不思議ちゃん美人

第4話

「山中さんカッコ良いね?下級生の女子に、人気あるの分かる」


 さっき吹き出していた後藤が、綾瀬の後ろ姿を見ながら言った。


「は?なにそれ?」


「えっ?知らないの?山中さんのファンクラブ、あるんだってよ」


「なんで?」


「そんなの知らないよ〜」


 後藤は可愛く笑う。

 最近は、叔父さんの事を言う事が減った。

 私は心の中で、ずっと叔父さんと恋していてもいいと思う。

 それ以上の想像だって許される。

 だけど現実として、かなり年上の叔父さんの相手にはなれない。

 それが判然と納得した時、きっと大人になっているという事だと思うのだ。例えば私が、チビでデブで丸顔の男と付き合ったら、きっと私は物凄い熟女というヤツになれていると思うのだ、そしたら私はなに不自由なく幸せな女になれているにちがいない。

 麻知子が居るクラスの前を通ったから、後ろの入り口から中をチラ見する。すると麻知子が部活の友達と、楽しそうに笑って話していた。

 ここ最近麻知子とは、物凄く疎遠な感じがする………。

 部活がある時は一緒に帰れなかったが、最近は殆ど別に帰っている。

 二年生迄、金魚の糞の様に連んでいた私達がだ……それも決して私の変化では無い事がわかっているから、だからちょっと寂しくもあるが、その代わりと言っては変だが、何故だか後藤と一緒に帰る事が増えた。

 休みの日も麻知子と会わなければ、後藤と遊んでいる。

 後藤は本とか映画が好きだ。

 だから大きな本屋に、付き合わされる事も多い。


「きゃっ!かーずちゃ〜ん」


 物凄く変な声を後ろに聞いて、思わず振り返ってしまった。


「えっハルちゃん?」


 島津ハルは、それは日本人離れした顔立ちの美人でグラマーだ。

 ハーフ、クオーターかと思う程だが、全くの混じりっけ無しの、新潟美人の母を持つ純潔日本人だそうだ。

 その島津とは、一年生の頃に一緒だった。

 席が近くで、そういえば時藤と共に仲が良かった。

 また彼女も異性の隔たりの無い性分で、否、人見知りでは無い分彼女はオープンだ。何と言ってもハグが好きなタイプで、同性のみならず異性とも平気でスキンシップする。

 この美貌でそれをするのだから、クラスの殆どの男子が島津を好きだった。

 例外として時藤は違った様で、だから島津とも私とも気軽に付き合えていたのだろう。

 ………という事で、島津は人目を憚らずに私に抱きついた。

 もう理解している私ですら、ドキドキものだ。

 なにせ彼女の豊満な胸が、全く貧弱な私の胸を押している。

 サスペンダーというものが、実は膨よかな女子が付けると、妙に曲がって格好悪くなる事を知ったのは、彼女がサスペンダーをしていたからだ。

 彼女の豊満な胸がサスペンダーを不恰好に歪めて、初めて私にそれを悟らせた。因みに私が付けると、偉く格好良く見える事は言うまでも無い。


「お久だね」


 抱きついたまま、少し顔を傾けて言う。

 その鼻筋の通った、整った高い鼻が目の前に……。


「お……久しぶり……」


「もお。かーずと三年生になったら一緒になれると思ってたのに、また別じゃん?」


 とか言いながら、島津は隣で唖然の後藤を見る。


「あー!かーずばかりズルイ!チョー極かわ。神レベル」


 私は言うだろうと推察していた為に、ちょっと辟易加減で後藤を紹介する。


「同じクラスの後藤さん……こっちは島津さん……」


「一年の時に、一緒のクラスだったんだよ」


 私が言う前に、もはや後藤の手を取ってスリスリしている。


「あーいいな。何でかーずの周りには、可愛い子が集まるんだろ?」


 苦笑の私だ。

 なんせ島津はちょっと変わっている。だからなのか、一年生の時に目を付けられた。気持ち悪いぐらい仲が良い、可愛い麻知子をか……それとも、島津同様のちょっと不思議な雰囲気を持っている私にか……。

 島津はとにかく妙に、私を気に入っていた。

 同じ様に気に入ってくれる橋無とは、また違った気に入り様だ。

 クラスで一緒にいる時は、机に椅子を持って来て共に座り、私の手を取るのが好きだった。そして爪を指で擦るのだ。下手をすれば、そのまま耳やホッペにキスをする。

 誰彼構わずするわけでは無い、と言うのが彼女の言い分だったが、確かに麻知子にしているのは見た事がなかった。

 そして爪を指で擦りながら、教室内を二人で見つめ、彼女がフっと呟いた事がある。


「私可愛い女子好きなんだよねー。かーずもでしょ?」


「あーまあ。ブスより好きかな?ブスの感覚は個人差あるけどね……」


「………じゃなくて、食べちゃいたくなるんだ」


 私はフッと島津を見た。

 彼女は陶酔した様に、クラスの女子を見つめている。


 ……えっ?こんなに綺麗な顔して抱く方?それも男子なら鼻血物のナイスバディの持ち主が?……

 まっ、どっちを想像しても綺麗でしかない。それこそ漫画の世界の人物だ。


「かーずは違うから大丈夫」


「可愛くないからね」


「違う違う。かーずは、キスがしたくなっちゃうんだ」


 思い出していてハッとした。

 私の事など構い無しに、後藤と話しを弾ませている。懐っこいというか、距離感が凄く近いのは彼女の天性だろう。決してそれがウザい訳ではなくて心地良いのだ……。

 ちょっと癖毛でカールがかっている、茶色の髪質で猫の毛の様に細くて柔らかい。そんな髪を肩迄伸ばして、両脇は頭上に一つに留めている。

 それこそ女子の憧れのモデルの様だが、これでスカウトされていないというのだから、日本の芸能界のスカウトマンもまだまだだ。


「もうかーず!」


 島津は、手慣れた様子で私の鼻を摩る。


「ボーとしてたから、なっちゃんと本の話しで盛り上がっちゃったよぉ」


 ……いやいや……もう後藤をなっちゃん呼びかい?……


「あーいいなぁ……私も一緒に買い物したい所だけど……」


 島津がさも、残念そうな顔を作った瞬間に、


「ハル……」


 長身のメガネ男子が島津を呼んだ。


「ああ……」


 島津は相手に、手を振って笑顔を向けた。


「またね……」


 と言って急ぐ様、行ってしまった。


「彼氏かな?」


「ん?どうだろ?」


 そう言えば島津は一人っ子だ。

 一年生の頃に、同じだねと喜ばれた。


 ………一人っ子って独立独歩で生きて行くから、独自の世界観を持ってしまうのだろうか?………


「面白い子だね」


「独特過ぎっしょ?」


「美大を、受験するんだって言ってたよ」


「へぇ?そうなんだ」


 そう言えば、私は島津の事を殆ど知らない。

 元来の性格で、自分が見たものしか受け付けないから、いろいろと相手の事を聞いたり、詮索するタイプではないのだ。

 麻知子の事すら姉妹仲が良いくらいしか聞いてないし、そうそうお父さんが凄い過保護なのだとか……。

 女の子を持つ父親は、大概が過保護だ。

 私の父すら過保護だというか、いろいろ面倒くさいタイプではある。


「今度私達の似顔絵、描いてくれるって」


「そんな話し迄進んでんの?」


「島津さん凄く、山中さんの事好きなんだね」


「……ああ、何故かね……」


「ファンクラブに入る様に、勧誘されちゃった」


「えっ?その話しってマジなの?……ハルちゃんの仕業かぁ……」


 私は頭を抱えてしまった。

 確か去年だったか、島津に頼まれて、島津のクラスの有志の男子のコンサートの手伝いをさせられた事があり、私はペンライトを振って応援団的な……その時に彼らと同じ格好をさせられ、男装した写真がコンサートの模様と共に掲示板に貼られた。同様の格好をしていた島津は男子に好評で、悲しいかな私は女子に好評だった。それこそ下級生から上級生から声を掛けられる状況となり、初めて漫画やドラマで定番の、下駄箱ラブレターとやらを経験する事になった。

 それら全て顔も知らない女子からで、数人からは


「頑張ってください」


 と下駄箱で、恥じらう様に声を掛けられた。


 ………私が何に、頑張るっていうんだ?……


 的状況に陥らされている。


 ………応援するのは、コンサートを行った彼らだろう………


 今年も味を占めて言って来られそうだが、絶対断る!


「私さぁ……ちょっと妬いちゃった」


 後藤が、可愛く言うからドキッとする。


「島津さんと抱き合ってたぁ……」


「いやいや……彼女の癖だから……」


「それに慣れっこな、山中さんにイラッと来た」


「えっ?イラッとですか?」


「山中さんって優しいし……なんかホッとするし……女の子にモテるし……」


 すると急に黙ってしまうから、だから私はどうすればいいのか困惑する。

 私はグッと、後藤を抱き寄せて抱きしめた。

 後藤はピクッとして私の腕の中に、それは驚く程におとなしく包まれた。

 心臓がドキドキして、喉の奥がカラカラした。


「は……ハグハグ……気が済みましたか?」


 声が、ひっくり返っているのが分かる。

 島津みたいに自然に気安くできない自分が、ちょっとカッコ悪かったし、なんだか得体のしれない何かが体中を走って、それを見透かされるのが怖かった。

 後藤は暫く、手を私の背中に回していた。

 何故だかそのまま、ずっと手を繋いで歩いた。

 変わらずに喋って笑ってお茶をして……帰りの電車の中では、後藤はもたれる様に私の肩に頭を乗せて眠っていた。

 その様子を浮かび上がらせる車内の窓……そこには女子高生が二人座っていて、一人が隣の友人にもたれて眠っている。

 ただその片方の女子が、ちょっと可愛い少年に、見えなくないかもしれない………。



「昨日二人で、デートしたんだって?」


 橋無が、昼食の時に不機嫌に言った。


「だって橋無、三輪さんと中学の時の友達と、会うって言ってたじゃん?」


「……そうだけど……」


 橋無の友達の三輪は、橋無の中学の時からの友達だ。


「ね?山中さん、唐揚げ好きって言ってたでしよ?」


 後藤がそう言うと、唐揚げを口まで運んでくれる。


「ありがとう……」


 私はパクリと食べる。

 それを見て、橋無と三輪が固まった様に見えた。


「……美味しいよ?」


「……って言うか……」


「じゃ後藤さんには、ウインナーを進呈する」


 ウインナーを箸で掴んで、後藤の色っぽい口の中に……。


「橋無にも……」


「いや、私は……」


「橋無ダメなタイプ?私の幼馴染は、必ず別の物を頼んで、こうして食べさし合うんだよね……」


「そうなんだ?まぁ、同性ならいいのか?」


「ソイツ男子だけどね……」


「かずちゃん、それってヤバくないの?」


「ぜんぜん……たぶん彼女にもしてるんじゃん?……私と同い年の妹がいるから、妹にも味見させてたんよ。そうそう……ついでに私も?だからかぁ?……あっ!そういうヤツだから、よく誤解されるみたいだけどね」


「かずちゃんは誤解しないの?」


「ぜんぜん。だってアイツ彼女いっぱいいるもん」


「いっぱいって……ソイツヤバくない?」


「あー重なった事は、ないんじゃないかなぁ……知らんけども……」


「それって、かずちゃんも、狙われてるってヤツじゃない?」


「私人の物は、欲しがらないから」


「いやいや、かずちゃん絶対ソイツヤバイって……」


 真剣に言う橋無から視線を後藤に向けると、視線が合って笑い合った。

 今日も後藤は可愛くて、そして少し油の付いた唇が色めいていた。

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