絶対無敵!?いちごちゃん! 改訂版
東 尭良
序章 ――ビフォア・コンタクト 追われる少年と戦う少女――
第1話 初めての接近遭遇
路地を曲がった少年の目の前には、薄汚れたコンクリートの塀が立ちふさがっていた。
すえた臭いを発する生ゴミ入りのポリ袋が、陽の光の届かない裏路地特有の空気を作り出している。その悪臭の漂う狭い路地を、少年はひたすら逃げ続けていた。
後ろからは複数の足音。
軍用ブーツ独特の硬い靴音が、距離を縮めてくるのがはっきり分かる。周りを見まわすが、脱出路はいま来た細い路地しかなく、その反対側は高い塀とビルに塞がれている。
少年は路地の脇に置いてあったモップを手に取ると、ブンっと一度振り下ろした。
「よし、これなら武器になる」
曲がり角の向こうでは、おそらく何人かの男たちが少年を取り押さえるために段取りをしているのだろう。声こそ聞こえないが、気配がひしひしと伝わってくる。
異星人による地球防衛機構職員の誘拐事件が、ここ最近増えている。
その被害は家族にも及んでいて、少年が誘拐のターゲットになりそうだという事は、数日前に地球防衛機構に勤める祖父の部下から説明を受けていた。そして、警告の通り、少年――牧野ヒロム――は今こうしてその身を狙われている。
「護衛をよこすって言ってたじゃないか……。あの話はどうなったんだよッ」
三方をビルと塀に囲まれた狭い路地で、ヒロムは一人呟く。
そうだ。確か戦闘用ロボットが護衛につくという話だったはずだ。
異星人との戦争が始まってから、自律型多足歩行兵器(じりつがたたそくほこうへいき)、いわゆる『無人戦闘用ロボット』の技術は飛躍的に高まった。高度な人工知能を搭載し、操縦に人間の手を必要としない自律型兵器の登場により、人類側の損害は大幅に減ることとなったのだ。
どんなロボットが護衛についてくれるかは聞いていなかったが、町中でも大抵のところに同行できる程度に小型化された機種もあって、ヒロムもきっとそんな小型機が護衛役としてあてがわれるのだと思っていた。だが、それは間に合わなかった。
いま、自分の身を守る武器は、この両手に握られた薄汚いモップのみ。
そのとき、追っ手の静かな声が、ヒロムの鼓膜を震わせた。
「牧野ヒロム君。我々はきみの命まで奪おうというわけではない。どうか、大人しく我々に従って欲しい。そうすれば、手荒なまねをしなくても済む」
角の向こうから、追っ手が少し訛りのある日本語で、「我々に従え」と呼びかけてくる。
(さて……、どうする?)
相手がどんな武器を持っているかもはっきり分からない状態で飛び込むのは自殺行為に近い。だが、この状況では投降するか、正面突破か。その二つしか選択肢がなかった。
(行く……か)
ヒロムはモップを下段に構えたまま足音を殺し、一気に角を曲がる。
追っ手の男たちは手に小型の手榴弾のようなものを持って、自分がたった今までいた路地に投げ込もうとしていた。
(手榴弾! マジか!?)
くるりと回したモップの先で男の手首を打ち据え、手榴弾を叩き落とす。足下に転がってきたそれを蹴飛ばすと同時に、モップの柄の先端を男の鳩尾(みぞおち)に叩き込む。次の瞬間、蹴飛ばされた閃光手榴弾(せんこうしゅりゅうだん)が、薄暗い路地をまばゆい光と耳をつんざく轟音で満たした。
不意を突かれた男たちは、一瞬だが総崩れになった。
五人の黒ずくめの男たちは、手にサブマシンガンのような銃を携えていたが、その銃口がヒロムをとらえるより先に、彼は目の前にいた三人の追っ手を、続けざまにモップで打ち倒した。
「いける!」
ヒロムはモップを放り出すと、再び全速力で路地を走り始めた。男たちの着ている服には、どうやらプロテクターが内蔵されていたようで、あれだけ強く打ったにも関わらず、後ろからはすでに追跡の足音が響いている。
路地を走るうちに、ヒロムはある事実に気づかされた。
「まずい! この方向、また行き止まりに追い込まれてる!」
ヒロムは絶望的な気分を抱えながら、目の前の曲がり角を左に曲がった。そこはちょっとした広場のようなスペースになっていた。三方をビルと塀に囲まれているということはさっきの袋小路と変わらない。
「どうやら、ここまでか……」
ヒロムが悔しさに唇を噛んだ、その時――
「あきらめることはありません! ヒロムさんっ!」
――頭上から、鈴を鳴らすような少女の声が降ってきた。
ヒロムは思わず頭上のビルを仰ぎ見る。四角く切り取られた空は、ハレーションを起こして白い光の塊のようだ。その中に、小さな少女のシルエットがあった。
色素の薄いセミロングの髪。セーラー服に丈の短いスカート。何の変哲もない、どこにでもいそうな中学生くらいの女の子が、ビルのてっぺんからヒロムを見下ろしていた。
少女が空中に身を躍らせる。
高さは二〇メートルほどだろうか。ビルとしてはさほど高くないが、それでも飛び降りればただでは済まない高さだ。だが、少女はヒロムの目の前に軽く着地すると、プリーツスカートの裾をひらりと翻しながら、くるりと彼の方を振り向いた。
前髪をとめているいちごの髪留めと、少し垂れ目気味の大きな瞳が印象的だ。
少女はにっこりと微笑むと、ヒロムに向かって声高らかに宣言した。
「戦闘用ロボット、YFR15A『Intelligent(インテリジェント) Close-combat(クロース・コンバット) Humanoid(ヒューマノイド) Interface(インターフェイス) for(フォー) General(ジェネラル) Operation(オペレーション)』試作一号機。ただいまより牧野ヒロムさん護衛の任務につきますっ!」
そこにどやどやと追っ手の男たちが現れる。男たちは、自分を『戦闘用ロボット』だと言った少女を見ると、僅かに動揺した。自称『戦闘用ロボット』の少女は、追っ手たちの方をゆっくり振り返ると、余裕たっぷりに一歩前に進もうとして――
――なにもない所で自分の足に蹴躓いた。
すべーっとヘッドスライディングするように地面を滑った少女のスカートは思いっきりめくれ上がり、その結果として、スカートの下に隠されているべき『見られてはいけない布地』も露わになってしまう。それは白地に薄いピンクのしましま模様のパンツだった。
しばらく地面に突っ伏していた少女だったが、ヒロムと追っ手の男たちの視線が自分の下着に集中していることに気づくと、顔を真っ赤にしてスカートを元に戻した。
その場で膝を抱えて地面に『の』の字を書きながら、縦線バックを背負っていじけてしまった彼女に、ヒロムは恐る恐る声をかける。
「あの……戦闘用ロボット……なんですか?」
そう問いかけると、自分の下着を見られたショックからわずかでも立ち直ったのか、少女は涙を目にためながらも、にっこりと微笑んで頷いた。
「そうですっ! わたし、ヒロムさんの命をお護りするために派遣された、人間型戦闘用ロボットなんですっ!」
「サイボーグ……か、アンドロイド……だよね?」
「いえっ! 戦闘用ロボットですっ!」
埒があかない。
ヒロムはとりあえず、いま目の前にある危機のことを思い出すことにした。
「そうでした! わたしはヒロムさんの護衛です! 敵は、あの人たちですね!」
追っ手たちに向き直ると、少女は精一杯の声を張り上げた。
「わ、わたしが来たからには、ヒロムさんをあなた方に渡しはしません!」
「ふん、ろくな武器も持っていないようだが、そんな状態で何ができる?」
「武器? 武器なら内蔵されているものもあります。プラズマブレードを出力制限モードで使用します……」
ふっと少女の表情が変わり、冷たい、仮面でもかぶったような顔つきになる。口調もまるで機械が喋っているかのように抑揚がない。少女の言葉が終わる前に、少女の身体の周りで放電現象が起き始めた。すっと伸ばされた右の手のひらに光の塊が形作られていく。
やがてそれはまっすぐな光の刃となった。
少女がブンっ、とその刃を一閃する。だが、何も起きない。男たちは思わず目を閉じるが、自分たちが無事である事を悟ると、直ちにヒロムたちへの攻撃態勢を取っていた。
確かに、男たちには直接の被害はなかった。
「おい! 逃げろ!!」
「うわっ! 待避! 待避ぃっ!!」
だが、その直後、左右にあったビルの壁が音を立てて崩れ落ち、一瞬にして男たちを飲み込んでしまった。ヒロムは空中高くからそのビルの崩壊を眺めていた。少女がヒロムの身体を抱えて背後にあったビルの壁を駆け上がったのだ。
「こ、こここ、こんな事をして、人が死んだらどうするんだ!」
「脅威の排除を確認。準待機モードに復帰します……。心配しなくても大丈夫です! この区画の住人は全て避難済みですから!」
ヒロムをビルの屋上に降ろすと、いちごは無表情だったその顔を、満開のひまわりのような笑顔に変えて、堂々とそう言ってのけた。
「そういう問題じゃなくて! こんな街中であんな危険な武器を振り回すこと自体に問題があるの!」
「でもでもでもっ! わたしはヒロムさんをお護りしなければなりませんから、武力の行使は公式に許可されてるのですよ!」
これがヒロムと戦闘用ロボットYFR15A――彼女との出会いだった。
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