噂話が好きそうなメイド達には知られない方がよさそうだ。できれば隠しておきたい。


「ローラ」


 サザはドアの前で待っていてくれているローラ達に声をかけた。


「はい奥様、何でしょう?」


 ドアの外からローラがすぐに返事をする。


「特に足りないものは無かったし、もう手伝いは必要なさそうだから、他の仕事に戻っていて」


「そ、そうですか……?」


「気にしないで。大丈夫です」


「そう仰るのであれば、そうさせていただきます。でも、何かあればいつでもお声掛けくださいね。お手伝いしますから」


「ええ、ありがとう」


 一から十までよく分かっていないサザに対してもさすがの気遣いだ。こういう人達がプロのメイドなのだろうとサザはギルドの求人を思い出した。

 サザは身体をタオルで拭き、ネグリジェを着てスリッパを履くと、ドア越しに周囲に耳をそばだてた。

 近くには誰も居なそうだ。

 そっとドアを開けて廊下に顔を出し、目視でも誰もいないことを確認すると、サザはスリッパをぱたぱたと鳴らして急いで寝室に戻った。

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