可愛い親友

第2話

 夏休みは、と変わらない夏休みだった。

 夜遅く迄起きて好きな事をして、昼近く迄寝ている。

 朝食と昼食と一緒の、食事をすませる毎日。

 時に麻知子と待ち合わせて、ショッピングをする。

 麻知子は綺麗というより、それは可憐で可愛いと云う言葉が似合った。

 小柄で華奢で、鼻の周りにちょっと雀斑がある様な……まるでマンガで見かける、清楚な少女の様だった。

 そんな麻知子とショッピング……。


「……………………」


 あれ?っと思ったのは、彼女が選ぶ洋服の感じが変わった事だ。

 少女とは全く解り易い。

 彼女の好みが、好きな男子の好みと変わる。当たり前の事だけど、こんなに判然と見せつけられたのは初めてだから、驚愕を覚えずにいられなかった。そして会話の其処此処に、彼氏の名前が出て来る。そう云うものかと納得するしか無いが、夏休みに会う度となればゲンナリともなる。

 ……だが有り難い事に、ゲンナリとなる程麻知子と会う事はなかった。

 彼女は彼との夏休みを、謳歌しているのだろう……。

 そんな自分的には何時もと変わらぬ夏休みを、とにかくグダグタと過ごして二学期を迎えた……。

 ああそうだ……。夏休みの半ばに一瞬だけ、ちょっと大人びている魅惑的美人の竹下の事を考えた。

 ……彼女は今何をしているだう……

 そう思っても、彼女の傍にいるのは同級生の時藤ではないし、年上の彼氏でもない。とても綺麗でそして毅然とした同性……。

 何故だかなぜだか、そうとしか想像できない。

 彼女のあの言葉通り、陽が高くなる迄彼女はベットで微睡んでいるだろう。気怠い躰と若い躰を、乱れた布団に包ませて……。


 二学期になって、早速席替えとなった。

 私と麻知子以外のメンバーは、全て見事に遠くに離れた。


「木村君と離れて寂しいね?」


 私が言うと麻知子は、少し顔を歪めて笑った。


「木村君とは別れたんだ……」


「えっ?」


 前の席になった私は、振り向いて麻知子を覗き見る。


「金沢さんと、付き合ってると思うよ」


「なんで?」


「………私なかったから……金沢さん、一年の時から木村君の事好きで……それで……そう云う関係になったからって……」


「えっ?いや、でも……」


 木村の席に視線を送ると、時藤と金沢が側の席で楽しそうに談笑していた。


「時藤君も、綾瀬さんと付き合ってんだよ。竹下さんの件で綾瀬さん焦ったみたいで……」


「綾瀬……」


 ……ああ、彼女は時藤が好きな事は有名だった。そういえば、何故か時藤は私に話し易いらしく、気安く話しかけられる私に、かなり厭な態度を取られた事がある。その綾瀬も席が近い。

 麻知子は気丈にも淡々と話していたが、それは気丈に見せていた事は後で、連絡のやり取りで知る事になった。彼女は卒業するまでその事に拘りを持っていた。否、木村に未練を残していたのだ。

 だが彼女の気持ちとは裏腹に、男子の木村の気持ちは残酷な物だった。

 以前木村を好きだった友人が、麻知子が振られたらしい話しを聞いて、こっそり私に話した事がある。

 木村は麻知子が好きだったのは本当で、金沢の事はそうでもなかった様だ。だが時藤が竹下に告って玉砕した為、以前から好きだった綾瀬が焦って、傷心の時藤に猛アタックしたらしい。時藤は綾瀬と、付き合う様になった。時藤と仲の良い木村は、彼女達を含めて夏休みに遊んでいた。つまり麻知子を含めて……と云う事だ。ところが麻知子は、木村の望みを受け入れなかった。思春期男子の興味の関係だ。もはや絶対放したくない綾瀬は、時藤と関係を持って離れられなくさせた。だから木村も早ったのかもしれない。だが麻知子には、それはまだ早かった。その事を知った綾瀬が、以前から木村を好きで仲の良い金沢に機会を与えた。

 つまり形として彼女達は、躰で男を捕らえた……と、そう云うレッテルを貼られ、木村、時藤をすらそう云う関係を持たないと、付き合えない男子と云うレッテルを貼らせた。


「木村君、そんな人には見えなかったのにね」


「………それって何処からの情報?」


「さぁ……?自分達で言ってんじゃない?」


「まさか……」


「Hしない森岡さんが悪いんだって……金沢さん言ったらしいから……」


「はっ?……じゃ木村君は、Hできればいいんだ?」


「……そうなんじゃない?」


 友人の顔は冷んやりと冷たい。

 彼女も木村が好きだった。だけど彼女は、全く木村とは縁がなかった。

 そして彼女と同じくらい縁のなかった麻知子が、木村と夏休み限りだが付き合って、めちゃくちゃ酷い別れ方をされてしまった。

 その後の麻知子とのやり取りは、そんな状況もあって、かなり勇気付けたり、優しい言葉で埋め尽くしたりした。

 麻知子は、気丈にも平然としていた。

 同じクラスにフラれた男子と、寝とった女子がクラスの公認の様なカップルになっていても……それでも私の前で笑い。友達の前でも笑って過ごした。

 麻知子は徐々に、私に木村の代わりを求めて来た。

 ちょっと長身の私は、木村と然程身長が変わらない。

 否、ちょっと高いかもしれない。

 それに周りからは中性的だと言われ、小学生の頃から同性には懐かれるタイプだった。

 中学二年生の頃は、女子の中でマフラーを編むのが流行した。

 もうすぐ卒業する三年生の先輩に、マフラーを編んで渡すのが流行ったのだ。その時なぜか私もマフラーを三枚程もらった。

 練習に編んだのが余ったと言われたが……その翌年には、バレンタインのチョコレートを五人から貰った。

 つまり少しボーイッシュな私は、同性の友人の擬似恋愛の対象になるらしい。つまり練習台だ。

 そんな経験のある私だから、麻知子のは直ぐに理解した。

 だから彼女の望む様に、望む以上にエスコートした。

 元々スカートとか余り履かないタイプだし、髪もそんなに長く伸ばさないから、胸も豊満ではないから、間違われる事は偶にありもする。

 混んでいる電車の中で、綺麗なお姉さんに背中を撫でられた事もあった。

 その年の冬……麻知子は何時もの様に私の腕に腕を絡み付けて、甘える様に密着させて言った。


「未だ木村君の事、忘れられなかったんだけど……和ちゃんいてくれてよかった」


 その言葉に私は吃驚した。

 まさか未だに、麻知子が木村の事を好きだったなんて……もはや彼は学校でも、金沢と付き合っている事を隠してはいないのに……。


「でも同性だからかなぁ?和ちゃんすごく優しいし、やって欲しい事や言って欲しい事言ってくれる……これじゃ、好きにならないわけないよね?」


 麻知子は、擦り寄る様にして言った。


「私和ちゃんの事好きみたい……」


「えっ?」


 それってどういう意味?


 考える間も無く麻知子が


「和ちゃん、三年生や一年生に人気あるから、凄くヤキモキしちゃっうんだけど……」


 と呟いた。


「浮気はダメだからね。ね?」


 可愛い顔を上目遣いに言う。


 ……ちょっとマッタ……


 動揺して返す言葉も無い私に、麻知子はウフッと笑った。


 ……こーゆーところが、木村は好きだったんだろうな……


 麻知子とは反対側の電車に乗って、私は流れ行く景色を見つめた。

 麻知子は可愛い。たぶん顔だけでなく全部が可愛い。

 男子なら直ぐに、目に付けるタイプだ。

 木村もクラスが一緒になって直ぐに麻知子に目が行ったと、彼らの噂をする女子達から聞かされた。

 麻知子はどういうつもりで言っている?……ではなくて、あれは本心だろう。木村を失って寂しくて……俗に言う、違う男子がつけいれば付き合ってしまう?否、あれで意外とそうじゃない。そうじゃないから寝盗られたのだ。

 ………って事はプラトニック?……ならいけそうだ。

 たぶんお互いにキス迄は……。

 そしてふと頭を掠める。

 私は麻知子を、抱けないだろう。

 またまたなぜ、こんな事を考えているのか……。我ながら浅ましい?いやらしい?今や情報過多の時代の青少年は、ついついの方に考えが及んでしまう。

 男子は女子をそう云う目で……女子は男子にそう言う風に……

 ん?……やっぱり私は、おかしいのだろうか?

 私は何故か同性を抱けるか?と考えてしまう。

 何故だろうか?

 そしてそれは、今迄の友達との関わりから来るのだと思い至った。


 小学生の頃から不思議と、他者から好感を持たれる体質だった私は、同性異性から好かれるタイプで、だからといって付き合う対象では無いらしく、それゆえ異性から親しく接しられた。そこへ持ってきて、近所の遊び友達が男子ばかりだから、私としても全く異性とは意識せずに付き合えられる。そのいい例が時藤だ。アイツはかなり女子の目を惹くらしいが、そんな感情抜きで対応する私に、一年の時から気軽く接して来られているのだ。

 話が逸れたが、そんな私に中性的魅力?とやらを感じ、、中学二年生の同級生達は、擬似のボーイフレンド感覚を私と楽しんでいた。

 つまりいろいろ、美味しい思いをさせて頂いた。

 中学二年三年の頃は、愛人1号2号……などと云う可愛い彼女が、せっせと密かに思う先輩や男子の代わりに、私に世話を焼いてくれたり、手作りのプレゼントをくれたり……そう、私はその頃学校では彼女達の、理想のボーイフレンドだった様だ。

 だから私は自然と同性に対しては、異性の代わりの思考になってしまうのかもしれない。単なる遊びであったけれども、私は彼女達の可愛いボーイフレンドであり続けた。

 ……まぁ、中学校卒業の時に、下級生からラブレターを数枚貰ったのには、さすがに苦笑しか存在しなかったが………。


 つまりどんなに麻知子が傷心であったとしても、ほんのちょっと隙を作っていて、その隙間を埋める何かを求めていたとして……もしかしたら……の状況が存在したとしても、私達の関係が変わる事は決してない事だった。

 私と麻知子は、ずっと高校を卒業する迄、あの中学生の頃の様に、擬似の恋人関係を作りつつ、親友と云う名を守り続けた。



 そして成人した或る時、彼女の口から


「私和ちゃんが、本当に好きだったんだよ……だからちょっと、ぎごちなくなった時もあったけど……」


 と云う言葉を聞いた。


 ………ああ………


 その時の彼女は、毎年恒例となった夏休みの旅行の、旅館の窓からそれは見事な花火を潤む瞳で見つめながら呟いた。

 そういえば三年生になってクラスが変わってから、麻知子はクラスの部活が一緒の子と学校の帰りを共にして、学校で一緒につるむ事が減った。

 確かにちょっと寂しく感じた時もあったが、休みの日には一緒に出歩いたりもしてたから、クラスが変わった所為?くらいにしか思っていなかったのだが……ここで告白されるとは……。


「本当に好きだったんだよ」


「うん……私も……」


 彼女は音を立てながら、光を放つ花火に照らし出されながら可愛く笑んだ。

 その手にはついさっき迄電話していた、もうじき結婚する彼氏とのツーショットを写し出す携帯が握られている。

 中肉中背でちょっと人懐こい彼氏は、どことなく木村に似ている。

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