第10話 風来坊

「へんしーん」


 今日の舞台は駅前広場。いつものように戦いが終わってから食べるカップうどんの内側の線ピッタリにお湯を注ぎ、正義のしるし赤いスカーフを首に巻いて俺は変身した。悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人を倒すために。


「じゃあ私も変身するわ」


 そう言うと正義のヒロインさおりんは、いつものようにビーチでよく見かける縦長の1人用ポータブルテントを組み立てて、


「覗いたらぶっ飛ばす」


と言って中に入っていった。


「へーんしん、キョピ」


と叫ぶ声がして何故かピンク色のミリタリー服を着たさおりんが出てきた。前回までとは違い胸は大きくなってない。


 胸から射出する強力な破壊兵器「さおりんミサイル」は諦めたようだ。だが、代わりにピンク色のピコピコハンマーのようなものを持っている。


「今日は新しい武器「ピコっとハンマー」のお披露目よ、キョピ」



 嫌な予感しかしないぞ。



 今日の怪人は見た目が人間の新型怪人だ。


 わかりやすい武器を持っていた旧型怪人とは違って、どんな攻撃をしてくるのかわからないから厄介だ。


「さあ来い!怪人め!」


と俺は慎重に間合いを測りながら呼び込みをした。が、


「これでも食らえ、キョピ」


と、さおりんがいきなり新しい武器「ピコッとハンマー」で怪人に殴りかかった。


 怪人はスルリとけ、ピコっとハンマーは街路樹の幹を叩いた。その瞬間。


 バキッ、バキバキッと雷に打たれたかのように幹が縦方向に割れて燃え始めた。


「電撃をお見舞いだっちゃ、キョピ」


 さおりんは怪人を追いかけ回し始めた。


 お前は「うる星やつら」のラムちゃんか。"だっちゃ"か"キョピ"かどっちかにしろ。



「あ、痺れる」


 街路樹の近くを駅に向かっていたサラリーマンがしゃがみこんだ。地面を伝った電流で感電したのか?我々の戦いによって善良な市民に初めての負傷者が出てしまった。俺が呆然としていると、


 メキッ、メキメキッ


 炎を上げる街路樹が幹の真ん中あたりで折れ、サラリーマンに向かって倒れ始めたではないか!どうする、俺!



「華麗なるへんしーん」


 俺の背後から声がしたかと思うと黄色いジャケットを着た男がサラリーマンに駆け寄り、さっと抱きかかえ危ういところで救出した。


「ジャケットで変身だと?!君はいったい何者だ?」


 男は黄色いジャケットを脱ぎ、変身を解除しながら答えた。


「ご覧の通りの風来坊です」


 ウルトラセブン第1話のモロボシ・ダンの登場シーンかよ。だったら次の台詞はこれで決まりだ。


「名前は?」


「名前?そう、モロボシ・アタルとでもしておきましょう」


 おお!なるほど!電撃だっちゃのラムちゃんとモロボシ・アタルと言えば「うる星やつら」だ。これで話がつながった!いや、そんなわけ無いだろっ!


「ふざけるな!」


 その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。


 遠くから軽トラが猛スピードで駅前広場に乗り込んできて燃えている街路樹の横で止まった。中から全身黒タイツ姿の人型ひとがたが2人、消火器を持って現れ火を消し止めた。


 遠巻きに眺めていた市民がパチパチと拍手を送ったので黒タイツはどうもどうもと手を振って応えていた。


 ピピーッ


 あ、この笛の音は…



「放火犯はお前か!」


 いつものお巡りさんだ。


 俺と黄色いジャケットの男はさおりんを指差し、声を揃えて言った。


「あいつです」



「裏切り者ー!」


 さおりんはパトカーの後部座席に押し込まれ連れて行かれた。


 感電したサラリーマンは救急車で病院に運ばれて行った。


 怪人は軽トラの荷台に乗って去って行った。



「あ、逃げやがったぞ、どうする?風来坊…」


 そこに黄色いジャケット男の姿は無かった。



 俺は橘のおやっさんのスナックに、さおりんのポータブルテントを持ち帰り、カップうどんにお湯を注ぎながら黄色いジャケット男の話をした。


「ふうん、そいつは自分のことを風来坊モロボシ・アタルと言ってたんだな」



 おやっさんはしばらく難しい顔をして考え込んでから口を開いた。


「風のように現れて風のように去って行った。風来坊とはうまく言ったもんだなあ、ははははは」


「そ、その通りだな、おやっさん、はっははは」


 おやっさん、何かを隠しているだろ。俺は気付いているぞ、だが今は黙っておいてやる。



「風来坊の奴め」


 その日から俺は少し風の強い日には、あの黄色いジャケットを着た風来坊の事を思い出すようになった。風のように現れて風のように去って行く黄色いヒーロー。


 いつの日かまた奴が現れたら、今度は俺から名乗ろうと思っている。人に名前を聞く時は、まず自分から名乗らないといけないからな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る