第3話

「積み荷を渡してもらおう」

 8人の黒服の中のリーダーが一歩前に出る。孫景と曹瑛に自動小銃の銃口が向けられている。二人の鋭い眼光に男たちは思わず息を呑む。銃を持つ手が震えているものもいた。

「渡すわけにはいかねえな。これは契約だ。依頼されたものは目的地まできっちり届ける」

 孫景がニヤリと笑う。

「お前たちを殺して奪うのは容易い」

 リーダー格の柄シャツの男は腕を広げて派手な仕草で余裕を見せる。

「何故、こんな規模の小さい取引を狙う?」

 曹瑛が尋ねる。銃で狙われていても不遜な態度を崩さない。


「この取引は杭州蛇骨会と上海九龍会のルートを作る重要なものだ。それを潰せば信用を失う、お前たちは良いカモなんだよ」

 柄シャツの男は高笑いする。孫景が曹瑛の方を見やり、目配せする。曹瑛は瞬きで頷いた。

「それならお前らも道連れだ」

 孫景が着ていたジャケットを広げた。そこには糸で吊られた手榴弾が5個ぶら下がっている。その糸の先は孫景の親指に繋がっていた。

「撃ってみやがれ、死ぬ前にピンを抜いてやる。せいぜい走って逃げろよ!」

 孫景が豪快に笑う。銃を手にした男たちは一斉に怯んだ。曹瑛が背中からバヨネットを抜き、一番近い黒服の手の甲に突き立てる。悲鳴と血しぶきが上がり、曹瑛は黒服の手から離れた銃を取り、孫景に投げた。孫景は受け取りざまに黒服に向けて撃つ。3発の銃声、同時に曹瑛のバヨネットが銃を持つ黒服を切り裂いていく。7人の黒服が血まみれで道路にのたうち回っている。


 柄シャツが叫びながら銃口をこちらに向けた。瞬間、曹瑛のスローイングナイフが首筋に突き立っていた。

「ナイフを抜けば死ぬ。そのまま助けを待つことだ」

 その場に立つのは孫景と曹瑛のみ。農道を通りかかった乗用車が慌ててスピードを上げて走り去って行った。

「あのトラックはもう駄目だな」

 孫景が肩をすくめる。

「ここにいいのがある」

 トラックの積み荷を黒のボルボへ移した。孫景がエンジンをかける。

「高級車は違うな」

 孫景は満足げにひとりごちた。


 機嫌よくボルボのハンドルを握る孫景。曹瑛は窓を開けてマルボロを吹かしている。

「曹瑛は兄弟がいるのか?」

 孫景の問いに曹瑛は目を閉じる。しばし考えて、タバコを灰皿で揉み消す。

「兄がいた。だが、組織に誘拐されるときに抵抗して殺された」

 曹瑛は遠くを見ている。

「俺は組織で暗殺者として育てられ、14才で人を殺した。その後も組織の指示で動いている」

 孫景は黙って目を細めた。裏社会には過酷な過去を持つ者が多い。曹瑛もその一人だったのだ。

「俺は殺しが天命とは思わない」

 そう言って、窓の外を見つめている。空はどこまでも高く、透き通るような青が広がっていた。


 上海市街の渋滞を抜け、黄浦江沿いの指示された倉庫へ向かう。河に沿って車を走らせていると、クレーンの先端が襲ってきた。孫景は慌てて車のハンドルを切る。停車したボルボの周囲に20人以上のごろつきが集まっている。孫景と曹瑛は車を降りた。

「おい、このためにあんたが雇われたのか?」

 曹瑛はため息をつく。

「俺は温州での仕事を済ませた帰りに上海まで車に乗せてもらうだけと聞いていた」

「お前、欺されてるぞそれ」

 孫景は笑う。曹瑛も笑っている。暴れるだけ暴れるか、二人が目配せをしたそのとき、ごろつきを囲む黒いスーツの集団が現れた。手にはマシンガンを持っている。


「お、何だ、援軍か?」

 孫景が驚いている。曹瑛も警戒しながら様子を伺っている。黒服の男がごろつきどもにこの場から消えるよう命じた。ごろつきどもは怯えて散り散りに逃げて行った。

「ご苦労だった。積み荷は確かに受け取った」

 スーツの男が一礼する。胸元のバッジに「九龍」の文字。上海九龍会の男だ。孫景と曹瑛はほっと息をついた。


「温州からの荷物、無事に到着しました」

 スーツの男が倉庫の木箱に座る無精髭の男に報告する。無精髭の男は箱から軽やかに飛び降りた。

「運び屋はたった2人か、なかなかええ仕事するやないか」

 無精髭をさすりながら男は目を細めた。

「どれ、ちょっと顔拝んどこか」

 そう言って倉庫から顔を出した。黒いボルボが積み荷を降ろし終えて走り去っていくところだった。

「残念やな、どんな奴か会ってみたかったな」

「2人の情報を集めますか、劉老師」

「まあええ、ええ仕事する男たちならそのうちどこかで会うやろ」

 そう言って無精髭の男は笑いながら車を見送った。


「お前と仕事ができて良かったぜ。俺と組まないか?」

孫景が曹瑛の肩をバシンと叩く。曹瑛は嫌そうな顔をしているが、口元を緩めた。上海虹橋駅のベンチ、大勢の人が行き交っている。

「俺は誰とも組まない」

「そうか、またどこかで縁があるだろう。これからハルビンへ帰るのか?」

 虹橋駅には空港が隣接している。すでにチケットは準備済みだ。

「ああ、お前はどうする?」

「俺はここで待ち合わせしててな」

 孫景はそろそろ来るはずだと周囲を見回している。


「兄貴!」

 元気な女性の声。ショートカットの小柄な女性が手を振っている。孫景に向かって走ってきた。そのまま派手に抱きつく。

「元気そうだな、香月」

「うん、兄貴も相変わらずだね」

 ひとしきり再会の喜びを噛みしめ合ったあとに、香月と呼ばれた女性が曹瑛に挨拶をした。

「兄貴がお世話になってます」

 こらお前、と孫景が顔を赤らめる。

「こいつは俺の妹、孫香月。南京の総合病院で心臓血管外科の医者をやってる」

 孫景は誇らしげに言う。曹瑛は一瞬目を見開いて、ぎこちなく微笑んだ。


「お前は妹を助けることができたんだな」

 曹瑛の言葉に香月は微笑む。

「兄貴が必死でお金を貯めて、アメリカで心臓のバイパス手術を受けられるように手配してくれたんです。それで、私も同じように苦しんでいる人を助けようと思って」

 その後も医学部に行く金を工面したのは孫景だという。他の兄弟たちも大学へ行き、目指す仕事ができているのは孫景のおかげだと。

「俺以外の兄弟はみんな真っ当な職についているんだよ」

 孫景は豪快に笑う。


「兄貴、これまだ大事に持ってたの?」

 香月が孫景のリュックについたパンダのマスコットを手にする。

「ああ、お前との約束を忘れないようにな」

「これから上海動物園にパンダを見にいくんです」

 香月は嬉しそうに微笑んだ。医者と闇ブローカー、なかなか都合の調整が難しく、今日やっと念願が叶ったという。

「お前も一緒に行くか?」

 孫景の言葉に曹瑛は遠慮しておく、と手を振った。


「元気でな、また会おうぜ」

 孫景の言葉に曹瑛は縁があればな、と答えて踵を返した。

「なんだか根暗そうな人ね、兄貴の友達もいろいろいるのね」

 香月の言葉に孫景は思わず吹き出した。

「そうだな、でもあいつ意外と良い奴なんだぜ」

 孫景は雑踏の中に消えてゆく曹瑛の背中を見えなくなるまで見送った。


「じゃあ行くか、約束の場所へ」

「うん、行こう」

 香月は孫景と手を繋ぐ。孫景は少し恥ずかしそうにしている。大きな手は変わらずとても温かかった。

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