可愛いと知らなかった友達

第7話

 夏休み……

 今年は勉強に忙しい休みのはず………が、コケティッシュで、最近売れに売れている女優に極似の後藤奈津と付き合い始めた、マッチ棒の様に細くて決してカッコイイとは言い難い春日ゆえに、彼は勉強を頑張ってレベルの高い大学を目指す事にしたらしい。せめて高学歴高収入の、社会人男性を目指して………。

 そんないじらしくも、向上心あふれる彼氏を持った後藤は、付き合い始めての楽しい夏休みを、彼の邪魔にならない様にと、こちらもいじらしい程に、二人の時間を我慢する夏休みとなった。

 その埋め合わせが、何故だか春日程ではないにしろ、親の意向で夏期講習をかなり入れられ気味の私に回って来ている。

 塾が無くて春日が勉強している時は、後藤に呼び出されて相手をさせられているわけで、そんな忙しい私だが、そこへ持って来て三年生になってから、何となく疎遠感しか感じられなかった麻知子からも誘いが来る。

 ………今年の夏休みは猛暑だし地獄だ………


「和ちゃん、ファンクラブなんてあるんだ?」


 疲れた感など醸し出しながら、外の暑さとは対照的な、寒い程にクーラーの効いている喫茶店で、アイスコーヒーのストローに口を付けて麻知子が言った。


「あああれ?島津がね……って言っても、私だけのファンクラブじゃないんだってさ。ほら同じクラスの同好会の男子のグループ……アイツらのファンクラブを作って、あの島津だから物凄く盛り上げてるっぽいんだけど、私の写真が一番売れがいいらしくてさ……」


「えっ?……って、和ちゃんあのグループの一員的?」


「なんか……そんな売りで盛り上げてる……」


「えー!和ちゃん音楽ダメだよね?」


「音痴なんてもんじゃないよ。自慢じゃないけど、音楽の先生に匙投げられたんだから……絶対音感ならぬ絶対音痴……音階が狭いってヤツ?ドからド迄しか無い……と思う。それをいくら説明したって、島津が本気にしてくれない」


「今度カラオケ行ったら?」


「いや、カラオケ嫌いだから……」


 理由は百も承知の麻知子だ。

 私となかり親しい友達しか、その壮絶さは知らないし、知られたくもない。


「まっ、ハルちゃん、人の話し聞かないもんね?」


「いや……人の話し聞かないどころか、人の困惑を理解しない……我が道を行くタイプだわ……」


 島津のお陰で散々だ。

 同級生に写真を売っていたとは……犯罪とかにならないのだろうか?

 プリントアウトしたヤツは、その代金だけだと言い張っていたが………。


「ハルちゃんってなんでだか、和ちゃん好きだよね?」


「いや、麻知子ちゃんでしょ?あの人可愛い子好きだから」


「えー?だって、キスしたりするの、和ちゃんだけだよね?」


「いや……そうでもないかも?……まっ。大丈夫な相手しか確かにしない」


「ハルちゃんって、女の子好きだよね?」


「可愛い女の子ね……私もだけど……私も島津も、博愛主義者ってヤツらしいよ?島津が言ってた」


「あーなるほど……」


 とか言ってるけど、納得しているのかいないのか。

 第一博愛主義者って何だ?


「島津はスキンシップが大仰だけど、きっと反対をされるの好きじゃないんじゃないかなぁ?」


「えっ嫌い?えー?ハルちゃんが?」


「だって島津がしているのは見かけるけど、触られてる所見た事ないでしょ?」


「………っていうか、あそこまでオープンにできる人、帰国子女でもいないと思うよ」


「ん……それがちょっと面白いんだよね……島津って……」


 カランと、アイスコーヒーの入っていた、コップを音させて麻知子は氷を見ていた。

 その仕草が何ともいえなくて、ドギマギしてしまった。

 麻知子の感じが、また変わった。

 去年の今頃は、木村の色に染められて……ってヤツだったのに……今はまた違い以前の麻知子とも全然違う。

 女子って好きな男子がいなくても、雰囲気って変わるものらしい……。

 ならば私は……?

 どうやら麻知子とは、別の方向に変わっているかもしれないと思うから、余り考えない様にしよう。


 そんな暑くて忙しくて……

 親の前だけでも、グウタラとできない夏休みが過ぎた。

 夏休みのトキメキ行事は、麻知子と過ごした。

 リアル彼氏持ちの後藤は、さすがにそういったイベントは彼氏の春日と過ごす。かなり大変な思いをしているだろが、春日は見た目よりは頑張り屋だ。彼は彼の後藤との将来を本気で見据えているのは、ちょっと引くところもあるがかなり好感を抱く。

 去年は、木村と出かけただろう花火大会や縁日……映画……偶に図書館で夏休みの宿題も熟す。

 麻知子も、専門職に就く為の大学に進学する。

 私は決して望まない職種だから、だから大学は別になるだろう。

 新学期が始まり直ぐに席替えがあり、橋無と後藤と席が近くなった。

 かなり嬉しいというより、煩くなるのは必定だ……とか心中だけで愚痴っていると、前の席の橋無が今までに無い可愛い顔を向けた。


「かずちゃん……あとで両脇編み込んでくれる?」


 橋無は肩まで伸びた、羨ましい程のストレートの髪を、クルクル指に巻き付けながら帰りのホームルームで言った。


「あー?いいよ」


 橋無は満足そうに笑うと、クルンと前を向く。

 私は決して器用では無いが、メタクソ不器用では無い。

 そして一年の時に、可愛い女子の髪の毛を弄るのが大好きだった、それは器用な島津に、可愛い女子の髪型の作り方を教えてもらった。とはいえ、そんなに器用でも無い私が、島津の様に可愛く見事にできるわけはなく、ほんの少しの編み込みくらいしかできないが、それを橋無は所望している様だ。可愛い橋無の為だ、ここは気張らなくてはならない。

 放課後、どうにかこうにか橋無の両脇の髪を編み込んで、それを後ろに束ねて留めた。


「こんなもんでいい?」


「ありがとう……今日彼氏に会うんだ」


「彼氏?橋無彼氏いるの?」


「あー?同じ塾の男子で……夏休みの講習の時に告られまして……」


「やったね」


 私が喜んでいると


「かずちゃんは?」


 当然だが聞いて来る。

 どうやら周りを見る限り、高校三年になってもフリーってヤツは心配されるレベル?


「いないよ。理想が高すぎってヤツ?」


「かずちゃんって、男子にも女子にもモテるから、もういるって思われてんじゃん?」


「いやいや……」

 ……俗に言う、慰めってヤツっすか?……


「ほら、かずちゃんと同じグループの……島津さんと同じクラスの、背の高い……ギターを弾いてる……彼と付き合ってるって噂あるし」


「はっ?高田?付き合ってないし。第一同じグループじゃないし」


 そこの所は、とっても否定したい所だ。


「……そうなんだ?お似合いだって噂だよ……」


 学校という世界は不思議だ。

 時藤の時といい、なぜ付き合っていない相手と、付き合っているという断定の噂が立つのだろう……?

 高田は高身長で腕が長い。残念ながら足はちょっと短い。

 瓜実顔で狐の様だ。笑うとクシャクシャとして目が糸の様になる。

 外見的には好みのタイプだが、残念な事にそういう相手には相手にされない。島津をかえして会ったとしても、全く話しをする事もないのだ。


「あれ?そう言えば後藤さんは?」


「春日と帰った」


「春日と言えば、凄く頑張ってるみたいだよね?塾のクラス上がったでしょ?」


「よく知ってるね?」


 私の行っている塾は、毎月月末にテストがあって、高得点が二ヶ月続くと一つ上のクラスに上がるのだ。ん?何で違う塾の橋無が知っている?


「……えっ?もしかして彼氏って、菅野の知り合い?」


 菅野はめでたく、後藤の友達と付き合っている。

 類は友を呼ぶとはよく言ったもので、コケティッシュ美少女の後藤の友達は、後藤程ではないが可愛い子ばかりだ。

 そんな可愛い子と有り得ない事に、神様の悪戯かマッチ棒君の春日が付き合ったので、仲良しの菅野まで神様は慈愛の笑みを注がれた。


「ああ……菅野君の友達で……菅野君の彼女が部活仲間なの」


「へえ〜」


 世間とは何と狭い……否々、こんな閉鎖的な学校生活だから狭くて当然か?友達の友達は友達……だ。

 そんなウキウキ橋無と歩いていると、麻知子が部活仲間と一緒に歩いているのに目が行った。

 麻知子は友達達と楽しそうで、私の事は気がついていない。

 ちょっとした疎外感を抱いて、私は橋無と校門を出た。

 陽はかなり傾いているが、まだまだ暑い……。

 橋無は今までに見た事もない程に、ちょっとした仕草が乙女チックになっている。今までどちらかというと、そういう仕草を嫌っていた橋無がだ。

 乙女の恋の力とは凄い。

 それは決して、付き合った男子の力ではない。ただただという魔物に憑かれた、少女の力が凄いのだ。その思いだけが凄いのだ。

 そしてその身勝手なと、相手の思いとのギャップを学習して、真の恋というものを会得していく……。

 つまりまだまだ恋愛における、途中経過にしか過ぎない年頃だ。


「橋無……凄く可愛いくなったね」


 隣で歩く橋無を、マジマジと見て言った。


「えっ?マジで?」


 その嬉しそうで、弾ける様な笑顔が眩しい程だ。

 一年の時から仲が良い 。それもなぜか橋無が、凄く懐いてくる感じだ。

 トイレ迄付き合う程の麻知子が居たから、橋無は部活仲間と一緒にいる事が多かったが、それでも何だかんだと言って、話しかけて来てくれる事が多かった。

 見た目から雰囲気迄、可愛いとしか言いようのない麻知子とは違い、橋無は可愛いというより頼れるタイプ。しっかり者のイメージだから、本当はこんなに可愛い面があるなんて、知ろうとしなかったのかもしれない。


「彼氏ってどんなヤツ?」


「んー?たぶん普通だよ。中肉中背で……野球部?」


「野球部?」


「なんかダメ?」


「………坊主っぽい」


「ああ。今は少し伸びたけど、坊主だ……まだ……」


「それがカッコいいんだ?」


「うん……カッコいい……」


またまた、そう言う顔が可愛くて堪らない。

……なんだコレ?……


「橋無に告ったんだっけ?そいつ見る目あるじゃん?」


 すると橋無の表情が、驚く程に可愛く綻んだ。

……こんな表情もするんだ……


「橋無の事、こんなに可愛くする彼氏、今度教えて」


 橋無は照れる様に笑って頷いた。


 ……セミはまだ鳴いている……

 ……今日は塾じゃないが、帰ったら勉強しなくちゃ……


 夜勉強机に向かっていても、勉強をする気にはならない。

 だけど最近は、机に向かう癖がついた。

 ブーブーと携帯が鳴って、麻知子からラインが入っていた。

 手にとって開けて見ると


 ……帰り橋無さんと、楽しそうだったね……


 と、ちょっと拗ねたスタンプまで送って来る。


 ……麻知子ちゃんも、友達と楽しそうだったよ……


 すると麻知子は、返信をして来なかった。

 私は寝るまで待ったが、返信はくれない。

 全く麻知子は理解不明だが、 それでもあの部活の中の一人とは特に仲がいい。だから少しイラッとする気持ちがある。

 その気持ちが、親友としてのなのか、別のなのかはわからないが、なぜだが麻知子にだけ私はを持つ。

 だから未だに私は、木村が嫌いなのかもしれない。

 麻知子が未だに、少しの未練を残す木村だから……。

 そして金沢が木村に、酷くフラれる事を切に望んでいる。

 そうなったとしても、もはや麻知子と木村は元には戻らないと知っている。麻知子の、木村に残す思いも途中経過だ。麻知子は未だ木村に未練を持っていても、絶対金沢から寝盗ったりする事はしない。

 だけど想像の中で麻知子は、幾度金沢から木村を寝盗っただろう?

 ……を、考えたかもしれない。

 だけど麻知子はしない。

 以前麻知子と二人で出かけた時、麻知子が遠くを見ていた彼方に、そんな世界が存在していたのかもしれない。

 麻知子と木村が、付き合い続けている世界……

 その世界の麻知子は、今より幸せなのだろうか。

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