第一章 ――ファースト・コンタクト 追われる少年と二人の少女
第2話 少女の名前は
地球人と遺伝子的にほぼ同一種の異星生命体が人類に接触してきたのは、今から二〇年ほど前のことだった。月面でのファーストコンタクトは慎重に行われ、どうやら相手が友好的な種族であると判断した国連は、異星人たちに英語で『隣人』を意味する『ネイバー』というニックネームをつけ、月面に基地を建設することを認めた。最初の数年は何事もなく過ぎていった。
しかし、当初は友好的に見えたネイバーだが、その真の狙いは地球の侵略、そして太陽系に存在する膨大な量の資源だった。そんなネイバーの本性に接したとき、地球人もそれに対抗する組織を作り上げる必要に迫られた。国連地球防衛機構である。
一般的には国連安全保障理事会麾下の一部門にすぎないと思われているこの組織だが、現実には超法規的な権限を持ち、それはいまこの場でも発揮されている。
前日、異星人の襲撃を受けた少年――牧野ヒロム――は、地球防衛機構の職員によって、例の少女が壊したビルが突貫工事で再建されている現場に案内されていた。ヒロムの側らには、破壊の張本人である、自称戦闘ロボットの少女が佇んでいる。
白地に黒文字で『UN』のマークが入った重機やトラックが、ひっきりなしに出入りする現場を黙ってみていたヒロムの背中が、突然おもいきりどやしつけられた。
「いよう、ヒロム。元気そうじゃな! わしの作ったYFR15Aともどうやら無事接触できたようでなによりじゃて」
振り向くと、白髪に白衣の老人が立っていた。ヒロムの祖父、牧野(まきの)和宏(かずひろ)だ。和宏は地球防衛機構で対異星人、通称『ネイバー』用の兵器を研究開発する部門を統括している。
「おじいちゃん! これって一体どういうことだよ! 戦闘用ロボットの護衛がつくっていうから、てっきり普通の小型ロボットが来るもんだと思ってたのに、どうみたってごく普通の女の子じゃないか!」
ヒロムの剣幕に和宏は耳に指を突っ込んでいたが、やがて業を煮やしたように「うるさい!」と一喝した。
「まったく……、それをこれから説明しようとしておるんじゃないか。ヒロムよ、おまえはせっかちすぎるぞ。そんなことでは、当分カノジョも出来んな」
そんなことは余計なお世話だと、ヒロムはふてくされる。
「まあ、それはそれとして、YFR15A試作一号機……つまり彼女はな、異星人由来の技術で作られた生体機械(バイオマシン)なのじゃよ」
「ば、生体機械(バイオマシン)!?」
「そう、バイオマシンじゃ! 普段の彼女は人間の女の子とまったく変わらないと言っても過言ではない。しか~し! いざその潜在能力を発揮したら、それこそ戦略核兵器をもってしても彼女を排除することは不可能!!」
和宏は腰に手を当て、胸を反り返らせた。いかにも「どうじゃ、すこかろう!」と言いたげな様子だ。
「ヒロムよ、おまえは彼女がビルの上から飛び降りて、全くの無傷だったところを見ているな? それも、我々が異星人から得た材料工学を研究し、応用した成果なのじゃ!!」
確かにヒロムは横にいるこの華奢な女の子が、ビルから飛び降りて無事だったところも、手から光の刃を出してあっけなくビルを粉砕してしまうところも、その目で見た。そして、彼女が自分を抱えたまま、ビルの壁面を駆け上がるのも。
だが、ヒロムにはどうしてもこの少女をロボットだと思えないのだ。それはそうだろう。その少女は、どこからどう見ても、ちょっと幼い感じのする普通の女の子にしか見えないのだから。
(いや、普通よりちょっとかわいいかも……)
ヒロムがその彼女、YFR15Aの方へ視線を向けると、彼女もちょうどヒロムの方を見上げてきた。やはりどこをどう見ても、ただの女の子にしか見えない。
もしかして壮大なドッキリでも仕掛けられたんじゃないか? などとヒロムは思う。しかし、ビルを二つ倒壊させるほどのドッキリというのは、あまりにも非現実的すぎる。
「あの……、ヒロムさん? わたしの顔に何かついてますか?」
ヒロムがじろじろ見ていたからだろうか、彼女は自分のほっぺたのあたりをふにふにと押さえながら首をかしげている。その仕草があまりにかわいく見えたので、ヒロムは不覚にも口に出して呟いてしまった。
「も……萌える」
「へっ? 燃えるんですか? わたしは難燃性ですから、そう簡単には燃えませんが?」
「い、いやっ! 何でもないです! 気にしないで下さい!」
ヒロムはほっと胸をなで下ろした。どうやら『萌える』という言葉の意味はよく分かっていないようだ。自分の趣味のことは家族にも、友人たちにも内緒にしている。こんな所で尻尾を出すわけにはいかない。
「と、ところで、きみ、名前は?」
「ですから、YFR15A型戦闘用ロボット試作一号機ですっ!」
「いや、それは型式番号というかなんというか……名前とは違う気がするんだけど」
彼女は、桜の花びらを思わせる柔らかそうな唇に人差し指を当てると、ちょっと首をかしげながら考え込むそぶりを見せた。名前を聞いただけでこんなに考え込まれるとは。
「えーと、名前、ないの?」
「いえ一応あるんです。みなさん、わたしのことを『いちご』と呼ばれます。型式番号の『15』と、『試作一号機』の『一号』にかけてるんだと思います」
それがさも当たり前のことのように、彼女は微笑んでみせた。
でも、『YFR15A』なんて冷たい記号の羅列じゃなく、もっと彼女には相応しい名前があるんじゃないか。そんな気が、ヒロムにはしていた。
「いちごの名前にはもうひとつ意味があってな。Intelligent Close-combat Humanoid Interface for General Operation……つまり『知性型多目的白兵戦用ヒューマノイド・インターフェイス』の頭文字をとったものなんじゃよ。もっとも、これはわしらが『いちご』のローマ字に、無理やり当てた造語じゃがな。もともと『いちご』という名の方が先にあったんじゃ。どうじゃ、わしらのネーミングセスは? なかなか可愛らしかろ?」
和宏はどうやらヒロムの気持ちに気づいているらしい。さすがに血の繋がった祖父だとヒロムは感心した。
「そうなんだ……いちごちゃんか。うん、すごく可愛い響きだ。」
かわいい響きというところがお気に召したのか、彼女は瞳をきらきらさせながら「いちご」と小さく呟いた。
「……そうですね、とっても可愛い響きです! わたし、この名前大好きです!」
「さて、いちごには今後ヒロムの身辺警護をしてもらうことになる。お互い仲良くやってくれ。いいな、ヒロム?」
「う、うん……よろしくね、いちごちゃん」
「はい! こちらこそよろしくですっ!」
ヒロムの差し出した右手を、少女はそっと握りかえす。
小さくて、柔らかくて、暖かい手だ、とヒロムは思った。
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