明日殺される彼女

飴月

明日殺される際宮さんと無神経バカな影山くん

 







「なぁ、際宮さいみやって好きな食べ物とかある?」


「…………」


「俺はやっぱ唐揚げかな! 夜ご飯が唐揚げってだけで1日中幸せに過ごせる自信あるわ〜」


「…………」


「逆に苦手な食べ物は? 俺の予想では、際宮は辛いものが苦手とみた!」



 俺は笑って、読書をしていた際宮の顔を覗き込む。変わらない表情。そして返ってこない答え。これがいつも通りのテンプレートのはずだったのに、今日、初めて変化が起きた。



「あの、影山くん。いい加減しつこいので、私の秘密を教えてあげますから黙っていただいてもいいですか?」


「…………え?」



 あ、思っていたよりも可愛い声だ。そんなことをぼんやりと思って、突然のテンプレートの変化に呆然とする俺に、際宮は心底うんざりした顔でこう言った。



「私、明日殺されるんです。だから、私と仲良くしても意味ないですよ」















 俺の隣の席の、際宮さいみや唯香ゆいかは変わっている。


 隣の席になってから1ヶ月経つが、誰かと話しているところを見たことがないし。もう高校生活も3年目になるにも関わらず、友達の1人もいないみたいだ。さらに、いつも無表情で、休み時間はいつも本を読んでいる。


 彼女のことが気になって友達に聞いてみたところ、「入学当初からずっと話さないし笑わないから大丈夫」とのことだそうだ。


 きっと、その友達の『大丈夫』は、「お前が特に嫌われてるわけじゃないから『大丈夫』」の意味だったと思うが、果たして1人で大丈夫なやつなんているんだろうか。ふとそんなことを考えてしまった俺は、際宮と仲良くなってみようと思って話しかけるようになったのだが。




 その結果、聞き出せたのがこのセリフである。




「影山くんって、何をもってその人がその人だと言い切れると思いますか?」


「……DNA?」


「それは確かにそうですけど。意外と賢そうな答えでビックリしました」


「失礼だな!?」



 際宮は無表情のまま言葉を続けた。



「私は、その人がその人である証明って、記憶だと思います。だって、肉体は日々新しい細胞に生まれ変わってますし。テセウスの船みたいな原理ですけど、私達が船と違うところは、記憶があることですよね。結局、変わらないのって記憶だけじゃないですか」



 突然の展開に頭が追いついていない俺を置いて、際宮はどんどん話を進めていく。



「つまりですね。記憶が毎日亡くなるなら、昨日の私は今日の私に殺されているのと同じことだと思うんです」


「……まさか」


「はい。私、記憶が1日経つと亡くなるやまいを患っていまして。どうせ今日の私は明日の私に殺されるんだから、今日の私の好みなんてどうだっていいと思いませんか?」



 際宮はそう言って、俺を突き放すような冷たい声で突き刺すような言葉を口にした。



「だから、もう私のことは放っておいてください」

















 その1ヶ月後。


 俺はこりることなく際宮に話しかけ続けていた。



「際宮って何の本読んでんの?」


「…………」


「いつも難しそうな本読んでるよなぁ。オススメとかあったりする?」


「…………ッ、毎日しつこいんですよ!! 私の秘密、お話しましたよね!?」


「あぁ」


「それなのに、何で毎日毎日話しかけてくるんですか!? そのついでに自分の話まで語ってくるから、私の遺書が影山くんだらけなんですけど!」


「遺書?」


「今までに死んだ私の記録です!」


「あ、だから俺が際宮に毎日話しかけてるって知ってたのか! 理解したわ」



 実は前から不思議に思っていたから、納得だと頷いていたら、際宮はカンカンに怒っていた。



「何が理解したわ、ですか! 昨日の私の状況を把握しようとしても、ここ最近ずっと影山くんの話しか書いてないんですけど!」


「え、俺レギュラーじゃん。やった!」


「だから! やった、じゃないんですよ! そのせいで私、影山くんクイズがあったら優勝出来るぐらい影山くんに詳しくなってしまったんですから!!」


「じゃあもう俺たち、友達だな!」


「はぁ!? 嫌ですよ、誰がこんな『無神経バカ』と!」


「おっ、5回目だ」



 俺は、机からノートを取り出し、『無神経バカ』という文字の下に書かれた正の字に棒を付け足した。ちょうど正の字の完成だ。その様子を、際宮は気味が悪そうな目で見ていた。



「えっ。ちょっと、何してるんですか?」


「何ってこれのことか?」



 俺はノートを広げ、パラパラとめくって際宮に見せる。



「これは際宮観察ノートだ。お前は記憶が全部だって言ってたけど、俺は際宮の心こそが、際宮が生きてる証だと思うんだよな」


「……はぁ」


「さっきの『無神経バカ』ってセリフだけどさ。際宮が俺にあれ言うの、実は5回目なんだよ。でもそんなこと覚えてないだろ?」


「……それは…………」


「な? だから、完全に死んでるわけではないんじゃないのかなって思ったんだけど」



 専門家じゃないから詳しいことはわかんないぞ、と付け足して際宮を見ると、際宮は信じられないとでも言うような顔をしている。



「……影山くんの嘘じゃないんですか?」


「嘘じゃねぇよ。疑うなら今度ボイスレコーダーで録音しとくけど」


「……それはちょっとキモいからいいです。じゃあ今日から、影山くんに『無神経バカ』って言うたびに、私も遺書の隅っこに印をつけていくことにします。だから、もし言ったら印を付けるように言ってくださいね?」


「お、いいじゃん。毎日『無神経バカ』って言わせてやるよ!」


「言っときますけどこれ、普通に悪口ですよ」



 その後の協議の結果、今日の遺書にこの内容を書き込んで、そのページをテープで止めて見られないようにすることを決めた。学校にテープは持ってきていなかったから、際宮が家でその作業をすることになったけど、翌日俺が確認したから完璧だ。


 そして、このページを卒業式の日に2人で開封することにしたのである。


















 それから、際宮と俺の攻防は1年間続いた。席替えは何回もあったのに、俺と際宮は決まって隣同士の席になったからだ。


 どうやら、俺と際宮がよく話しているらしい、という噂を仕入れた先生が変に気を遣ったようだ。幸い、際宮が不満を言うことはなかったので、俺達は1年間を共に過ごした。



「際宮。これ、ちょっと分けてやるよ。めっちゃ美味いから食ってみろって」


「嫌です。それ、雑草の味がするやつですよね? とんでもなく不味いって先週の遺書に書いてあったんですけど」


「くっ……遺書を読み込んできてやがる!」


「当然です。1ヶ月前に騙されてから、毎日ちゃんと遺書をチェックするようにしてますから。女の子にこんなことをするなんて、本当に影山くんは『無神経バカ』ですね!」


「あ、『1バカ』だぞ。遺書に印書いとけよ!」



 俺の言葉に、キョトンとした顔をした際宮は、不思議そうに口を開いた。



「それ、前の私も不思議に思ってたんですけど。何ですか、『1バカ』って」


「それは卒業式のお楽しみだぞ。楽しみにしとけよ!」



 俺の言葉に、無表情のまま笑うという器用な芸当をした際宮は、遺書ノートを取り出して何かしらを書き込んだ。



「おい、何書いたんだよ!?」


「別に。影山くんは今日もすごいなって」


「何が!?」


「何がでしょうね?」


「めっちゃ気になるんだけど!」



 ……とにかく、こんな日常が続いて。入試だ何だと忙しくなり始め、毎日が飛ぶように過ぎていき、俺と際宮はついに卒業式を迎えていた。


 際宮はその特性上、受験は難しいのではないかと思っていたが、消えていく記憶は人が関わることだけだそうだ。だから、名前とか物の名前とかは覚えている。しかし、その人がどんな人で、何を話したのかは覚えていないのだと自嘲気味に言っていた。


 そして、見事第一志望に合格した俺達は、卒業式の後、学校から少し離れた喫茶店へ向かう。学校の近くは同級生で溢れているからだ。



「……じゃあ、開けますね」



 際宮はそう言って、取り出した遺書ノートのテープで封じてあったページをハサミで切り開いた。そして、中身を見た瞬間、机に突っ伏す。



「急にどうした!?」


「……あー、いえ。なんかその、自分の行動に納得がいったというか。すっごく恥ずかしくなって」



 顔を真っ赤にした際宮は、ゴンゴンと机に頭をぶつけそうな勢いで頭を上下に降っている。



「おい、どうだったのか教えろよ!」


「い、嫌です! 絶対無理です!!」


「何のために1年やってきたんだよ!?」


「無理なものは無理なんです!」


「いいから見せろって!……あ、UFO」


「え? ……ちょ、ちょっと! 返してくださいよ!!」



 俺はそう言って、頑なにノートを見せようとしない際宮から隙をついてノートを奪い取る。そして、パラパラとノートをめくって該当のページを見つけた。



「お、あった」



 際宮は何に恥ずかしがっていたのかと上から読んでいくが、今のところ、書いてある文章はあの時学校で一緒に書いた通りだった。



「……?」


「ッーー! あー、もう!!」



 不思議そうな顔をしたまま遺書を読み進める俺に、際宮は、読めとばかりに1番下に書かれた一文を指差した。



「え? えーと、影山くんは『無神経バカ』という言葉をトリガーにしていたけど、もっと確実な方法に気づいたから付け足しておきます」



 そして、次の文を見た俺は、またいつかのように頭が真っ白になって言葉に詰まった。



「早く」


「……へ」


「ほら、早く読んでくださいよ」



 真っ赤な顔をした際宮がそう言うから、俺は恐る恐る続きを読み上げた。



「……あなたが今も影山くんのことが好きだったら、このときの私はまだ生きてるって証明できると思います」



 顔が、熱い。頬を抑えて突っ伏した俺は、なんとか喉から言葉を絞り出す。



「…………証明できたのか?」



 際宮は、うっすら涙の膜を張った目を潤ませ、顔を真っ赤にしたまま、口を開いた。



「わざわざ言わないと分かんないんですか? ッ、この『無神経バカ』!」



 そう言って、初めて笑ってくれた際宮が世界一可愛かったから。



「……ッ、俺もずっと好きだった」



 俺らしくもないか細い声でそう言って、彼女に微笑んだ。



 もう今日から、彼女は殺されない。


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