悩める乙女達

第5話

 それから暫くして、私達は段々と勉強に忙しくなった。

 私はこの辺では有名所の、塾に通う様になった。

 私としてはそんなに高望みはしていないから、推薦枠で行ける物ならそうしたいが、親としてみたらもうちょっと頑張って貰いたいが本音の様だ。

 何だかんだと言ったところで、日本はまだまだ学歴社会と言っていいと思う。なにせ高学歴の芸能人や、高学歴の一般人がそれ特有番組で有名になる社会だ、ちょっとでも名を馳せた大学を出ていた方がいいのだろう?

 経験が無いから、親や経験のありそうな人達の言う事を聞くしか無い。

 受験生向けのコースに通い始めたら、一年生の時に一緒だったマッチ棒君こと春日と菅野と一緒になった。


「えっ?山中さん?」


「あっ、マッチ棒……」


「……それ言い出したの、山中さんだよね?」


「ううん、時藤……」


 私がドヤ顔を作ると、春日はマッチ棒の様に細い体で、クスリと笑った。


「君達仲良かったもんな……」


「仲良くないから」


「フラれたんだっけ?」


 菅野が言った。


「フラれて無いから……そーゆー関係じゃないから……」


 とか言われている内に授業となって、帰りは自転車だった為話しもせずに別れた。

 そんな日々が始まった頃、春日から連絡が入って、塾の前に会いたいと言われ、渋々一時間も早く駅前のコーヒーショップに赴いた。

 春日は、奥の席で菅野と一緒に居た。

 私はカフェオレを手にして、春日と菅野の席に着く。


「悪いねぇ……」


「マジで悪いんだけどね……で?なに?」


「あー実は……」


 春日は菅野を見る。

 私はカフェオレを飲む。


「山中さんさ、後藤さんと仲いいよね?」


「うん」


「後藤さん彼氏いるかな?」


 菅野が身を乗り出して聞いてくるので、なんとなく理解する。


「彼氏は……いないと思うよ」


「……だったら……」


「菅野君、後藤さんの事好きなの?」


「いや、春日が……」


「春日?」


 ……いやいやないない……後藤は叔父さん好きだし、たぶんだ。そうでなくても、年上好きだと思われる……マッチ棒みたくナヨナヨで、頼り甲斐無さそうな春日じゃ……


「に……二年の時からいいなぁって思ってて……それで……き、聞いてもらえないか?と思って……」


「はぁ?自分で潔く告りなよ」


 私は時藤が絶対に叶わない竹下に告って、それは見事に玉砕した事を思って言った。


「……そうなんだけど……」


 ………確かにマッチ棒君じゃなぁ………チビでデブで丸顔からは程遠いタイプだが、地味だしマッチ棒だ……時藤や木村の様だったら、きっと言い寄れるのかもしれない……時藤だってまさか、玉砕するとは思わずに告ったのだろう。


「分かった。聞くだけなら聞いてあげる」


「えっ?」


「たぶん、無理だと思うけどね」


「あ、ありがとう……ダメでも……勉強頑張れると思うんだ」


 マッチ棒……春日とはそんなに話した事は無い。

 何かの拍子に時藤が私に、春日がマッチ棒みたいだと言ったのだ。

 凄く的を得ていたので、思わず同意してしまった。

 確かその時、島津も側に居た………。

 ああ、そうだった。

 島津と私は、確かに時藤と仲が良かった。

 麻知子も木村も含めて、気軽く気さくに語り合っていた。

 そこには綾瀬も金沢も居なくて……。

 そうだ彼女達は彼らとは同じ部活で、そして彼女達は彼らに恋して、彼らは別の女子に目を向けていた。


 ………そうだ。ただそれだけだ………


 麻知子には、金沢の居ない木村との時が在り……

 金沢には、麻知子の居ない木村との時が在った……


 ………ただ同じ男子を好きになって、麻知子は木村に思いを寄せられ。木村に思いを寄せた金沢は、どんな事をしてでも木村の気を引きたかった。もしも木村の麻知子への思いが、金沢の木村への思いより深くなくて、麻知子の思いが金沢の思いよりも深くなければ、金沢と木村は両思いになる……だけど、思いの深さなんてどう測ればいいんだろう?麻知子は木村に、女の子の大事な物を差し出せなかったから、差し出せた金沢より好き度が低かったのだろか……木村が望む様にHしていたら、そうしていたら別れずに済んだのだろか?………


 きっとずっとずっと、麻知子が考え続けている事を考えた。

 麻知子は未だに木村に未練を残し、そして〝もしも〟を繰り返しているはずだ。だけどきっと〝もしも〟は存在しない。

 結局結果は同じだ。それが解るのは大人になって、ずっと年を経なくては道理が解らない。

 だけどちょっと麻知子が〝持ってる〟と思う私は、その道理のほんの少しを知っている。


 それから少し経って、私は後藤に春日の事を聞いてみた。

 その日は橋無達が部活に行って、二人で下校途中で下級生がどっと数人でやって来て、 なぜか一緒に写真など撮らされて、その間待たされた後藤が、いつもの様に可愛いらしくヤキモチの言葉など、クドクドと繰り返した後だった。


「春日君?」


「ああ……知ってる?マッチ棒みたいに細いけど、ちょっと背が高いヤツ」


「かずちゃんの言う、チビじゃない?」


「うん。身長は合格点だね。ああ、丸顔じゃないから、なっちゃんのタイプじゃないか?」


「マッチ棒でも丸顔じゃなくても、別にいいかな?」


「春日君知ってる?」


「うん……まぁ……」


「最近叔父さんの事言わないね?」


「えっ?うん……かずちゃんいてくれたから……」


「そっか……」


 私は後藤の手を取って繋いだ。

 後藤の手は細くて白くて、そして小さくて可愛い。

 この小さな手を、春日の細くて長い指が触れる。

 もしかしたら、もっといろいろ触れるかもしれない。

 なんだかそうなると、いいのかもしれないと……そう思って、握る手に力を入れると、後藤も同じ様に返して来た。

 その日の塾で私は


「春日の事知ってたよ……」


 とつれなく言ってやった。


「えっマジで?」


「意外とタイプかもね……」


「えっ?えっマジで?」


「うん。だからマッチ棒君、頑張りたまえ」


 春日の肩を掴んで強く握って、キュッとつまみ上げて言った。


「菅野君。なっちゃんの友達って可愛い子ばっかだよ。同じクラスの子紹介してもらいな」


「うおーマジで?」


 春日より、菅野の方がテンションが高い。

 そんな菅野に押されて、気弱な春日が後藤に告白したのはじきのこと。

 これから受験に向けて忙しくなる時期に、春日の春は突然と訪れて、受験生が待ち焦がれる桜が満開となった。

 擬似恋愛真っ只中で、スッと春日に持って行かれた私は、なんだか空虚感に苛まれないわけではないが、クラスでは相変わらず後藤とはイチャイチャ。否、彼氏ができて後藤の箍が外れたのか、これぞ真の練習台なのか。魅惑的な後藤の魅力に、ドキドキさせられる日々を送る事となった。


 週に三回の塾の帰り道。

 散々春日の伸び切った鼻の下を見せられ、それでも春日からはかなり良い物を礼に貰った。

 当たり前か……高嶺の花への橋渡しをしてやったんだ……。

 後藤は少しづつ大人になっていた。きっと自分達が思うより、私達の成長は早い。だから後藤はあの日、私と会って泣いていた時から、少しづつ成長していた。決して犯してはならない道理を、理解し始めていたのだ。

 そんな事を考えながら、天高く輝く真っ白な月を見て、信号が変わるのを待っていると


「山中?」


 背後から声を掛けられて振り返ると、時藤が同じ様に自転車に乗ったままで見ていた。


「なに?塾?」


「……まぁ……」


 信号が変わると、私と時藤は自転車を降りて並んで歩く。


「別れたんだって?」


 わざと吹き出す様に言うと


「笑って言うな!誰に聞いた?」


 と、やっぱり笑顔で聞いた。


「綾瀬さん」


「………マジかぁ……マジごめん。勘違いしててさ」


〝アイツ〟という言葉に、二人の関係が凝縮されている様に思えた。


「なんかが、俺の事好きって事になってて……」


 いやさっきの思いは勘違いだ。

 コイツは、こーゆーヤツの様だ。ちょっと、キュンとした自分が悲しい。


「はあ?好きの相手違うのにねぇ……」


 またわざと言ってやると、時藤は少し表情を変えた。

 時藤はまだ、竹下の事を思っている。否、たぶん綾瀬と付き合って、女の子の肌を知ったから、だから竹下への思いが増したのだろう。

 綾瀬は時藤の心が、自分のモノになっていない事を歯痒く思っていた。その原因が、決して思いの通じる事のない竹下だとは思っていなかった。だからと言って、私だとも思っていなかったはずだ。だが掴み得ようはずのない、時藤の気持ちに不安を抱いていた。私が時藤を好きなら、時藤がどんな拍子に傾くか分からないと、ずっと疑心暗鬼になっていた。だから、そんな関係性の無い私との事に拘り、時藤の気持ちを疑って嫉妬して、そして勝手に疲れてしまったのだ。たぶん煮え切らない時藤の思いに、疲れ果てて結論を急いだのは綾瀬だ。


「はぁ……俺がなんかグタグタしてっから……なんか苛立たせてさ……」


 時藤は神妙に言った。きっと自分でも、どうしようもないのだろう。彼女を苛立たせる何かを知っていても……。


「そう言えば、森岡さん元気?」


「はっ?どの口が言うかなぁ……あんな事されて元気な訳ないじゃん?」


 すると時藤は、顔容を苦しげに歪ませた。


「森岡さんには、悪いと思っているんだ……」


「はっ?時藤が謝る事じゃないじゃん?木村が……」


「木村は……確かに女子の策にはまったのは、木村が悪いけど……だけど、そんな関係持って、平気で森岡さんと付き合う方が、女子に対して……ダメだろ?そうだろ?……どっちにしたって、森岡さんには隠せない。金沢が黙ってるわけない……だからアイツ、森岡さんに本当の事隠さず伝えた。そして別れる事にした……」


 時藤の顔が、白い月明かりで白く浮かぶ。


「……それは俺の所為だから……俺が綾瀬と付き合って、そしてそういう関係になったから……だから、ずっと木村を好きだった金沢が、そういう風に持っていく様に、たぶん綾瀬も加担してる……」


「……はっ……そんな事言ったら、私が時藤と手を繋いだから、だから綾瀬さん焦って……」


「それ言ったの森岡さんだから……」


「えっ?」


「たまたま部活が体育館で一緒になった時、森岡さんが木村に言ったんだ。遊園地で良い雰囲気だったから、俺とお前くっ付け様って……そしたら四人で遊べるって……」


「………それを綾瀬さんが聞いてたの?」


「金沢もだと思う……。俺はお前がああいうの、そんな意味じゃなくするの知ってた。だから俺お前好きだったし……違う意味でだぞ……」


「そんなの知ってるよ。竹下さんの事、凄く好きなの知ってる」


「………ああ、そう………」


 時藤が漏らす様に言うから、まるで溜め息を吐く様に言うから


「竹下さん、男の人とは付き合わない人だと思うよ……」


 と思わず言ってしまった。

 まっ、言ったところで、時藤が言いふらすはずは無い。其処の所は信用している。


「はあ?」


「………だって思うよ。だから時藤とは付き合わない……異性とは付き合わない。だから時藤の事綾瀬さんがあんなに好きなのに、どうしても彼女の事忘れられなかったんでしょ?きっと時藤、それ感じ取ってるはずだよね?それでも惹かれるから、だから綾瀬さん苦しんだんだ……そうでしょ?あの月みたいだから、だからずっと其処に在るんだよ。身勝手で我が儘で自分勝手で……時藤の大事な友達を苦しめた。そんな綾瀬さんと、月の様な存在の竹下さんと比べてどうすんのさ?決して竹下さん、月の様に清らかじゃないと思うよ……気に入った相手なら、それとなく匂わせて誘う様な人……」


「山中、お前な……」


「……そう思って諦めな。彼女は時藤の傍まで、絶対降りて来てくれない……麻知子ちゃんの事も、時藤と私の関係を知らずに、時藤の恋心を知ろうともしないで、私とくっ付けようとしたんだから、責任を感じる事ないよ……木村君が時藤みたく別れてから、責任感じなよ。あんた達が別れても別れないのは、木村君の気持ちは、金沢さんの所にあるって事でしょ……」


 時藤は俯いて、少し肩を震わせた。


「また連絡するからさ……」


「えっ?」


「お互い同じ考えの、異性の友人なんてそういないよ……ずっと友達でいようよ。今度は相談に乗ってやる。時藤は経験者かもだけど、女心は私の方が知ってるし、時藤はに惹かれるみたいだから、しっかり見極めてあげよう」


「……お前バカか……」


 時藤は俯いたまま鼻声で言って、微かに伺えた口元が緩んでいた。

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