第5話
次の日の朝10時から柴田の取り調べが始まった。
俺の体調を考慮し当面は最長で30分、何かあった時のために看護士が付き添いながら、という形をとることとなった。
取り調べが始まるに際し、小さな置時計が病室に置かれた。当然、取り調べ時間が超過しないように……という意味だが、現在時刻を知られるようになったことは、俺にとっての小さなストレス緩和になった。
「まずは、犯行時のお前の行動の確認だ。当日の行動を全て話せ」
昨日の柴田は割と柔らかい態度だったが、今日は一段と威圧感と厳しさが増していた。
正式な事情聴取ということで柴田も気合いが入っていたのかもしれないが、当然俺は反感を持った。
「……行動って言ったって、そんなの覚えてませんよ」
苦笑しながら俺はそれをかわそうとしたが、柴田はそんなに甘い相手ではない。
「……お前、当日は仕事が休みだったな。その日の朝方3時過ぎに近所のコンビニでストロングチューハイを買ったことは確認がとれている。犯行前の15時10分にも同じコンビニで酒を買ったな?自宅からパチンコ店までは徒歩で約15分。……店に到着したのが15時30分ということは歩きながら酒を飲んだ。それから店内を一周して仕掛けをセットし、決行は15時38分だ。……ここまでは分かっているんだがな」
「……全部バレてるじゃないですか。俺が話すことなんて何も無いでしょ」
流石は日本の警察組織といった所か。短い捜査期間にも関わらず、俺の仕事を調べてはシフトを確認し、コンビニの監視カメラを調べては買った物まで特定されているのだ。
「それがな、全然分からないことだらけなんだよ。当日の犯行時間までのお前の行動とか、お前がどこのサイトを参考にして毒ガスを精製したかといったことは調べがついているんだけどな……なぜそういった行動に至ったのかという点については全く説明がつかないんだよ」
(俺が見たガス製造のサイトまで特定されてる!?……監視社会!これは日本も終わりだな!)
これからの日本社会に対する憂慮のために返事も出来ずにいると、柴田がもう一度返答を促した。
「……なあ柳田、お前がなぜこんな事件を起こしたのか、その気持ちの流れを一つずつ順番に教えてくれないか?……お前前日まで普通に仕事をしてたんだろ?勤務態度は良好で同僚との関係も悪くはなさそうだった、という上司の話だった。それとも表面上は上手くやっていたが、ストレスを溜め込んでいたのか?」
「え?仕事でですか?別に何も無いですよ」
俺はビルやマンションの床清掃の仕事をしていた。給料は安いが、拘束時間も長くないし人間関係でストレスが溜まるような職場ではない。
「……じゃあ何故あんな事件を起こしたんだ!きちんと納得のいく説明をしろ!」
今日になって初めて柴田が感情を露にした。
「柴田刑事、大きな声は彼にとって大きなストレスとなる可能性があります……」
今まで聞いているのかいないのか分からないほど反応を示さなかった女性看護士が、初めて声を発した。
「失礼……だが柳田。これは俺個人の願いではない。多くの人間がお前の本当の気持ちを知りたいと願っているんだ」
「……どこの誰とも知らない人間の願いを叶えてやる必要はないですね、俺は神様じゃないし」
「それはそうだがな……せめて遺族の方の為に話してくれないか?被害者に対して申し訳ない、という気持ちが少しでもお前にあるのならば話してくれ。それが出来るのはお前だけなんだよ!」
柴田は涙を流さんばかりの表情で迫ってきた。
俺は不思議な生き物を見たような感覚だった。なぜこの男はこんなにも感情的になっているのだろうか?
「柴田刑事、そろそろ30分経ちますが……」
さらにヒートアップしていきそうな柴田だったが、女性看護士のその言葉で我に帰ったようだ。
感情的になっている今の柴田に付き合うのは中々しんどいので、面会時間が終わることは俺にとって好都合だった。
「……分かりました、今日はこれで終わりにします。柳田、明日もまた来る。身体は大事にしろ」
そう告げると柴田は出ていった。何だか芝居じみた去り際だった気もするが、不思議と不快ではなかった。
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