第五章
1898年11月30日
珍しく、サラは露天艦橋ではなく部屋にいる。
いつものようにタイプライターの上で指を走らせるが、今日は少し事情が違う。
今、『ペトラ』は海に出ている。
灯りを全て消し、季節に見合わない荒波を乗り越えながら進む。
そういった行動を続けていると、『ペトラ』がいきなり大きく揺れ、サラが体勢を崩しかける。
よほど大きな波を突き抜けたらしい。
ふとサラが自分の書いていた手紙を確認すると、所々誤字があることがわかった。
先ほどの衝撃のせいだろう。
「…まったく。今更ながら何をやっているんだか。」
そう思いながらも、サラは新しい紙をタイプライターに差し込むと、手紙を打ち直しはじめた。
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二十五枚の手紙
第五章「世界の戦争」
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1898年11月17日
戦争が始まってから半年以上が過ぎていた。
戦況は確実に反帝国側に不利になっていたものの、ドライズラントの至る所で膠着状態になりつつあった。
五か月間に渡る帝国の「警察行動」は、達成目標だけを見れば成功に近い結果に終わった。
反徒たちの真ん中で孤立していた臣民を救出する。ドライズラント北西部の農業地帯を確保する。植民地の治安を回復させる。これらが目標であり、その内三分の二が達せられた。
「警察行動」終了時、ドライズラントは大きく三つの陣営に分けられた。
一つは帝国軍とそれに味方する勢力たちの陣営。
いま一つは大幅に「反帝同盟」という名称で束ねられていた陣営。
いま一つはどちらにも属さない独立勢力や中立勢力たちの陣営。
三陣営の中で最も大きかったのは第三の独立勢力陣営であり、フーリエもその中の一つの勢力である。
反帝国勢力で最も強大である「反帝同盟」を潰せば、残りの反徒は各個撃破できる。少なくとも、帝国軍の上層部はそう考えていた。
しかし、帝国軍が半年以上かけても反乱の鎮圧に未だ成功できずにいたため、帝国にとって計算外の結果が生じた。
世界の注目を集めたのである。
十九世紀後半は正に帝国主義の時代。植民地での反乱、そしてそれを鎮めるための鎮圧行動は列強諸国にとっては日常茶飯事だった。数十年にわたる反乱も珍しくはない。
しかし、今回の反乱はこれまでのと違い、植民地の治安維持部隊だけでは事足りず、本国から増援を求める必要があった。しかも、反徒たちはゲリラ戦に頼るのではなく、正面から堂々と帝国軍に立ち向かっていたのだ。
本来なら戦争は既に終幕へと向かっていたはずなのに、帝国軍は未だ勝利していない。
正に異例の事態である。
世界の注目を集めたのには他にも理由がある。
つまり、反乱分子の大半が海外への何らかのパイプを持っていたのだ。少なくとも、武器や資金を海外から調達する組織が多かった。フーリエもその一つである。
これらのルートを辿った結果、反乱の情報は帝国軍が統制するより早く世界へと伝わった。
そして、その世界からの注目は戦争に大きな影響を及ぼすのであった。
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今日も相変わらず『ペトラ』の露天艦橋からタイプライターの音が聞こえる。
正午。サラは既に今日の仕事を一通り終えていた。今打っている報告書を終えれば一日中のんびりと過ごせるはず。
微かに内陸部から発砲音が聞こえる。
ゼークト提督の守備部隊が給料分の働きをしているのだろう。
サラの元に報告が来ないということは、大した心配事ではない。
輸送船団に危機があれば、サラが出撃しこれを助ける。
街に帝国軍が攻撃を仕掛けて来たら、ゼークト提督がこれを撃退する。
このような状況がフーリエに暮らす人々にとってパターン化し、日常化している。
フーリエの周りには迷路のように塹壕が張り巡らされ、後の第一次世界大戦を思わせるような光景と化していた。
サラが軽く溜息をつく。
「とりあえずこれで良し。」
軽くストレッチをした後、サラはマグカップに雑草茶を入れる。
麦に近いなにかとミントの香りが漂う。
(以外と癖になるな、これ。)
そう思いながら茶を飲んでいると、シャルルが露天艦橋へと上って来た。
「おい、終わったならちょっと一緒に来てくれないか?珍しい物が見られるぞ。」
マグカップをテーブルに置くサラ。
「なんだい、いきなり?」
「今ドクトルとさ、」
明らかに嫌そうな表情を向けるサラ。
「最後まで聞けって。今ドクトルがアマナシマ帝国軍の士官と面会してるらしい。」
サラの表情が好奇心旺盛なものに変わる。
「アマナシマ?あの極東の島国の?」
「ああ。」
シャルルは、「味方が増えてありがたい」と言いたそうな表情を浮かべていたが、サラは逆に何やら考え込んでいた。
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数隻の民間商船と護衛の軍艦が海を渡っている。
天気は晴れ。波も穏やか。
この船団の目的地はビシニエリ帝国の帝都リゴシウムだった。 しかし、それはあくまでも公式の話。
本当の目的地はドライズラント北部の港町、フーリエである。
水平線上に艦影が現れた。甲板には砲が何門か設置され、マストからは三ツ星の紋章の旗が翻る。
フーリエの武装船だ。
船団が運んでいたのは、フーリエ宛の武器、弾薬、食料、それと遠い異国からの義勇兵たちだった。
道案内と護衛を兼ねた武装船が随伴と共に船団に加わる。
船内の義勇兵はと言えば、船での長旅を色々な方法で退屈しのぎをしていた。
読書をする者。
カード遊びや博打をする者。
甲板から景色や護衛を務める武装船を眺める者。
刀などの武器を手入れする者。
船酔いで寝込む者。
それらの光景とは別に、船団の客には一人の少女がいた。
袴を着たその少女の目的地は、場違いながらも義勇兵たちと同じだった。
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「ああ、これはエッセル司令。よく来てくれた。」
サラがオフィスに入室すると同時にシューマン博士がそう言った。
「…どうも。」
もはやサラは、シューマンに対する苦手意識を隠すつもりなどない。しかし、博士はそれを承知しつつ気にしていなかったため、表情を一切変えなかった。
サラの視線が室内のもう一人の男に向けられる。
見た目からしたら、年齢は二十代半ば、黄色よりの茶色い肌と真っ黒な髪が目立ち、異国の軍服と思われる服の外からでも体付きの良さがわかる。
腰からは本などでたまに見かけた極東の剣が下がっていた。
「司令、紹介しよう。この方は、遥々アマナシマ帝国からやってきた
サラの後ろでシャルルが挨拶代わりの敬礼、サラは敬礼代わりに帽子を一度外し再度被った。
敬礼は右手でやるものである。士官学校ではそう叩き込まれた。右手を失ってもである。
「中佐、こちらは艦隊司令のサラ・エッセル、副司令のシャルル・イルファンです。」
あえて正式な階級を言わないシューマン。
サラたちの紹介を聞くなり、中島中佐は二人に敬礼した。
「はじめまして。お会いできて幸栄です。特にエッセル司令、貴官の働きは耳にしていますぞ。」
少々訛のある返事。
「私の…?」
困惑するサラに対し、中島中佐は笑った。
「ええ、我が国の海軍士官たちの間で人気ですよ、貴官は。」
「はぁ。」
納得はしていないものの、サラはこれ以上疑問に思うのをやめた。
(でも君は海軍じゃなくて陸軍だよね?しかも中佐にしては少し若いような。)
代わりに別の疑問が芽生えていた。
「話を戻しますが、中佐、」
シューマンが口を開く。
「貴官が取り付けると言っていたアマナシマからの資金援助だが、やはり信用ならないね。我々は世間一般では社会主義者の一団と見られていると聞く。実際、数ヶ月前まではそうだった。しかし、貴官の属するアマナシマ帝国は社会主義どころか一般の民権運動を弾圧してきた。さらに、軍の近代化の協力相手は、我々の敵、ロッツァ帝国ではなかったかな?そんな君たちは何故ロッツァに対する反乱、しかも社会主義の傾向のある我々に協力するのかね?」
(お、いいとこ突くね。)
苦手とは言え、シューマンがこういう場面ではちゃんと有能なのだと改めて実感するサラだった。
「だからあえて政府が否定できるような方法で事を進めようとしているのです。全て民間の組織を経由して行いますし、武器などはあえて外国製の武器を提供します。行動理念については、それはもちろん西洋列強の帝国主義に対する反撃ですよ。」
中島中佐の返事に軽く苦笑するシューマン。
(西洋列強の帝国主義を否定したら、アマナシマの極東での勢力拡大も否定するんじゃ?)
話を聞くなり、サラはそう疑問を持たずにはいられなかった。
恐らくシューマンも似たような考えだろう。
それを察したのか、中島中佐は軽く溜息をついた。
「…やはり手土産無しでは納得してくれなさそうですな。」
「手土産?」
シューマンの食いつきを見るなり、中島中佐は頷いた。
「ええ。実は、到着する予定の義勇兵、食料、医薬品の他に、アマナシマ帝国政府からの挨拶の品も届くことになっています。政府からの先行投資と考えてください。」
「で、その品とは?」
今度はシャルルが訊いた。シューマンへの賄賂への警戒もあったが、恐らく単なる好奇心からの問いだろう。
中島中佐は手元に置いてあった鞄から一枚の書類を取り出すと、それをシューマンに手渡した。
「軍艦一隻とテイシュウ帝国制八八式歩槍三千丁。」
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フーリエの港に大勢の異人たちの姿があった。
ほとんどは戦争を何らかの冒険とでも勘違いし、戦って名を上げたいと思う者たちだった。
革命精神に目覚めたと主張する者も少なくない。
中には軍服を着、腰から刀を下げた東洋人の一団もいた。
「これは、補給担当者も大変だな。」
溜息をつきながら、シェヒール要塞防御指揮官のヨセフは他人事のように言った。
この義勇兵集団の大半は恐らく街の防衛隊の配属となる。つまり、自分の祖父の指揮下で塹壕戦に身を投じることになる。
物語や教科書からの情報のみで戦争を知った気でいる連中にとって、さぞやショックとなるだろう。
「ん?」
港の風景を見ながら考え込んでいる途中、異様な光景を目にした。
一人の袴姿の少女が右往左往している。
義勇兵集団の中に女性がいないわけでわないが、その大半は義勇兵としてきた男性の連れだったり、男装して入隊しようとする女性である。
この少女はどちらでもないように見える。
「失礼、」
いきなり声をかけられ、少女は一瞬ビクッとした。
はじめて来る異国。ほとんど誰とも言葉が通じない。
護身術には自信があるとしても不安は変わらない。
振り返って見ると、そこには軍服姿の男がいた。
年齢は恐らく兄と同じ二十代で、何やら心配な様子でこちらを見つめていた。
「な、なんでしょうか?」
「迷子、ですか?」
男からのやや訛り交じりの返事。しかし、確実にアマナシマの言葉が通じた。
少しは不安が収まった少女。
一方、声をかけた当のヨセフは自分なりに緊張していた。
アマナシマの言葉を使うのは、昔子供の頃興味本位で学んで以来である。
父に家庭教師をつけてもらうほど熱心だったが、それはすでに十年も前の昔。
とは言え、少女の反応を見るに、言葉はちゃんと通じていたらしい。
「あの、実は兄を探しているのですけど。」
「兄を、ですか?」
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「八八式歩槍か。地味にありがたいな。」
そう言いながらシャルルは箱の中から小銃を一丁取り出した。
「三千丁。大体一個連隊分か。」
「帝国軍の標準装備のゲベール88のコピーだからね。旧式が大半の我々としては大助かりだよ。」
シャルルが銃でカチャカチャ遊んでいるのを見ながらサラは言う。
ちなみに弾は入っていない。別の箱に入っている。
テイシュウ帝国、別名大順帝国は、何千年もの間極東に君臨していた大国。近年、西洋列強の脅威に対抗すべく、「自強運動」の名の下に産業と軍の近代化を開始した。
八八式歩槍とはその際にロッツァ帝国からライセンス生産した物である。
が、先に近代化した隣国のアマナシマに戦争で負け、膨大な賠償金を払わされ軍事物資も押収された。
フーリエにわたった武器は、この時に押収されたものだろう。
(…まさか極東の争いに巻き込まれたりしないだろうな。)
そう不安がるサラだったが、「今考えても仕方ない」と思ったのか、ただ軽く溜息をつくだけだった。
「中佐殿は?」
「ん?ああ、あそこ。」
サラが自分の後ろの方を指差す。
「セイシュウからの義勇兵たちの出席を取ってるそうだ。」
「…全員サーベルみたいなの持ってるぞ。あれで戦う気か?」
「連中の荷物の中に騎兵銃と拳銃がたくさんあった。主武装はそっちだろう。」
ポケットの中をゴソゴソ探し回るサラ。
「火、持ってるかい?」
呆れた表情でサラを見るシャルル。
「おい。バカ。弾薬がある場所で吸うな。」
冗談半分で取り出した煙草の箱をクスクス笑いながらしまうサラを見て、シャルルは思わずため息をついてしまった。
「お前、少しは回復したようだな。」
「おかげさまで。」
後ろの方から何やら声が聞こえたのはその時である。
「
「
ヨセフは多少困惑していた。
迷子の袴姿の少女が探していた兄と再会したのはいい。
その兄がアマナシマから来た義勇兵たちのリーダー、中島中佐だという事もいい。
困惑の原因は、強いて言えば二人が再会するなり方言らしき言葉で喋りだしたからである。
「いや、大尉。妹がご迷惑をおかけしたようだ。すまなかった。」
「気にすることはありません、中佐殿。」
ヨセフは何やら気まずそうに答えた。
他の義勇兵たちの話から察するに中島中佐の妹麗華はどうやら密航して来たらしい。それ故に街での居住地が決まっておらず、当分の間は兄と共に義勇兵たちと行動を共にすると言う。
見るからに、既に高かった義勇兵たちの士気が上がる。
「大尉、噂によれば貴官は剣の腕が立つと聞く。近々手合わせ願いたいものだな。」
中島中佐のいきなりな提案に苦笑するヨセフ。
「そうですね。仕事で空きができれば、よろこんで。」
ヨセフの回答に納得したのか、中島中佐は元気に笑って見せ、それに釣られ周囲の人間たちも皆笑い出した。
時世に似合わぬ陽気さ、祭りのような空気感がこの時のフーリエにはあった。
少し離れた場所からサラとシャルルが中島中佐を呼び寄せる。ヨセフが仕事に戻ろうとする直前、麗華が軽くヨセフの袖を引っ張った。
「大尉さん、今日は楽しかったです。だんだん。」
うまく自分の照れを隠せたと自分を褒めるヨセフだった。
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夕方、マグリブの祈りが街中に響き渡る中、数隻の軍艦と民間船がフーリエ湾へと入ってきた。
先頭には、リリーの指揮する戦艦『ツァハラ』(旧『フロシュヴァイラー』)。
「あ、リリー。お帰り。」
無事に入港し、艦から降りるリリーを出迎えたのはイブラヒムだった。
「うん。ただいま。」
いつもに比べて元気の無い返事。
リリーと『ツァハラ』は、前日ドライズラント西部の村々からの難民を迎えに行き、途中で帝国軍の武装船を追い払い、難民を乗せた船団の護衛中別の帝国軍艦を追い払い、色々と大変だったらしい。
これらの報告もサラに提出する必要があったため、リリーはイブラヒムと共に『ペトラ』の元へと行くこととなった。
ふと見慣れない艦影を目にするリリー。
「ねぇ、イブ君、あれって…?」
「ん?ああ、あれは元々テイシュウの北洋艦隊が使ってた装甲巡洋艦『
「へぇ。」
やはり気力がいつもより低い。
「…何かあった?」
「あ、いや、別に?」
今回の任務で見た物、聞いたことは流石に言えない。
きっと彼を悲しませるだろう。そう思うリリーだった。
少し焦りながらリリーが答えると、話題を逸らすいい口実を求めるかのように目をきょろきょろさせた。
「お?」
近くのベンチに腰掛け、何やら部厚い本を読む子供を発見したリリー。
本来、民間人、しかも子供が軍港に立ち入るのは許されないのだが、この少年だけは例外であった。
「あ、リリーお姉ちゃん。」
優しい、かつ少し寂しそうな笑顔を見せながら少年クラウス・サレーは言った。
「ちゃんと読み書きの勉強やってるね?偉い偉い。」
クラウスの頭を撫でながらなぜか自慢そうに言うリリー。
一方イブラヒムは、話題を逸らされたことに多少の不満を持っていたものの、流石にそれを口に出すことはできず、溜息をつきながら自分も会話に参加した。
「生徒が自発的に勉強するのは教師やる気が足りないからだって言うらしいよ、リリー。」
「なっ!そんなこと無いよ!あたしだって十分やる気はあるよ!お兄ちゃんや先輩に言われなくったって…!」
言った直後、イブラヒムとリリーが同時に「あ。」と声を出した。
恐る恐る視線をクラウスに向ける二人。
クラウスの前でサラの話題を出すのをできるだけ避けていた二人だったが、今回はうっかりしてしまった。この少年が戦死したミアに対し好意以上の感情を持っていたのは明らかで、ミアの戦死をサラの責任であると考えていてもおかしくなかった。
しかし、この少年は、軽く苦笑するだけだった。
「大丈夫ですよ。僕、気にしていませんから。」
どうやら純粋な憎しみよりも複雑な感情を、このまだ十代にもなっていない少年は抱え込んでいるようだ。
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11月19日。
この日、今まで同様通常運転の日常に一つの衝撃が走った。
「ジェムチュク事件」がそれである。
当時出版された新聞曰く、ドライズラントの港へ入港しようとした外国の民間商船「ジェムチュク」を帝国軍と反乱軍が同時期に臨検しようとしたのである。
これは遭遇戦へと発展し、途中で「ジェムチュク」が爆発した。
事件の後、即座に責任のなすりあいが始まったが、「ジェムチュク」が沈んだ理由はまだ不明である。
「重要なのは、この戦争で関係のない第三者が直接被害にあったということだな。」
事件の内容が新聞などで公開された後に開かれた軍議にて、サラはそう口にした。
「確かに。他の列強諸国がただ黙って見ていられるとは思いませんね。」
同感の意を表すリリーと共にイブラヒムが頷く。
「ジークさん、外へのパイプを使って『この事件は帝国軍が悪い』と世間に思わせることはできますか?」
サラの問に溜息をつきながら首を横に振るジーク。
「難しいだろうな。敵の攻撃で『ジェムチュク』が沈んだってことへの決定的な証拠がない。『そもそもこの戦争をないがしろにしたことが悪い』って宣伝するのはできなくもないけど、却って帝国軍の行動を活発化させる危険性も出てくる。」
一同不満そうにしているのを見て、ジークは何か思い出したかのように付け足した。
「あ、そうそう。「ジェムチュク」の積み荷の中身とそれを購入した金の出所は掴んだ。」
ジークの報告曰く、約一週間前この民間商船は、当時世界最大の海軍国家だったアングレメア連合王国へと立ち寄り、そこで「大量かつ最新鋭の武器弾薬を積み込んだ」と証言する目撃者がいた。
そして、一同を一番びっくりさせたのが資金の出所だった。
「アルシャール自治領…。」
アルシャール自治領、正式名称アルシャール・スルタン領は、帝国のドライズラント植民の時唯一内政自治権を勝ち取った国である。小規模ながらも「治安維持のため」と称して固有の武力を保有し、ドライズラントで一二を争うスーラ教勢力でもあった。そのため、スーラ教徒が多数派を占めるドライズラントではそれなりの影響力がある。
それが帝国の目を盗んで海外から武器を購入しているとなれば…。
「ジークさん、アルシャールに工作員を潜入させられますか?」
目を丸くするジーク。
「できなくはないが、潜入させてどうする?」
「なぁに、ちょっと王室の背中を押すだけですよ。」
サラの視線が次の人物に向けられる。
「大尉、おじい様に最新式の小銃を何丁手放せるか訊いてくれませんか?」
何やらサラの考えに察しがついたヨセフはすかさず頷いた。
それを確認したサラは次の人物に注意を向ける。
「シャルル、」
「艦隊がいつでも出撃できるように準備しとけばいいんだろ?了解した。やっとく。」
「…察しが早くてたすかる。」
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11月30日。
『ペトラ』含めフーリエ艦隊の大半は荒波を乗り越えていた。
目標はアルシャール自治領唯一の沿岸都市:ナッヒイェヴァン。
最近は珍しい積極的な艦隊出撃に、将兵たちは緊張でいっぱいである。
しかし、まったく緊張感に欠けているのか、単にそれを隠すのが上手なのか、落ち着いた表情の者が一人いる。
その人物は、誤字のついた手紙を打ち直していた。
少し疲れたのか、サラが軽く背伸びをする。
(正直、それほど自信は無いけどなぁ。)
手紙に新たに数文字打ち込む。
(でも、今動かなければ大きなチャンスを見逃す。特に…。)
一瞬、自分の思考回路の行き先に驚いたのか、サラの手がとまった。
「…私としたことが。」
溜息をつくと、この荒波で奇跡的にこぼれていない紅茶を口にするサラ。
(戦争なんかやってて正気でいられるか。)
その時、部屋のドアを誰かがノックした。
「サラ。あともう少しで夜が明ける。艦橋に来てくれ。」
(考えに浸ってる暇もないか。)
改めて溜息をつくと、サラは机から立ち上がった。
「ありがとう、シャルル。今行く。」
そう言うと、サラは机に置いてあった帽子を手に取り、部屋を出て行った。
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二十五枚の手紙
第五章
END
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次回:第六章「アルシャール」
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