第7話 さおりんのデビュー戦

 

「へんしーん」


 今日の舞台もいつもの駅前広場。


 いつものように俺は、変身前にテーブルを広げ、カップうどんにお湯を注ぎ、戦いが終わってから食べる準備をした。


 新たに仲間に加わった正義のヒロイン"さおりん"と新型怪人は、その様子をヤンキー座りで眺めながら待ってくれている。さおりん、ヤンキー座りが似合わないぞ。


 そしていつものように愛車ベスパを走らせながら変身するために、俺は駐輪場に停めてあるベスパを取りに行こうとした。すべては悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人を倒すためだ。


「ちょっと待った」


 さおりんが叫んだ。いつの間にかレンズの入っていないダテ眼鏡をかけている。


「なんだ?さおりん」


「ベスパに乗らなきゃ変身出来ないの?」


「そんなことは無いぞ!ベスパに乗りながら変身したほうが格好良いからだ」


「つまりその行動には合理的な理由は無いということね。無駄なことはやめなさいっ!」


「はい」


 俺はその場で変身した。と言っても首に赤いスカーフを巻くだけなんだがな。



「じゃあ私も変身するわ」


 そう言うとさおりんは眼鏡を外し、ビーチでよく見かける縦長の1人用ポータブルテントを組み立てて、


「覗いたらぶっ飛ばす」


と言って中に入っていった。怪人は相変わらずヤンキー座りで待ってくれている。



「へーんしん、キョピ」


と叫ぶ声がして何故かピンク色のミニスカナース服を着たさおりんが出てきた。あれ?こんなに胸が大きかったっけ?それにキョピってなんだ?


「お待たせっ、正義のヒロインさおりんよっ、キョピ」



 突っ込みどころは満載だが、まずは文句を言わねばなるまい。



「俺がベスパに乗って変身するよりも時間がかかってるじゃないか!さおりんこそ無駄を省けよ」


「えーっ、人前で着替えろって言うの?とんだ羞恥プレイです。さては変態さんですねー。さおりん、そんなはしたないこと出来なーい、キョピ」


 語尾のキョピにイラッとする。胸が大きくなっているのも気になる。さおりんは貧乳だったはずだ。だが迂闊に聞くとセクハラになりかねない。俺はさおりんの胸をじぃっと見ながら考えた。だが視線に気付かれた。


「どこ見てんのー?やっぱり変態さんですねー。さおりん怖ーい、怪人さん助けてー」


 怪人はヤレヤレと立ち上がると俺に向かって叫んだ。


「さあ来い、変態め!ワシが相手だっ!」


 周りの一般人がヒソヒソと話す声が聞こえる。


「変態ですって…」

「まあ怖い」

「お母さーん、あの人ヒーローじゃないの?」

「しっ、指を差したらダメ」



 あぁマズい、このパターンは…



 ピピー



 やっぱりお巡りさんが飛んできた。



「変態が現れたと善良な市民から通報があったが、お前だな!」



 いつも通報してるのは一体誰なんだ?



 俺はさおりんが不自然に膨らんだ胸の谷間にスマホを仕舞うのを横目に見ながら、パトカーの後部座席に連れていかれた。さおりんが通報者?!いや、まさか。


 胸をチラと見ただけで変態呼ばわりされたんだと力説したが、日頃の行いが悪いからだと説教された。


「でも、あんな不自然に胸元の開いたミニスカナース服を真っ昼間に駅前で着ているコスプレイヤーとか、あっちも不審者じゃないか」


 俺は仲間を売ることにしたが、


「何を言ってるんだ君は、先ずはコスプレイヤーのみなさんに謝れ。それに看護師さんが日々どれだけ人々の為にハードワークをこなしているか考えたまえ、ほら、あんなふうに」


 そう言うとお巡りさんは窓の外を指差した。


 そこには倒れた怪人を介抱しているめぐりんの姿があった。



「なんだと?!いつの間に怪人を倒したんだ?」



 その時だ。


 ブオーンっと非力なエンジンをブン回す音がした。


 遠くからゆっくりと軽トラが近づいてきた。その速度でそのエンジン音、1速か?2速か?もっとギアを上げないと燃費が悪いぞ黒タイツ。



 軽トラを停めると全身黒タイツの人型ひとがたが2人、担架を持って怪人の元へと走っていった。


 さおりんはひと言ふた言黒タイツと何か言葉を交わし、一緒になって倒れた怪人を担架に載せ軽トラの荷台へと運んで行った…ちょっとまて!黒タイツあいつら喋れるのか?!



「ほら、看護師さんは立派だろ。例え相手が怪人でも分け隔てなく救護している。わかったか?」


 その様子を見て、お巡りさんが言った。



 さおりんは看護師じゃないし、怪人を救護して褒められている理由もちっともわからないが、反論すると長引いて面倒くさいので、わかったと言って解放してもらった。


 黒タイツは去り、さおりんは…


 1人用ポータブルテントの入り口が閉まっているのできっと着替えているんだろう。俺は伸びきったカップうどんを食べながら待つことにした。


 1分…5分…なかなか出てこない。


「さおりん、まだか?」


 返事がない。真夏の炎天下、まさか熱中症か?!


「大丈夫か!さおりん!開けるぞ!」


 俺は入り口を開けた。


「あ?あれ?」


 さおりんが居ない。替わりにメモが落ちていた。


「残念ハズレ」



 俺は橘のおやっさんのスナックに、さおりんのポータブルテントを持ち帰った。


「おやっさん、さおりんは?」


「だいぶ前に帰ってきたが、怪人の皮膚や血液を採取出来たから調べるんだと言って、すぐに研究所に行ったよ」



 そうだったのか、怪人を介抱してたのはこのためだったのか。そして一刻も早く研究したいから先に帰ったんだ。


 俺はさおりんが悪の秘密結社「優しくしてね」と結託けったくしているのではないかと疑った自分を恥じた。



「さおりんのやつめ…」


 俺は今でも病院に行って眼鏡をかけた看護師さんの姿を見ると、戦わずして勝利したこの時の戦いを思い出す。


 さおりんは何故胸が大きくなっていたのか。お巡りさんに通報したのはさおりんではないのか。さおりんはどうやって怪人を倒したのか。


 今度一緒に戦うときに聞いてみたいと思う。


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