第5話 ラブレターよ、はばたけ

「手段が旧式すぎる」

 そう、古い手段しかとる術がなかった。

 だがわかってはいてもやるしかない。

 彼の所属する部隊がわかっていたこともあり、勇気を振り絞って手紙をかいた。

 こんな言葉が自分の中に眠っているのかとさえ思うくらいこっぱずかしく、二度と自分で読むことはできないなと思うくらいにストレート直球勝負だった。

 内容は割愛する。

 宝塚歌劇真っ青の愛を語っているだけに封印だ。門外不出。

 されども、当然といえば当然だが、返事はない。

 だからと尻尾を巻くつもりもなかった。

 ありとあらゆるコネクションをひっぱりだし基地の特別公開や基地行事へ行く。

 基地見学や航空祭へ赴き、彼にじゃれて認識してもらう計画と連動することにした。まぐれあたりの行動。しかし、何故か諦めた頃に、彼に出会う。


「津島さん、大好き」

「あ~はいはい。ありがとう」


 悔しいほどにこのやりとりがあいさつ代わりとなり、心がぽきっと折れそうになっていた。

 鉄壁のガードとスマイリーな彼の対応。

 通称、神対応。

 悔しいほどに彼は皆に平等。

 この人のたった一人になるにはどうしたらよいのだと号泣してしまう夜もあった。

 異性にさほどの興味もなかった私のこれまでの人生とは180度違う行動っぷりに、我ながら呆れた。

 しかしながら、彼を見失ったら人生THE ENDということもどことなく気づいてしまっていたので、私なりに最大限の努力というやつを惜しげもなく徹底することにした。

 それでも、血のにじむ努力もそう簡単には身にならないものだ。

 彼に『私』を認識してもらうには至ったものの、それは認識されただけなのだ。

 パイロットと懐いている犬。おそろしいほどに鋼鉄でつくられた壁を打ち砕く必要があった。


『私はあなたが戦闘機パイロットだから好きになったのではないのです!』

 

 その必死の叫びが、即彼へと届くわけではない。

 最大の難点は、戦闘機パイロットはその特性から女子にもててしまうことだ。

 しかも、パイロットだからと近づいてくる女性についてある程度のうがった目を持っているのだと実際に知り合いになったパイロットからきいたことがあった。

 パイロットだから興味があるだけで、一人の男としてはさほど興味はないのだろうという目をもって接しているらしいのだ。

 そう、パイロットに惚れておるのですと伝えるということは、彼の中にあるそういった類の目をクリアしなくてはならないというわけだ。

 それでも、逃げるわけにはいかない。

 大袈裟だけれど、人生には逢うべくして出逢う相手がいると思うのだ。

 その相手を避けて通るというのは、人生のやるべきことをせずに、自分の生きていく道にあるはずのご褒美といえる産物を得ずに死へのカウントダウンをただ待つようなものだと思う。

 逢いたいと思える相手がいることこそがご褒美だ。

 自分の中に眠っていた感情が空想のものではなく、血肉をもったリアルとなる。

 もちろん、ストーカーのような歪んだ形のものではない。

 相手を脅かし、追い詰め、悩ませるつもりもない。

 純粋な感情を伝えてみた先に何か化学変化が起こるのであれば、それが私のご縁というものなのだと思うのだ。

 リアリストの私が『この人なんだなぁ』という感覚だけを信じて、突き進むのがどこかおかしく思えた。でも、そんなバカげた自分もまんざら嫌いではなかった。

「神様!」

 空を見上げて、どうして私の人生に彼を出してきたのでしょうかと唇をかんだ。

 まるで馬鹿の一つ覚えのように想いを伝えるしかできない日々。

 そして、さらなる過酷な試練がやってきた。


「来年の春で転属。これからも航空自衛隊よろしくね」


 彼はにっこりと微笑みながら現実を突きつけてきた。

 私は『ついに来たな』という感覚だった。


《でたな、転属(悪魔)》 


 一度目に彼を見失ったのはこれが原因だ。

「次はどこなんですか?」

 ちゃんと笑えている気がしなかった。緊張で体温が失せていくのがわかってしまう。

「東京の方。 やっぱり現場がいいなぁ」

 つまんなそうにつぶやいた彼の顔は、これまでみたこともないくらいしょぼくれていた。

 現場がいいなぁという表現からして、彼のクラスが東京の方というのならば、行先は『目黒の幹部学校』か『市ヶ谷の航空幕僚監部』というわけで、どちらにせよ、飛行機がはぎ取られる日常になるのだ。

「え~、さびしいなぁ。 この際です! 津島さん、嫁にして」

「はははは、考えとく」

 眉一つ動かさない鉄壁のスマイリーで彼は受け流した。

 彼の言うところの『東京の方』へ転属されてしまったら、私にとっては八方塞がりになる。

 基地で民間人とニコニコ接している自衛官ではなくなるのだから、気安く接することなどあり得ないのだ。

 タイムリミットが明確に提示された瞬間だった。頭の中で、チクタクチクタク音がする。

「神様、本当に私のこの感覚が正しいのなら、チャンスをください!」

 彼が部下たちと話している後ろ姿に私はそっとつぶやいた。



 津島攻略という歴史的挑戦中も日常は続く。

 カレンダー通りにはいかない少ない休みを極端なまでに攻略に使用しなくてはならないため、勤務は必然的に強硬スケジュールとなる。

 それでも、びっくりするぐらい体調が良いのが不思議だ。

「最近、綺麗になったね。 痩せた?」

 職場の先輩からの思ってもみなかった反応に私はびっくりした。

 自分ではまったくわからない変化だ。

「なんもしてないですよ」

「恋だな」

 まさかこんなテレビドラマのようなやりとりが自分の日常にふってわくとは思わなかった。

 確かに、体重は気が付けば7キロ落ちたし、髪も伸びた。

 それまでは異性の目なんて気にする生活はしてはこなかった。

 洋服も楽なものが一番だったし、髪形もそれに準ずるだ。

 でも、彼に逢いに行く時は可愛くしなくてはと考えるようになったのは事実だ。

「かわりましたかね?」

 彼から見て、ちゃんと私は女性としてうつるのかどうかが本当のところ、不安だった。

 誰かのために綺麗になりたいなんて想いがちゃんと自分を変えてくれているのかが自分自身ではわからない。

「綺麗になったよ、自信もったら良い」

 人生の中で、職場の人間関係を重要視したことはなかったが、こんな言葉をかけてくれる人がそばにいたなんてと、ハス斜めに世界を眺めていた自分を恥ずかしく思った。

 誰かを真剣に好きになるというのは、私の世界を大きく変えたのだと思った。

 今までなら、プライベートな話は胸の内にひそめ、上辺だけの情報だけをさらして生きてきたが、素直に誰かに恋している自分を前面に出した生き方も悪くないと思った。

「ちゃんと可愛いから」

 先輩の言葉に涙がでそうになった。

「今のあんたは人間らしいし、可愛らしい。 きっと良い恋なんだよ。 がんばらなくちゃね」

 ストレートに胸に響いた。

 こんなにあたたかな気持ちになるような職場だっただろうか。

 ちょっと違うな。

 私の周りにいた人たちが変わったのではない。私がかわったのだ。

「かわいいでしょ?」

「はいはい、思った以上に、かわいいよ」

「もとから可愛いところはあったんですよ?」

「どうだかね~」

 先輩と顔を見合わせてくすくすと笑う休憩室。

 素直に女性でいることを楽しんでよいのだとわかった瞬間でもあった。

 このやりとりを機に思い切って親しい仲間に、この片思いを打ち明けることに決めた。内心、馬鹿にされるかもしれないとおびえていたのだが、それがそうでもないということに驚いた。仲間内ではお祭り騒ぎになったのだ。

「いける気がする!」

 何を根拠にと突っ込みそうになったが、誰一人、疑わなかった。不

 思議なほどに、誰一人、彼との未来はある気がすると応援してくれる立場をとってくれたのだ。

 それだけではなかった。

 さらなる驚きは実の母の一言だ。

「あなたがそう思ったんなら相手なんでしょ」

  これにはさすがに度肝を抜かれた。

 一般のご家庭では、自衛隊といえば危険な仕事ランキング堂々の一位のはずなのに、母はあっさりこう言ってのけた。

 まだ、何も始まっていない段階で母は私の花嫁修業プランを企画立案した。

「家庭料理はしっかり作れるようにならんとダメだな。 よし、鍛える。 そうと決まれば今から開始!」

 相手が自衛隊のパイロットという情報のみなのに、母はもう夫になる人と認識した様子で私を台所に引きずり出す始末だ。

 さらに、妹に至っては一言だった。

「ややこしい人が好きなんだね」

 そういいながらも、神社で姉の縁結び祈願をしてくれるような妹だ。

 心の中を誰かにさらしてみるのも悪くない。

 彼を好きになったことで、私の世界はそれほどまでに悪くないことを知った。

 川村泰子、33歳。職業助産師。

 愛する男のため、なりふりかまわず、全身全霊で戦ってみようと思います。




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