ちょっと話してみようか、彼女達のこと

婭麟

美しい人

第1話

 私がまだ白馬の王子様の存在を、信じていた女子高生だった頃………

 彼女とは二年生になって、初めてクラスが同じになった。

 窓際の真ん中の席に座り、何時も休み時間には机にうつ伏して寝ている。

 可愛い子はいっぱいいるこのクラスで、可愛いのではなくとても綺麗な人……そう私に印象付ける人だった。

 髪を肩より少し長めに伸ばし、何時もキュッと一つに束ねて上げている。

 少し茶色がかった髪質は、思春期の少女ので可憐だ。

 声音が静かで彼女の周りの時間だけが、青春真っ只中の高校生の中で、とてもゆったりとゆっくり過ぎている様だった。

 そんな彼女の友人達も、何処なく大人びている男女で、グループ内で付き合っていると、側から見ても解る様なかなり目を惹くグループだ。

 そんな友人達が、彼女の席の周りではしゃいでいても、彼女は悠々とうつ伏して寝ている。

 そしてその彼女の席とは真逆の、廊下側の窓の席の同じ真ん中に座る私と、うつ伏して目を閉じる彼女とは、時たま視線が合う事がある。

 彼女がその大きな瞳を開けて、こちらを見るからだ。

 最初私はその綺麗な大人びている彼女の、その寝顔の美しさに見惚れていたから、自然と……否々、必然的に彼女が眼を開ければ合うはずの視線と、合ってしまうのだ。

 彼女はジッとこちらを見ていた。

 ……だから私も、ジッと見ている形となった。

 そして私はその育った環境の所為か、はたまた性格の所為か、彼女の視線を受けて微かに笑みを浮かべて、小さく手を振った。すると彼女も微かに笑って、小さく手の平を机の上で上げて、そしてその綺麗な瞳を閉じた。


「和ちゃんトイレ行こ」


 うっとりと見入る私に、入学の時からの親友の麻知子が声をかけたので、私は現実に呼び戻されて席を立った。


 それから直ぐに席替えとなった。

 席替えは、先生の気分で急になる。

 先生には、いろいろな思惑があってする事なのか、はたまた好きな相手と席を同じくしたい生徒が、先生に乞うのかは定かではないが、ホームルームで急に言い渡され、学級委員長が番号札の入った箱を持って歩くのだ。

 私は一番仲の良い麻知子と席が近い事を祈り、それは見事に当たり麻知子は私の前の席となった。

 今回先生は、男女を一列づつ分けて座らせる事にしたから、女子の麻知子は私の前の席となり、私と麻知子の席の隣は男子が座る。


「おっ!山中」


 隣の席には、一年生の時に同じクラスだった、時藤が座った。

 彼はとても懐っこい性格で、女子にかなりの人気がある

 私は特別男女に対する偏見の無い性格だが、一見とても人当たりの良い様だが、実はある一線から親しくするまでに時間がかかる。

 ちょっと面倒な人見知りだ。

 だからいつでも誰でも、直ぐに親しく接してくれる時藤とは、親しみはあるものの親しい実感がないから、彼が女子生徒に大モテなのには、全く興味がなく知らないのだ。

 そんな時藤と話していると、向こうの席で何やら揉めている。

 その内チャイムが鳴ったので


「……じゃ、今日からこの席で……」


 先生は言い残して教室を出て行った。

 席が前後して大喜びの麻知子と私は、連れ立ってトイレに……。

 なぜトイレに一緒に行くのか不思議だが、麻知子はなぜだか一緒に行きたがったから、いずれ出さねばならない物だから、一緒に済ませても変わりは無い。

 さてトイレから帰って来ると、が後ろの席に座ってうつ伏していた。


「えっ?」


「ああ……小宮山が大宮と、隣の席になりたいと大騒ぎでさぁ。委員長が竹下に頼み込んでさ……」


「えっ?小宮山君、大宮さんの事好きなの?」


「お前等知らねーの?好きだって、一年の時から有名だぜ?」


「小宮山君も大宮さんも、初めて同じクラスだもん……」


 知らなくて当たり前だと、麻知子は言わんばかりに言った。


「……別に席なんて何処でもいいし……」


 うつ伏していた竹下は、ニコリともせずに身を上げた。


「委員長が先生に、大宮の視力が悪くなってるから、竹下と替えたいって言いに言ってOKもらったらしいわ」


「マジで?」


 高校二年まで生きて来たが、こんな事があろうとは……。

 私はかなり吃驚したが、ちょっと遠くの前の席を見れば、それは嬉しそうな小宮山と、ちょっと恥ずかしそうな大宮の姿が目に入った。

 それと同時に、次の授業の教科書を机から取り出す竹下の気配に、私は少しの動揺を覚えた。


 この頃不思議と、自習の時間が多かった。

 課題を出される事もあったが、自分で……という本当の自習が多かった。

 前の席の麻知子は、スマホを見ながら後ろを向いて話しかけ、後ろの席の竹下は何時もの様にうつ伏せに寝ている。

 私は麻知子のたわいもない話しを聞きながら、文庫本を読んでいる。

 麻知子の話しを聞きながら、本を読めるのは私の特技だ……と麻知子は言ったが、三人迄なら話しの内容は掴む事ができた。

 つまり意外と集中力が無いのだろうと、私は思っている。


「山中山中……」


 時藤はそう言うと、ゴソゴソと机を近づけて言った。


「フラワーカード知ってる?」


「フラワーカード?」


「パッパラパッパパー!花〜札……」


 時藤は妙な前振りをしながら制服のポケットから、花札をおもむろに取り出すと、麻知子にも見せて言った。


「花札?」


「俺さぁ、アニメ見てからこれに大ハマりでさ」


「ああ、か?」


だ山中。お前できる?」


「点数、数えられないけどできるよ。猪鹿蝶に月見で一杯……」


「おっ!知ってるね?五光四光三光に花見で一杯……」


 時藤が花札を切り始めると、後ろの席の竹下が面白そうに起き上がった。


「面白そうだね?」


「竹下やった事ある?」


「ゲームでねちょっと……」


「例のアニメか?」


 時藤が言うと、竹下も笑って


「まあね」


 と言った。


「……じゃ、〝こいこい〟は無理だなぁ?」


「バカ……でいいじゃん?」


「バカ?」


「うちじゃ、こいこい以外をそう言うんだ。ルールは同じで、三人以上なら〝バカッパナ〟って言うの……あと〝こいこい、こいこい〟ってのは無しね……つまり役で終わらなくて、手持ちが無くなって終了。その時の点数で勝ち負けが決まるんだ」


「へー?そんな花札あるんだ?」


「祖父母が好きでね。三人とか四人とかでよくやったんだけど、点数とか解んない」


「……じゃ、それは俺に同意して……」


 時藤がそう言うと、時藤の後ろの席の木村が椅子を持ってやって来た。


「時藤、俺も入れろや。何時もやってんじゃん?」


「……だから偶には、違うヤツとやりてぇじゃん?」


「う この浮気者ぉ〜」


 木村が時藤の首を片腕で締める。


「あ〜!解った解った」


 とか言いながら、時藤は四人に札を配る。


「麻知子ちゃん、一緒にやろう」


 麻知子はスマホを制服のポケットに仕舞って、八枚の札の内の四枚を手に取った。

 猪鹿蝶とは、花札の絵の猪と鹿と蝶を揃えるのだが、私はが好きで、この絵の一枚でも手にあると、を揃えに行って失敗する。を、麻知子がハマって大負けに負けた。


「こんど何か賭けようぜ」


「ブブーそれはダメ」


 真顔で言う私に、時藤が呆れ顔を見せる。

 自習の時間の楽しみがそれとなり、私達の距離も不思議と近くなって行った。


「……なんか、此処に席替えしてよかったな……」


 竹下はそんな事を言って時藤に、ポンポンと頭を撫でられたりした。

 その時私と麻知子は、時藤が彼女に好意を持っている事を察した。

 この楽しい席は、意外と長く続いた。

 中間テスト期末テストも、この近い席のグループで、自習時間に勉強をした。そしてもう少しで、夏休みとなる或る日の体育の時間、その日の体育が自習となった為、他のクラスとの合同となった。

 私達のクラスは校庭で陸上の授業だったが、体育の先生が休んだ為に、体育館でバレーボールの、授業をしていたクラスと合同になったので、急遽クラス対抗の試合形式となった。


「山中さん、今日は森岡さんお休み?」


 コートに入っていない生徒は、必然と応援チームとなるため、麻知子が休んだ為一人でいる私の側に、竹下が来て座って言った。


「夏風邪みたい」


「体育の先生もそうみたい。なんか流行っているから、気をつけないとね」


「そうだね……」


 私がそう言うと、竹下はジッと私を見つめた。

 何時も思うけれど、とても大きくて綺麗な瞳。そしてキュッと引っ詰めた髪型が、同年齢の女子よりちょっと大人に見える。


「山中さんって、休みの日は何してんの?」


「休みの日?……寝てるか麻知子ちゃんと買い物とか?」


「ふ〜ん?……私も寝てる……」


「竹下さん寝るの好きだもんね?」


「好きだよ。休みの朝のカーテンにおぃ様が透けて、眩しくて瞼を射って目覚めるまで、ベッドの上で微睡むの……布団の下には何も付けずに、ちょっと乱れた後の躰が怠くて……」


 ……えっ?……


 私は瞬時に竹下の白肌の裸体が、大きなベッドの上で激しく乱れる様子が脳裏に浮かんだ。そして微睡む彼女の下には、真っ白なシーツが乱れに乱れて、彼女を包む様に存在している。

 彼女はそのベッドの上で、静かに瞳を開き。艶と潤いを持って、まるで誘う様に見つめて来る。


「ねぇ山中さん……」


 私は竹下に呼ばれて視線を向けた。


「……土曜日、うちに泊まりに来ない?」


 静かに重ねられる彼女の手が、とても細くて綺麗なのに目が離せない。


「…………」


 土曜日……いつの土曜日……来週再来週?それとも夏休み?


 すると私の中でフッと、彼女を抱けるのだろうか?と頭に過ぎる。

 なぜそんな事を過ぎらせたのか……だけど真剣には、私の中で広がって行く。

 私は彼女の、その不思議な雰囲気に惹かれていて、そして彼女が好きな事を知っている。例えばキスはできると思う程に好きだ。

 だけど彼女と……一つになる事はできそうに無い。

 恋に恋い焦がれる私だけど、情報過多なこの時代、恋におけるいろいろを知っているけど……。たぶんは無理だ。

 私が黙っていると


「先生が呼んでるよ」


 竹下は私の手を取ったまま立ち上がると、何時もの様に微かに笑みを浮かべて言った。


 それから暫くして夏休みになったが、それまでずっと麻知子と行動を一緒にしていたから、竹下とじっくり話しをする事もなく夏休みに突入した。

 そして夏休みになっても、竹下からお泊りの誘いは来る事がなかった。


「そう言えば、時藤君竹下さんに告って玉砕したらしいよ」


 なぜか知っている麻知子が言った。


「えっ?なんで知ってんの?」


「私木村君と付き合ってんだ」


「ええ?いつ?」


「夏休みに入ってから」


「マジで?」


「夏休み入って直ぐに連絡貰って……」


「……麻知子ちゃんって、木村君好きだったの?」


「うん。時藤君のグループ、凄くモテるんだよ」


「……そうなの?」


「時藤君、和ちゃんの事好きなんだって噂だったんだよ」


「えっ?ええ?何で?」


「お似合いだから」


「……無いわそれ……」


「知ってる、時藤君竹下さんに告ったから……」


 麻知子のその言い方、ちょっと引っかかったけど、まっ、彼氏ができたのだから上から目線も頷ける。


「二人ならお似合いなのに……竹下さん彼氏いるのかね?」


「いるんじゃない?それもかなり年上の……」


 麻知子が、知った顔して言った。

 フッと私の脳裏に彼女が浮かぶ。

 彼女が、彼女そっくりの女の子を連れている姿。だけど彼女の傍らに、男性の姿は浮かばない。全くと言っていい程に浮かばない。

 年上の彼氏も時藤も木村も、同年齢の男子も……。

 彼女は凛とした姿で、その引っ詰めた髪型を下ろして、それはフワリと髪を靡かせて、彼女似の女の子の手を取っている。

 

……ああ……彼女に男性の姿は似合わない……


 それでも彼女は、一人の娘を愛して育てて行くのだろうが、彼女の傍らには幾人かの愛する人が通り過ぎて行くだろうけど、決してその人達は男性ではない……と私は確信している。


「……ねぇ和ちゃん、私木村君と上手く行く?」


 麻知子が、真顔を向けて聞いた


「えっ?何で?」


「和ちゃんもん」


「へっ?」


「霊感」


 麻知子は真剣に言い、そして私の脳裏に可愛い麻知子の姿が浮かんだ。

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