知的なクラスメイト

第6話

 夏休みも近くになった……。

 毎年変わらない夏休み……のはずが、今年の夏休みは個人的には忙しくなる。母親が塾の夏期講習を、目一杯詰め込んだからだ。

 ……どうやら高校受験の時に、必死にならなかったのが心のどこかにあるらしい。

 ………否、母親が……だ。

 両親はそんなに、私に期待をしていない。

 それも違う……たぶん信用してくれているのだろう。

 だから高校受験の時は、友達の話しの様な事は無く、どちらかというと、焦って勉強している私に気遣ってくれていた程だ。

 塾には通っていたが、そんなに詰め込まれなかった。

 それでも自分では危機感をつのらせていたから、中三の時はかなり勉強した。だから成績はグングンと伸び、希望校には難なく合格した。

 するとたぶんだが母親としたら、もう少し頑張らせていれば……という後悔が残ったのだろう。つまりもっと詰め込んでおけば、もっと良い高校に行けていた。

 確かにそれはそうだと思う。あの時知ったが、私はやればできる子だ。

 そして無理を押し付けない両親に、スクスクと育てられたから、無理をする事無く普通に生きて来た。持ち前の性分なのか、競争心は皆無に等しく、誰かの次のポジションが好きだ。

 特別上にも下にも飛び出る事無く、輪の中に収まっていたい。そのポジションに、努力もせずにいられたのだから、まあまあの素質といっていいと思う。だができると知れば、欲が出るのが人間だ。母親は少しの欲を私に抱いた。ちょっと期待を持ったのだ。

 特別苦痛でなければ、人の云う事に反抗しないから、母親がいう様に勉強している。反抗期が無いわけではないが、たぶん友達達よりは素直に受け入れるタイプだ。それは私の性格もあるが、両親の育て方が大きかったと思う。

 父親は我が国で中間というポジションの大学を卒業している。ごくごく普通に聞く名で、卒業生もダントツだ。

 そんな驚かれる事もない大学だが、いざ受験となんとやっぱりレベルは高い。………意外と日本の普通は、レベルが高いと知った。


 ………人生とは摩訶不思議だ………


 などと考えながら、塾も休みだからボンヤリと駅前の本屋に行く。

 時期がら参考書など物色するなら、きっと母親など涙を流して喜ぶだろうが、残念な事に私はずっと楽しみしていた、予約していたコミックスを買いに来たのだ。

 レジで会計していると、遠くで私をガン見する視線に気がついた。

 レジを済ませてそちらを見ていると、妙に浮いた感じで小走りに近づいて来る同級生。


「やっぱ山中さんだ」


 中肉中背の眼鏡美人の角だ。

 真面目に真面目を絵に描いたようで、一年生の時から学級委員長だそうだが、私は三年生になって初めて一緒のクラスになった。

 とにかく品行方正、先生達からの信頼も厚いし、同級生からも愛されキャラだ。なぜ取っ付きにくそうな、一年生から三年間、学級委員長を務める角が、同級生から愛されなのかというと、そのド天然ぶりと今も感じた様に、驚く程の運動音痴ぶりの為だ。

 頭は頗る良いのだが、偉ぶる所が無く余りに残念な素質を持ち合わせているが為、同じクラスになった生徒からは、マスコットのように扱われるのだ。

 一年生の時に同じクラスになった、角と入試の合計点の一位と二位を競ったといい、自分が学校で首席の位置を獲得する為に、わざわざレベルを落としてこの学校に入学した、と豪語していて、新入生代表挨拶をしたという才女とは、全く生徒達の評判も付き合いも違い過ぎる彼女だ。

 そんな彼女の手には、受験用の参考書が………。


 ………某難関大学志望らしい……という噂らしいが………


 住む世界が違い過ぎそうで、ちょっと気になったりする。


「角さんは……凄いね……私なんかマンガだよ」


「マンガ?なになに?」


「なになに……って……」


 レジで付けてもらった、紙のカバーを外して見せる。


「ええ!これって発売されてたの?」


「あー今日ね……」


「えー!私も楽しみにしてたんだよぉ。今日発売?知らなかった……」


 とか言って、さも残念そうだ。


「まだあるかな……」


「……どうかなぁ?人気あるからね……あっ、明日でよかったら貸してあげるよ」


「嘘本当?」


 ………どっちだい……


「あ、明日でいいから貸してもらえる?」


「うん……」


 有るか無いかの、確認する気もなく頼まれた。


 ………まっいいか。読んじゃえば気がすむし………


 とか思っていたら、またまた不思議な小走りで、レジに会計に行き私の側に戻って来る。


「山中さんと一緒に歩けるなんて、チョーハッピー」


 ………何時の時代の言葉だろうか………


 しかし変なテンションで浮かれている様子は、その外見とまるでそぐわなくて可愛い……というよりアジがある。

 中肉中背で眼鏡をかけているから、ちょっと可愛いというより冷たい美人タイプだ。なんだかんだと、そのあり得ないテンションの高さに押されて、コーヒーショップでお茶をして、大好きだというケーキのうんちくを聞かされつつ、受験の話しやいろいろをした。

 特に角の異常な弾け振りには、呆気というより可愛さを感じた。


「角さんこれ……」


 次の日登校すると、角を見つけてマンガを渡す。


「ありがとう山中さん」


 角は漫画を手に、それは嬉しそうだ。


「あー!かずちゃん、な〜に?」


 リアル彼氏ができた後藤は、それとは別にクラスでは擬似恋愛を私と楽しんでいる。

 なぜだか学校での私のを勝手に得ていて、あからさまにヤキモチを妬いて楽しんでいる。

 ……女の子の気持ちってマジわかんねー……いやいや、恋する乙女の気持ちはわからない。本気の入ったヤキモチは、一応女子の私ですら冷や汗モノだ。第一後藤の目は、冷ややかで笑っていない。外見とあの可愛げのある笑顔で好きになっていたら、これから春日はいろいろと大変だろうなぁ……なんてご愁傷様と手を合わせた。


「昨日本屋に行ったら角さんと会って……」


「えっ?なに?塾じゃなかったの?」


 とか聞くが、春日が塾じゃなければ、私だって塾じゃないんだよ。

 心の中で突っ込みを入れる。


「えーウチらも知らなかった」


「橋無は、最後の大会に向けて部活でしょ?」


「夏休み初戦敗退が常っすから……あー!そしたらガチで勉強しないと、親に殺される」


「橋無は殺されると思って、勉強した方がいいわ」


 私がそう言うと、橋無はげんなりと机にうつ伏してしまった。

 橋無は、部活の先生が厳しいから成績は上々だ。だから親が気合を入れているらしい。

 努力家だから期待されるのだ。


「委員長……角さんと何話したの?」


 後藤が、詰め寄って聞いて来る。


 ………マジでマジで恐ぇぞ、春日………


「あー。漫画の話しと受験の話し……」


「えっ?受験?……ってやっぱり某国大?」


「いやいや……そんな事は言ってなかった」


「へぇ〜?」


 そのなんとも言い難い冷たい視線は、怖すぎる。

 絶対私に隠し事するな!オーラだ。

 マジで女子は怖いよ〜。


「まっ……まだ決めかねるもんね……」


 とか神妙な表情になるのは当然で、マッチ棒君こと春日は、ちょっと志望校を上げて猛勉強している。

 その理由が、余りに可愛い後藤と付き合ってしまったが為の奮起らしい……と菅野がこっそり教えてくれた。

 可愛い過ぎる女子を射止めた男子には、それなりの苦労が付き纏うという理屈だ。〜ざま〜ってオチだろうか。

 後藤は専門職につきたいので、そちらの方面に進む。女性が多く活躍している職種だから、後藤にメロメロの春日は、ちょっとだけ安心だ。


 さてそんな夏休みの前の或る日、違うクラスの島津がやって来た。


「はーい、皆んな元気?」


 とか言って、朗らかに仲のいい友達に投げキッスをする姿が、滅茶苦茶絵になっている。


 ……一体何処の世界の何様だい?……


 とか思っていると、島津は真面目堅物の角を抱き寄せて、チュッチュと両頬にキスをしている。

 唖然とする生徒と島津を知っていて、気にかけない生徒の反応は正反対だ。


 ……って言うか、島津と角とでは、一体全体何処に接点が?……


 とか思っていると、島津は私へ向かって


「かーずちゃ〜ん」


 とか言って、手を振ってやって来た。


「なに島津?角さんと仲いいの?」


「うん……えっ?かーず知らないの?」


 島津は私の髪をかき上げながら


「角ちゃん、かーずのファンクラブに入ってんだよぉ」


 と耳元で言った。


「はあ?」


 そのまま耳を齧られかねないから、そっと手を払って島津を見る。


「……そのファンクラブっていうのなに?」


「えっ?かーずの男装姿の写真売ったり……」


「う、売る?」


「……っても……写真……ほら……」


 とか言いながら、島津と撮った写真やら、そうじゃないのも……えっ?これって盗撮かい?


「ちょ、ちょっと待って島津……」


「角ちゃん、かーずのファンなんだよねー?ね?」


 すると角は、ヒョコヒョコと小走りにやって来て


「ファンです」


 と言って、貸したマンガとお礼の何かを机に置いた。


「あ、どーも」


 返す言葉なんか、ありはしない。


「あー角さん」


 すると後藤が、すかさず言った。


「愛人一号は私。角さん二号ね。ちなみに奥様は森岡さん」


麻知子と私の関係は、かなり周知の事実の様だ。


「やーだなっちゃん。春日君がいるでしょ?」


 島津のナイス突っ込み。


「春日君は彼氏なの、リアル彼氏。かずちゃんは学校での旦那様!」


 ………意味分かんないから………


「ふーん?……じゃ、愛人には寛大なんだね?このクラスにも、意外といるよかーずファン」


 とか島津が言うと、頷く同級生達に唖然だ。


 一年生の時に思いがけず、角の失恋を知ってしまった。

 相手は三年生の、生徒会長だった先輩。

 もうじき卒業式という頃、満を持して角は告白をした様だったが、先輩には好きな女子がいた様だ。

 私は角を知らなかったし、角も私を知らなかっただろう。

 だけど暗くなり始めた校舎の片隅で、ただジッとして俯いていた姿は忘れられない。暫く見ていたけど、涙を手の甲で拭きやる角に、私はそっと近寄って、その日は使う事が無かった、綺麗なハンカチを渡した。

 すると角は吃驚して私を見た。


「女子がこんな所で泣いてるって……二つくらい、理由が思い浮かぶんだけど……イジメられた?」


 私はわかっていたけど、そうやって聞いた。


「あ……全然……」


「……じゃ、もう一個か……」


「先輩に……告白して……」


 角は嗚咽を堪えて、私のハンカチで目元を拭いている。


「彼女いるって?」


「……好きな子がいるって……」


「……じゃ、先輩もこれからか……」


「えっ?」


「同じように頑張るんでしょ?きっと……」


「ああ……そうかも……」


「下級生泣かせる程、カッコ良いの?」


 すると角は私を見て、微かに笑った。


「カッコ良いよ」


「女子のカッコ良いは、あてにならないよね?」


「?????」


「期待して会うとさ、イメージが違くてがっかりする……好きになると、皆んな良く見えるんだよね?」


「そうかな?本当カッコ良いよ。優しいし……」


「それ信じない……」


 私が言うと、角は涙を綺麗に拭いて


「ハンカチありがとう」


 と言って、渡して行ってしまった。


 ………普通、洗って返してくれるよね………


 ちょっと湿ったハンカチを、ポケットに仕舞いながら思った。

 三年生の卒業式……

 偶然に廊下で見かけた角に、私は声をかけ例の先輩から、学生服の一番ボタンをもらったのか聞いた。

 すると気弱く首を振り、角はそんな勇気がなかった様だ。


「何やってんの?もらいに行きなよ。二度ともらえないんだよ」


 渋る角を、私はけしかけて追いやった。

 角が慌てて走って行ったのは知っているが、先輩の所に行ったかどうかはわからなかった。だがこの間お茶をした時に、先輩からボタンを貰えた事を聞いた。


「やったじゃん。一番ボタン?」


「ううん……一番下」


「えっ?ガチでモテ男なんだ?」


「カッコ良いって、言ったじゃん?」


 角はあの時の事を、とても感謝しているという。

 フラれた自分が……という気持ちが大きかったから、意中の男子生徒のボタンを貰う……なんて気持ちにもならなかったらしい。だがそれでも行った角に、先輩はとても誠実に対応してくれた。

 結局先輩は彼女と、付き合えなかったらしい。

 角の勇気が、どうしても踏ん切れなかった先輩を突き動かし、そして玉砕したという。だけど先輩と角は、付き合う事は無かった。付き合う事はなかったが、友達として……先輩後輩として連絡は取り合っていた。

 最近先輩は、大学に入ってから付き合っていた彼女と別れた。相当凹んでいる先輩に、付け入る様に会う様になった。

 角は先輩と同じ大学を受ける。

 受かったら、もう一度告白するという。

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