第7話 動け、動け、動け
シフトが出てしまった後にわかった基地イベントだっただけに、新田原にいる佐竹からの招待も無理だと断ってしまっていた。でも、勇気を出して再度連絡をとってみることにした。
佐竹といえばものすごく簡潔で気の抜けるような返信だ。
【いいっすよ】
ありがたいのやら、なんやらとほうっと息を吐く。
とにかく基地イベントに参加できるようにはなったので、佐竹が神に見える。
考えてみたら、佐竹は最初から神だった気がする。
小松で助けてくれた後、ひょっこりブルーインパルスのドルフィンキーパーとして再会。
ドルフィンキーパーとは話せば長くなるのだが、ブルーインパルスの整備員をさす。
ブルーインパルスの機体はT4という川崎重工の国産のジェット練習機をアクロバット仕様にしたものだ。
T4はその丸みを帯びたフォルムから『空のドルフィン』という愛称をもっている。
だから、ブルーインパルスのパイロットを『ドルフィンライダー(イルカ乗り)』、整備員を『ドルフィンキーパー(イルカの飼育係)』と愛情をもってそう呼ばれているのだ。
ブルーインパルスのクルーに選ばれるにはそれなりの優秀さが求められる。
一応、佐竹彰浩は優秀な整備員ということだ。
持ち前の人の好さと社交性抜群の佐竹は整備員でも人気があったので、びっくりしたものだった。
ブルーインパルスのクルーということもあり、航空祭へ足を運べば会えてしまう佐竹となんとなく縁がつながり、佐竹も津島が大好きだったということもあり意気投合。
現在に至る、である。
ブルーの任期明けに、佐竹は新田原へ配属。
その佐竹が新田原の航空祭へ絶対に来た方が良いと誘ってくれた結果、津島を発見したのだ。
佐竹も自衛官。
誰がどこにいるのかなんて、知人でも言えない。特に上官の居場所など。
だから、『来い』と言ったのだ。今思えば、『津島がいるぞ』だったのだ。
「神、佐竹!」
そんなどうでもよいことを口にしながら、必死だ。
夜勤明けの目をこすりながら、ホテルを検索する。
「今からではもうないよね。 二週間前だものね」
さすがに航空マニアの情報は早い。そして、基地へ行くのに便利なホテルは満室だ。
「何とかなるような気がするのは何故なんだろう」
シフトが拍子抜けするくらいあっさりと変更成立したせいだろうか。
ほんのわずかな胸騒ぎ。
何か追い風みたいなものを感じてしまう。
PCの画面とにらめっこをしながら、スマートフォンに手を伸ばす。
ホテルの前にもっとも大事な交渉を始めねばならない。
脳裏に浮かぶのはたった一人。
呼び出しの音楽が流れ、休憩中であろう交渉相手が電話に出る。
「お疲れさん。 どうした?」
「あのね、新田原、一緒に来てくんない?」
電話の向こうの声に、私はじっと耳を傾ける。
「これまた突拍子もない第一声だこと。 理由を述べよ」
落ち着き払っている女性らしい声がわずかに笑っている。
宮崎まで一緒に来てくれと交渉するのだから、正直に話すしかない。
「シフトが動いて行けるようになった。 でもさ一人旅なわけで」
「一応きいてみるけどさ。 これ交渉のつもり? あんたに一人旅って選択肢ってあったっけ?」
全力の呆れ声だ。さもありなんとこちらは無言。
ほんの数秒の沈黙の後、もう一度だけ質問が飛んできた。
「その前に鹿屋にもいかにゃならんのに、新田原もどうしても行かなくちゃならんのだね?」
「絶対に行かねばならん」
「わかった。 一緒に行ってやる」
「ほんとに?」
「ほんとも何も、仕方がない。 お化け怖くて寝れん奴を一人でいかせられんし。 あんたが本当にそういう類のものをご覧になるのはよく存じ上げておりますのでね」
ほっとして肩に入っていた力が抜けた。
ぽろぽろと頬を温かなものがすべりおちていく。
16年上の保護者役の笹野加絵は電話の向こうで得意げに笑っているに違いない。
「泰子、明日、勤務なんでしょう? 私は休みだからホテル探しておいてあげる。 あんたがそこまで意味があるっていうんなら行こうじゃないか。 一連のことは承諾したので、安心して寝なさい。 夜勤明けでずっとウダウダして考えっぱなしだったんでしょ?」
あまりに図星で再度、無言になってしまった。
「『そうだ、新田原もいこ』のノリでいくぞ!」
あっけらかんとした物言いに、私は胸をなでおろした。
「こんな体質でごめんなさい」
笹野加絵を含め、私の家族や友人たちは誰一人否定することはしないのだが、私は眉唾物に扱われるものが見えるのだ。
幼いころから神社へいかねば穏やかに暮らせないレベルの日々だ。
お世話になっているとある神社の神主さんからは、直感にだけは逆らわないようにと釘を刺されている始末だ。
「直感に逆らうと絶対に君は痛い想いするからね」
この神主、なんてことを言うんだとびっくりした日々も懐かしい。
だが、それが当たることを認識した私はおとなしく従っている。
宿泊施設の部屋をみて、だめだと思ったら、フロントに伝えると、なぜかアップグレードされた部屋を提供され、口止めをされる。
電車にのっていても、変な気分がしたらすぐに下車すると、その一駅先で事故。
高速にのっていても、父に『だめ、おりて』というと、父は迷わずに一般道におりてくれる。父は真実、私という生き物をよく知っている。道を変えてほしいとお願いした矢先にあり得ない事故がおきていたのを目の当たりにしていた経験があるからだ。
これだけ続くと、もはや家族、身内、友人は私の直感を疑わない。
妹も私が電話ですぐに電車を降りろというと、どれだけ急いでいたとしても、素直に降りてくれるのだから、私はそういう輩のようだ。
だからこそ、怖いものが多くなってしまったのだけど。
「シングルで泊まれません。 ユニットバス不可です。 どうやって一人旅をするおつもりですか? 言えるものなら言ってみやがれ」
加絵が大声で笑っている。返す返すも口惜しいほどに言い訳が出てこない。
「あんたの一人旅はある意味で最強にやばいからね。 よく言ってきた! 良い子だ、泰子」
「伝説ですから……」
「ある意味、伝説すぎてまだ笑い話に昇華してやれそうにないわ」
そう川村家には笑えない伝説がある。
しかも、ホラー系の伝説。
とある四国のリゾートホテルで、10歳の私はユニットバスに閉じ込められ、びしょ濡れの女性と会話をした。
鍵はかかってはおらず、電気もつけた状態だったのに、外から父が何度あけようとしても扉は開かずじまいだった。
シャワーが勝手に流れ出し、扉の外からも私ではない誰かが話している声が聞こえたそうな。
当の私はカーテンの隙間から垣間見える女性の目をみてはならんと必死にうつむいていた。ひたひたと歩み寄り、女性はふいにしゃがみこんで、私の顔をのぞきこみ、こう言った。
『お嬢ちゃん、私が見えてるんでしょ?この部屋から見える海でずっとしんどいの。助けてくれない?』
私はひたすらに首を振り続け、何もできませんからと唱え続けた。
そして、ホテルのフロントから大勢人がやってきて、数人がかりで扉をこじ開けた。
父は飛び込んで私を抱きかかえて連れ出したが、その時、はっきりと白い腕が私の腕をつかんでいるのを見たらしい。
「この部屋、おかしい。 海でしんどいって女のひといる」
私の一言に、支配人までやってきて詫びる始末で、その部屋にまつわる話をきいた家族はあんぐりと口を開けていた。
当然ながら部屋はグレードアップの上、風評被害を危惧したホテルから無償提供。
その晩、私は父の布団に潜り込み、父はもう来ないから大丈夫だと言ってくれていたのを覚えている。
そして、これを知っている加絵は私がどうしても一人旅ができないことを理解してくれていた。
つまり、私の計画には加絵が付き合ってくれることが最低条件だったのだ。
「あ! しまった! 観に行けないから、頑張ってくださいって津島さんに手紙を基地に出しちゃった。 でも、読んでるかわからんからいいよね」
「それよりも! かわいい服で出かける方が大事だな」
「あっそっか! もう日にちがないよ~、どうしよう……」
「おちつけ! まずは眠ってから考えるとしようではないか!」
「加絵ちゃん、大好きだ!」
「あやしいもんだな。 津島さんとどっちが上?」
「津島さん」
「即答か! はよ、眠りやがれ!」
私はアドレナリン全開すぎる自分の脳みそを枕におしつけた。
電話をきり、ゆっくりと瞼をとじると涙がこぼれた。
加絵はいつも助けてくれる。いつだって窮地には加絵がいてくれる。
加絵の援護を確保した瞬間が彼の公の場でのラストフライトを見ることが許された。
そして、公の場でおそらく逢えるのも最後だという想いもこみあげてくる。
数時間後に、加絵からのメッセージが入っていた。
【基地から一番近いホテルがなぜか空いていたので、おさえました】
このメッセージがいかに重要になってくるのかなんてことは、まだこの時の私は本当にわかっていなかった。
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