第13話
翌日も同様に柴田はやってきた。
俺の体調の回復に伴い取り調べも少し変化した。今までは病室でしていた取り調べも別室で行われることになった。まだ歩くことは出来ないので、車椅子を赤木ちゃんに押してもらい移動することになった。
場所が変わったのは、建前上はずっと生活している病室で取り調べを行うのは俺の精神衛生上良くない……というものだったが、実際はそういう「場」を作るという演出で、取り調べの効果を上げようというつもりだったのだろう。
「柳田、遺族の方の気持ちを考えろ!謝罪すべきだとは思わないか?」
と柴田は居丈高に繰り返し言ってきた。これも柴田なりの演出だったのだろう。
コイツの中ではもう動機の解明は済んだ、ということなのだろう。まったくもって中途半端なやり方だ。人の気持ちをほじくるだけほじくりかえして、何にも拾っては行かないのだ。……まあそれがコイツの役割なのかもしれない。裁判という場がお互いにとっての本番なのだろう。
遺族?謝罪?……そんなものには1ミリの興味もなかった。
俺が事件へと至ったのは全くの必然だったのだ。俺の育ってきた環境に俺の資質でもって生まれたならば、誰もが俺と同じように行動するだろう。それを、俺が分かった風に神妙な顔をして「ずびばぜんでじだーーー!」と謝ることこそ失礼だろう。
「遺族の方々ですか?……不運でしたね」
今日もだんまりを決め込むと思っていたのだろう。俺の返答に柴田は少しだけ驚いたようだった。
「……不運ってのは、あの時あの場所、パチンコ店に被害者の方々がたまたま居たからってことか?」
「違いますよ、パチンコをやるようなクズを身近に持ってしまったことがですよ」
苦笑混じりに俺は答えた。結局柴田も聞きたいことだけを聞く人間のようだ。
「ふざけるな!まだそんなことを言ってるのか、お前は!」
今日の柴田は感情的になるのが早かった。俺から思っていたような言葉を引き出せないことに苛立っているようだった。
それから柴田は、俺が如何に自己中心的で、身勝手で、人の心を持たないクズかということを懇切丁寧に延々と教えてくれた。
ハンデを持って産まれてくる人々は沢山いる。だがその多くの人々は自らの努力によって立派に人生を送っている。お前も身の丈にあった小さな幸せを選ぶべきだった……というのがその主旨だ。
最初は下らなくてほとんど聞く耳を持たなかったのだが、途中から少し興味が湧いてきた。なぜこの男はこうも他人を自分の枠組で語ろうとするのだろうか?……俺より柴田という人間の方が闇が深いんじゃないか?と探ってみたい気持ちは大きくなったが、その願いが叶うことはないだろう。
「……お前も本心では遺族の方々に申し訳ないと思っているんだ、それを認めろ!」
殆ど反応しない俺に疲れたのか、しばらくして柴田からそんな言葉が漏れた。
「柴田さん……アンタまだ本気でそんなこと言ってるんですか?」
俺は本気で柴田が憐れになった。
だがそれに対して柴田は決して自分の言い分を曲げなかったし、当然それは俺も同じだった。
「お疲れさまでした、今日は疲れたでしょう?」
取り調べが終わると、部屋に赤木ちゃんが入ってきた。
もう看護士が付きっきりでいる必要もないであろうという判断のため、彼女は別室で待っていたのだ。
俺は返事をすることが出来なかったが、彼女は特に気にする様子もなく車椅子を押し始めた。
エレベーターに乗り、元の病室に向かう。行きの時は何とも思わなかったが、沈黙が気まずく感じられた。
だが俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はいつも通りだった。
彼女には取り調べの様子は一切知らされていないのだろうか?彼女は警察の関係者ではないのだからそうかもしれないが、一番身近に接する人間として何らかの情報が与えられていそうな気もした。彼女であれば、その上でいつもの朗らかさを演じているのではないだろうか?
すぐに病室に着く。
「さあ柳田さん、お疲れさまでした!」
彼女に手を貸してもらいベッドに這い上がる。移動距離にしてほんの数十メートル、時間にして1時間程度の取り調べが大仕事だったかのようだ。
「あ、もうお昼ですね。昼食お持ちします」
時計はまもなく昼の12時を迎えようとしているところだった。
「……いや、今日はいい」
流石に今、何かを食べる気分にはなれなかった。
「え?だめですよ、柳田さん!病院食というのはですね、治療のために栄養を計算された食事ですから、食べること自体が治療の一環ともいうべき…………」
「うるせえな!!!」
反射的に俺は大声を出していた。一瞬にして病室に静寂が訪れる。
彼女はあえていつもと同じように接してきているのかも知れなかったが、今はそれすらも鬱陶しかった。
とにかく一人にして欲しかった。とっととベッドに入って落ち着きたかった。何も考えずに眠りたかった。
……それを何だこの女は?善意や優しさも度が過ぎれば暴力だぞ!!!
「何なんだ、お前はよ!……そんなに人に何かをしてあげる自分が気持ちいいのかよ!お前みたいに生まれつき恵まれて、無自覚に周囲に劣等感を抱かせる人間が俺を追い詰めたんだぞ!?分かってんのか、なあ?」
俺が彼女に大声を出したのは初めてだったので、彼女は驚いて固まっていた。
「……それともそうやってわざと精神的に揺さぶるように、柴田からの作戦なのかよ?……だとしたらその作戦は成功してるよ!こうやって俺は精神的に追い詰められてる、って柴田に報告すれば良いだろ!……でも今さらそんなことして何になるんだよ、こっちはどう足掻いても死刑になる身だぞ、お前らそんなにも自分の思った通りに話の流れを持っていきたいのかよ!」
一息に捲し立てると、俺は彼女の反応を伺った。俺にはこれ以上吐き出す言葉を持ち合わせていなかったのだ。
ただ感情的にはまだまだ沸騰していた。彼女が言葉を返してきたならば、それがどんなものでもその言葉尻を捕まえてやろう、と思っていた。
だが彼女は何もいわずにいつもの微笑みを浮かべていた。それはそれで腹が立った。
「……おい、なんで何も答えないんだよ!俺をなめてんのか?」
彼女はようやく口を開いた。いつもの微笑みを全く崩さずにだ。
「別に、なめてはいませんよ」
それだけを言うと彼女は俺の手に触れた。
そして両手を握ると動かし、胸の前辺りで両手を組ませた。
「……落ち着いて下さい、大丈夫ですよ」
そのほんの少しの動作によって俺の癇癪は実にあっさりと……自分でも驚くほど節操なく……消えていた。
これまでも身体的接触が無かったわけではないが、こうやって意志を感じさせるものは初めてだった。
(……ああ、そうか何だかんだ俺は柴田の取り調べからストレスを感じていたんだろうな)
自分の気持ちが少し落ち着くと、ようやく冷静にそう振り返ることが出来た。
物事には全て原因があるのだ。ストレスも無意識の内に誰かから誰かへとこうして循環してゆくのだろう。
気持ちは落ち着いたが、何だか子供をあやすような強引なやり方で丸め込まれたような気がして、後から悔しくなってきた。
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