第9話 さおりんの新兵器
「へんしーん」
いつものように俺は、変身前にテーブルを広げ、カップうどんにお湯を注ぎ、戦いが終わったら食べられるように準備をしてから、首に正義のしるし赤いスカーフを巻いた。
今日の舞台は街外れの採石場だ。くっそ暑い真夏の真っ昼間にベスパに乗ってここまで来たんだが、これだけで体力を消耗しているぞ。
だが「試したいことが有る。いつもの駅前広場だと怪我人が出るかも知れない」とレンズの入っていないダテ眼鏡を掛けながらさおりんが言うので、怖いから従ったのだ。
橘のおやっさんが産神博士にメールをしたから、怪人も採石場に来ることになっている。
さおりんは、橘のおやっさんが運転する軽トラでクーラーを浴びながら涼しい顔でやってきた。なんか腹立たしいぞ。
さおりんを降ろすとおやっさんは遥か遠くに軽トラを走らせ双眼鏡で俺たちを眺め始めた。老眼だから遠くから見るということなのか?
「じゃあ私も変身するわ」
そう言うとさおりんは眼鏡を外し、ビーチでよく見かける縦長の1人用ポータブルテントを組み立てて、
「覗いたらぶっ飛ばす」
と言って中に入っていった。
「へーんしん、キョピ」
と叫ぶ声がして何故かピンク色のメイド服を着たさおりんが出てきた。前回同様、やっぱり胸が大きくなってるぞ。
「お待たせっ、正義のヒロインさおりんよっ、キョピ」
お約束を守って、ずっと待ってくれていた怪人が立ち上がった。
「ふはははは、俺は悪の秘密結…」
「さおりんミサイル、発射~!」
え?ミサイル?いきなり?
なんということだ!大きくなっていたさおりんの胸からミサイルが飛び出した。これじゃまるでマジンガーZに出てくるアフロダイ
ひょろひょろと飛ぶミサイルを怪人は余裕で
「ふはははは、そんなへなちょこ兵器で俺が倒せると思ったかあ」
そのままミサイルはひょろひょろと飛び続け採石途中の石切場に当たった。
テュンッ
とてつもなく高周波の音がした。
なん、だと。普通の爆発音はドッカーンだろ。
ガラガラと石切場が崩れ落ち、
なんてことをしやがるんだ!
ここが駅前広場だったら駅が丸ごと吹き飛んで多額の賠償金を払わされるところだ。
「おお~」
我々の戦いを遠巻きに眺めていた採石場の人達が歓声を上げた。
橘のおやっさんも遠くでガッツポーズをしている。危険を察知して離れていたんだな、おやっさん。
「発破の手間が省けた!」
現場監督らしき人物が喜んでいる。こんな雑な崩し方で良いのか?
「せ、正義のヒロイン恐るべし」
あまりの威力に怪人は怯え、カタカタ震えている。
「さおりんミサイル、発射~っ、キョピ!」
しまった!ミサイルはもう1個あるぞ。今度もさおりんミサイルはひょろひょろと飛び続け石切場に当たった。
テュンッ
高周波の爆発音とともに石切場は濛々と砂塵を上げながら消え去った。
「ひええ」
怪人は腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ。
2つのミサイルが発射され、さおりんの胸が元に戻ったのを見て俺は言った。
「さおりんはこっちのほうが断然良いぞ」
軽トラで我々の所まで戻って来たおやっさんも言った。
「やっぱりさおりんはこっちがいいな」
「あっははは、お前らセクハラで訴えてやるー、キョピ」
そして、さおりんは石切場があった場所をしみじみと眺めた。
「駅前広場だと怪我人が出ると思ってこっちにしたけど、この威力だと死人が出てたねー、あっははは、キョピ」
それは笑えないぞ。
その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。
遠くから軽トラが砂煙を上げ猛スピードで近づいてきて、怪人の横で止まった。中から全身黒タイツ姿の
「覚えてろよ、産神博士に言いつけてやる。そしてもっと強力な兵器を作って貰うんだからな!」
怪人は捨て台詞を吐き、軽トラで逃げるように帰って行った。
「ふん、そしたらさー、さらに強力な兵器を造れば良いのよ、キョピ」
さおりんはそう言うと変身解除のために1人用ポータブルテントに入った。
俺はウルトラセブンのモロボシ・ダンの名言を呟いた。
「それは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ…」
戦いは終わったが、カップうどんは爆風で吹き飛んだから食べることが出来なかった。
俺はベスパで、おやっさんとさおりんは軽トラで、橘のおやっさんのスナックに戻った。
「さあ、私は橘研究所に戻って、更に威力のある強力兵器を開発するわ」
途中からこのシリーズを読んでいる少年少女諸君に教えておくぞ。橘研究所というのは悪の秘密結社「優しくしてね」の組織や怪人のことを分析するためにおやっさんが作った研究所のことだ。
ダテ眼鏡を掛けるとさおりんは、スナックの2階に通じる外階段を上って行った。橘研究所は、ここの2階だったのか!
俺がカップうどんにお湯を注いでいると、
「産神からメールが来たよ」
そう言うとおやっさんはメールを読み上げた。
「今日の兵器は威力が強すぎる。善良な市民を巻き込むような兵器の開発や使用はお互いに止めようではないか」
怪人め、本当に産神博士に告げ口したな。
確かに街の中でさおりんミサイルを使用すると、ビルのひとつくらい跡形も無く消え去ってしまいそうだ。
この産神博士のメールがきっかけとなり「強力兵器を作らない、使わない」という非強力兵器二原則というものが出来た。良かった、悲しいマラソンは続かなかった。
ダテ眼鏡さおりんは「ちっ、仕方ない。じゃあ強力武器の開発をするわ」と渋々納得した。
「産神博士の奴め…」
この日から俺は、街で胸の大きい人を見かけると、どこかに人間らしい優しさを持った産神博士に思いを馳せるようになった。
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