第11話 延長戦会議

 広東料理なのか四川料理なのか、はたまた台湾料理なのか判別不能なメニューとにらめっこしながら、私と加絵はどうしたものかと頭を悩ませる。

 愛する津島の部隊が参加するレセプション会場はこのホテルだと判明したが、同じホテルに彼が泊まっているという保証はない。

 いくら友達とはいえ、佐竹もこのことについては一切情報を漏らすようなことはしていない。

 恐ろしいほどにたまたまの事態なのだ。

「加絵ちゃん、何この事態?」

「ありきたりな言葉で言うならば、奇跡なんじゃないの? ……まあ、インターネットじゃ部屋なかったのに、電話したら明るく『ありますよ~』っていうから予約しちゃったわけですけどもね」

 青天の霹靂。

 使い方をまちがっていそうだが、まさにそれだ。

「ところで、さっきから気になってるんですけどもね、なんで隠れてんの?」

 加絵がメニューで顔を隠している私を向こう岸から覗き込んだ。

「だってさ! さっきから、ちらちらと通るんだもん!」

 がらんとした中華料理屋さんは実に『おい、ロビーからみようとしたらばっちりと席が見えるではないか!』とつっこみたくなる構造をしていた。

「隠れることないじゃない? 悪いことをしてるわけじゃあるまいし」

「しかしですな!」

 加絵の言うこともごもっともなのだが、何故か隠れてしまう小心者の悲しい性。

「さっきから、通ってんの?」

 店の入り口に背を向けている加絵からしたら、見えない世界なのだが、結構な数の見たことある人々が通り過ぎていくのだ。中には顔見知りもいるので、気が気ではない。

「ねえ、ほんとに挙動不審だからやめなさい。 そして、さっさと食べなよ」

「喉通らないよ!」

 誰かが通るたびに身をひそめる小者をしり目に加絵は平然と目の前の料理をたいらげていく。

「加絵ちゃんの裏切り者」

「だまれ、小者」

 店の前を通らなければ、エレベーターにたどり着けないというわかりやすすぎるホテルのつくりのために、作戦会議どころではない。

「そんだけメンツがエレベーター使うってことはどっかに控室あるんじゃないの?」

 小籠包をほおばりながら加絵が奇跡の一言をつげる。

「なるほど、控室か!」

 その言葉に導かれ、小者はあっさりと忍者と姿をかえた。

 メンバーがエレベーターを目指していくのをそっと目でおい、椅子を立つ。

 加絵はあきれ顔でこちらをみている。

「5階です、加絵ちゃん」

 意味もなく身をひそめながら、柱の陰からエレベーターが止まる階を確認する。

「はいはい、5階、5階」

 加絵がチンジャオロースを口に運びながら、今度は振り向きもせず告げる。

「馬鹿扱いして!」

 数秒して5階から今度は降りてくる。

 扉が開くと見たことのある顔、そして、どストライクの好み。

 それもそのはず、津島ではないか。

 あまりにびっくりして奇声が上がりそうになる自分の口を必死に抑え、しゃがみこんだ。


「早くきてくださいよ!」

「うっさいな~、まだ時間に余裕あんだろが~」

「何回、呼びに行ったらいいんすか~」

「わかったって!」


 ばっちり記憶されている耳に覚えのある声はかなりめんどうくさそう。

 どうやら、何度も5階へ足を運んでいた部下たちは津島を呼びに行っていたようだった。

「はい、いましたね~」

 加絵はゆっくりと振り返り、恐ろしいまでの静けさと共にどすの利いた声で座れと席を指さした。

「食べなさい! そこの小物忍者」

 加絵を本気で怒らせると怖いのはよく知っていたので、しぶしぶ席へ戻る。

「じたばたするな、いるのはわかったんだから」

 てきぱきと取り皿にいろんなものが加絵によりもられていく。

 向かいに座りながらどうにも落ち着かない私はうつむくしかない。

「でもさ、宴会終わったら帰っちゃうかも」

「あんたに運があることを信じてあげるから、とにかく、まずは食べなさい」

 ぽんぽんと頭をたたかれ、しぶしぶ箸をとる。

 やや温度の失った料理に箸をつけ始めるものの味がわからない。

「……味ない」

「私も味がないと思うぞ? 恋で味がわからんわけではない」

 加絵の明言にふいに笑いがこぼれた。言い方ってものがあるだろうがとため息がこぼれる。

「加絵ちゃん、たまに発言ひどいよね」

「真実だろうが! 恋で味がないわけではないぞ、薄い味付けだってという現実を告げただけ。 あんたはおかしくなってないよ~」

「馬鹿にして!」

「馬鹿なんだから仕方がない。 それに、まだ宿泊している可能性だってあるんだから。 さっさと食べてしまう!」

 黙々と食べ始める私を見ながら、加絵はにんまりと笑った。

「ビッグチャンスだぞ。 神様のシナリオは終わってない。 言ったでしょうが!」

 髪は洗いざらしをまとめただけ、その上、ノーメイク。

 デニムにTシャツ姿になってしまったけれど、『あんたは可愛い。いける』と加絵は私に魔法をかけた。

 泣きながら食べている私の頭に加絵がもう一度手を置く。

 困ったときの加絵ちゃんの手。何度となくこの手に救われてきた。

 母親よりも私のことをよくわかってくれる16個年上の愛する従姉。

 子どものいない加絵はいつもこう言う。

『でっかい娘の世話が大変』

 私は加絵の自信に満ちた顔が好きだ。

 女性らしいふくよかさのある加絵はちょっとやそっとでびくともしない強さのある女性だ。

 どんな私でもどんとこいで受け止めてくれる。

「まだ、終わりじゃない。 いっちょ、やったれ!」

 加絵は嬉々として次々と私の皿に足していく。

 無心にソレをほおばりながら、私の涙は完全にとまった。


 偵察がてらのんびりお茶までして約2時間半が経過。呑気な中華料理店をそろそろ出るかと席をたつ。

 堂々と店を出ていく加絵の後ろにちょこちょことくっついていく小者の私は、加絵との身長差15cmを大いに壁代わりにしてロビーの方へ視線を移す。

 ロビー前に、宴会を終えたらしい彼のお仲間たちが立ち話をしている姿をみつけた。

 その中には佐竹がいる。思わず目が合いそうになり、すかさず背を向ける。

 別にばれても良いのだけど、何故だか隠れてしまった。

「加絵ちゃん、動かないで」

 とうの加絵は困惑したまま、指示通り動かない。

 加絵壁を利用して、状況把握を再開する。

 ホテルの入り口前にはマイクロバスが2台つけられていた。

「バスが来てしまっている。 パンクさせてきて、加絵ちゃん」

「不穏なことを言うな、小物」

 バスにエンジンがかかってしまった。

 やはり、基地へ戻るのかとうつむいた瞬間だった。

 加絵が、こう言ったのだ。

「フロントに津島さんいるぞ」

 加絵の後ろから、恐る恐るフロントの方へ目をやる。

 何かを受け取っている彼の姿が確かにある。

「こっち来るぞ」

 極度の緊張状態だった。完全に思考停止、沈黙だ。

「どうすんの?」

「わかんないよ!」

 加絵の後ろから思わず身を乗り出した瞬間だった。

 こともあろうに、彼の目の前に飛び出してしまったのだ。

「あれ!? びっくりすんな~。 どうして、ここにいんの?」

 津島はホテルのルームキーを振り回しながら、こちらを見て目を丸くしている。

「津島さんこそ!」

 思い返してみても恐ろしいほどに声が上ずっていた気がする。

「俺、今日泊まるのよ、ココ」

 あっけらかんとしている彼はきいてもいないのに、なぜか教えてくれた。

 きっと、何の意図もないのだが。

「そうなんですか!? 私もここに泊まってるんです」

「お~、奇遇なことで 。これから、飯か?」

 彼は呑気に笑って外を指さして笑った。

「あ、はい!」

 思考回路が混線したままの私はまともな受け答えができなかった。

「そ~か、気を付けていって来いよ~。 んじゃ!」

 笑顔のまま、あまりにもスムーズに挨拶をかわした彼はエレベーターに吸い込まれていく。

「あはははははは……」

 じゃあと彼に手を挙げたまま魂を抜かれた私の横で、加絵があまりにも冷静に言った。

「きいていい? 御飯って、まだだったっけ? 私の間違いだったらごめんなさい?」

 もはや加絵の悪態は耳に届かない。

 エレベーターが止まったフロアは5階。

「調査済みの5階ですよ? 泰子、どうすんだ?」

 控室ではなく、彼の部屋だったのだ。

 これを奇跡といわずして何とする。彼と私は同じホテルにいたのだ。

『今度は間に合ってるよ。 追いついた』

「あのメッセージはこれか!」

 私はあまりの展開にその場にしゃがみこんだ。

「泰子、今日お泊りだとさ」

 今にも吹き出しそうな加絵は口元を抑えている。

「ちくしょ~!」

 あまりの脱力感から膝に力が入らない。

 鹿屋での、身の毛もよだつ恐怖体験は『彼が同じ場所に来ますよ~』という実にわかりにくい、思ってもみなかったサインだったのだ。

「で、外へ晩御飯を食べに行かねばならなくなったわけだけれども、どうすんの? せめて、コンビ二行ってから部屋に戻る?」

 加絵の提案を素直に受けいれた私はホテルから一番近いコンビニへ頭を冷やすためにでかけることにした。


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