第8話 俺が泣いた理由
「へんしーん」
俺はこの前の戦いの時に正義のヒロインさおりんに言われた通り、ベスパには乗らずにその場で変身した。
正義のしるし赤いスカーフを首に巻くだけなんだが、怪人に引っ張られて首が締まると大変だから、すぐに
解けたら変身が解除されるんじゃないのかって?首が締まるよりは良いだろう。
今日の相手は悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人、では無い。黒タイツだ。
怪人が居ないのに黒タイツが来るわけ無いと思うかも知れないが、心配ご無用だ!
おやっさんに
そろそろ約束の時間だ。意表を突いて電車かバスでやって来るかも知れないが、そこは敢えてツッコミを入れずにスルーしてやる。
と、その時だ。
ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえ、いつも通り黒タイツは軽トラでやってきた。芸が無いな、つまらん。
軽トラは満車と表示されているコインパーキングの前で、空きが出ないかとしばらく様子を見ていたが再びブオーンと走り去った。
いつもは怪人を回収するだけだから路駐だが、今日は駐車場に停めるつもりなのか。駅近くのコインパーキングはなかなか空いてないぞ。
しばらく待っていると遠くから黒タイツが走ってきた。約束の時間は過ぎているがあまりにもペコペコと頭を下げるので許してやる。
さっそく俺は本題に入った。
「お前らに聞きたいことがある」
黒タイツは何でも聞いてくれとウンウンと頷いた。
「お前らこの前、正義のヒロインさおりんと喋ってたよな?本当は喋れるんだろ?何か喋れよ」
黒タイツは無理無理と首を横に振った。
「その黒タイツの中身はどうなってるんだ?顔を見せろっ!」
黒タイツはギョッとした、ように見えた。
「脱げっ、脱がなかったら黒タイツを剥ぎ取ってやる!」
黒タイツはイヤイヤと首を横に振ったが、俺は剥ぎ取ってやると叫びながら黒タイツを追いかけ回した。
ピピー!
笛の音がした。
いつものお巡りさんだ。
「服を剥ぎ取ってやると叫びながら、嫌がる人を追いかけ回してるヤツがいると善良な市民から通報があった。お前だな、来いっ変質者め!」
またしても俺はパトカーの後部座席に押し込まれた。
「俺が追いかけていたのは秘密結社の黒タイツだ!人じゃない…」
あれ?もしかすると人間が黒タイツを着ているだけなのか?俺は自信が無くなった。
窓の外を見ると、別のお巡りさんが黒タイツから調書を取っている。被害者側の調書ということか…いや待てっ!黒タイツとお巡りさんが喋っているじゃないか!
俺はパトカーから降りようとしたが、
「今降りたら逃走とみなす、現行犯逮捕だぞ!」
と言われた。
これは任意の取り調べじゃないのか?逮捕状無しで現行犯逮捕なんて有り得るのか?と思ったが下手に動いて余計に時間がかかったら面倒なので大人しく従うことにした。
窓から様子を見ていると、調書が作成出来たのか、黒タイツはお巡りさんにペコペコと頭を下げて帰って行った。
戻ってきたお巡りさんが、
「あいつらは秘密結社の黒タイツであることを確認した」
と言うと、俺の横にいるお巡りさんが、
「そうか、じゃあ我々の管轄外だな。よし、君は無罪放免だ」
と言って俺を解放した。
いつもこのパターンじゃないか!正義のヒーローの邪魔をしないでくれ!
とは言わずに「お巡りさんめ…」と俺はつぶやいた。
俺はそのまま橘のおやっさんのスナックに行った。
「おやっさん…」
「おう、どうした?元気が無いな」
「黒タイツが俺とだけ喋ってくれないんだ」
あれ?俺の頬を涙が流れた。何故だ?
「おいおい泣く奴があるか。正義のヒーローは孤独なもんだぞ」
そうか、俺は孤独感に襲われていたのか。精神攻撃を仕掛けてくるとは、恐るべし、悪の秘密結社「優しくしてね」。
「怪人だけが敵じゃないってことだな、おやっさん!」
「ああそうだとも。さあカップうどんを食べて元気を出せ、今日は奢ってやるよ」
おやっさんは珍しくカップうどんにお湯を注いで焼いた餅まで載せてくれた。
「黒タイツの奴め…」
その日から俺は、おやっさんがカップうどんを奢ってくれると、ゼスチャーだけで俺と意志疎通を図ってくれる黒タイツに思いを馳せ、いつか奴らと喋ることができる平和な日が来るのを楽しみに待つようになった。
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