第2話 真夏の決斗
「へんしーん」
ランニングをしている人々が汗を流す早朝の公園で俺は変身した。悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人を倒すために。
もちろんいつものようにカップうどんにお湯を注ぎ、戦いが終わればすぐに食べられるよう準備をしてからの変身だ。
夏だからって冷やしうどんを食べたりはしない。熱々のカップうどんを暑い屋外で自虐的に食べるのも修行の一環だと思っている。
以前の俺は変身していられる時間は4分だったが、今では5分に伸びた。修行の成果だ。
パワーは上がってないが戦える時間が伸びたがら理論上は今までより1.25倍強い怪人と戦えるはずだ。
ただし変身するのに30秒、戦う時間が5分、戦い終わって元に戻るのに30秒かかるからカップうどんを食べられるのは6分後になってしまう。
でも大丈夫だ諸君、俺は知っている。
お湯入れ5分のカップうどんを6分後に食べても美味しいという事を。でもこの話をすると以前戦った怪人とのほろ苦い思い出が蘇るからこれ以上は勘弁してくれ。
今日の怪人はお約束を守ってくれている。俺がカップうどんに粉末スープと薬味を入れてお湯を注ぎ終わるまで、ヤンキー座りをしながら待ってくれているのだ。
俺はカップの内側の線まで慎重にお湯を入れると、そっと蓋を閉じ、お箸を重し替わりに載せた。
怪人はその様子を見届けるとすっくと立ち上がり
「うえへへへへへ、早朝ランニングの人間どもを襲ってやるぞー」
とランニング中の人々に襲いかかろうとした。
「待て怪人め、俺が相手だ。こっちに来い!」
カップうどんがこぼれたら大変だ、俺は離れた場所に走る。
「へんしーん」
俺の変身が終わるのを見届けて怪人は口から炎を放出した。炎は公園の地面でどろっと燃えている。なんだこれは、溶岩か、溶岩なのか?!
…いや違うな、炭火を熾す時に使う着火剤だ。
でも、熱い。暑い時に熱い。ランニングしている人たちが、あまりの熱さに俺と怪人を避けて走っている。
夏のくそ暑い時に何してくれてんだ。火には水だ。俺は噴水のある水場に怪人を誘導し中に放り込もうとしたが、
「待てっ!」
と怪人が叫んだ。
「貴様の大事なカップうどんに犬が近づいてるぞ!熱々のお湯で火傷をしたら大変だっ」
「なんだって?!」
俺が振り向くと、1匹の犬がカップうどんの匂いを嗅いでいた。
ちっ、飼い主はどこだ?リードも付けずに公園を散歩させるとは何事だ。俺は犬を抱えあげて辺りを見回した。
「ポチ~!」
遠くから飼い主が走って来やがった。
リードをせずに犬を散歩させることは街の条例に違反していること、ちびっ子を噛んで怪我をさせたら大変だということなどをねちねちと説教してやった。
「はあ?なんであんたにそんな事を言われなきゃなんないの?うちのポチがあんたになんかした?」
逆ギレか、面倒くせぇ。
「この犬は俺のカップうどんの匂いを嗅いでいたぞっ」
「それだけ?嗅いだだけならカップうどんに影響ないよね?」
確かにそうだ、実害は一切無い。
今度は飼い主が俺に説教を始めた。熱々のカップうどんを放置して、子供が蹴飛ばして火傷でもしたらどうすんだと。
俺がねちねちと説教されてる姿を怪人は、うっすら笑いながらヤンキー座りで眺めている。今は攻撃してきて良いんだぞ。
いや、説教を終わらせるためにも攻撃してこいっての。
ああ、しつこいおばちゃんだ。時間がどんどんと過ぎて行く。怪人と戦う前に変身が解除されそうだ。
俺は怪人にちらちらと目線で合図を送った。
やれやれと怪人は立ち上がり俺とおばちゃんに近付いてきた。
「危ないっ、おばちゃん」
俺は怪人の攻撃からおばちゃんを守る
や、やられる…俺はおばちゃんを見捨てて逃げようとしたが、怪人は冷静な口調で言った。
「今回はどっちもどっちだから、この辺で仲直りしろよ。ほら、いつまでも犬を抱えてないで飼い主さんに渡そう」
可愛いわんちゃんだなあと怪人は俺が抱えたままの犬の頭を撫でようと嬉しそうに笑いながら手を伸ばしてきた。
ガブリ
犬が怪人の手に噛みついた。
「あ、あああああ」
突然怪人が苦しみその場に倒れた。痛いのか?痛かったのか?
俺は犬をおばちゃんに返して怪人を揺さぶった。
「大丈夫か?!」
「だ、ダメだぁ…俺を作った
「なんだと?一体どういうことだ?」
「博士は犬が大好きだから、俺が犬を攻撃しないように弱点を作ったんだぁ」
怪人は本気で苦しみ始めた。
今なら変身解除されているがこいつをやっつけることが出来そうだ。
しかし早朝とは言え夏休みの公園にはちびっ子が居る。ここで怪人をやっつけたら俺が弱い者イジメをしているように見えるだろう。
それにもう一つ気になることがある。念のために確認だ。
「お前はやられたら爆発するタイプか?」
怪人はうんうんと頷いた。
ここは公園だ。爆発はマズい。地面に穴があいたらあとで役所から高額な補修費用を請求される。さらに爆風でカップうどんが吹き飛ぶかも知れない。
暑いし朝早いから近所の公園に呼び出したが、こんな事なら採石場で待ち合わせたら良かった。
ガクッ
怪人は意識を失った。
マズいぞ、早くどこか安全な場所に運ばねば。
その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。
遠くから軽トラが濛々と白煙を上げ猛スピードで近づいてきて公園の入り口で止まった。排ガスを巻き散らかす整備不良車か。
中から全身黒タイツ姿の
「おい、待てっ」
黒タイツはビクッとした。
「回収するということは、こいつは蘇生するタイプなのか?」
黒タイツはいやいやと首を横に振った。
「ということはやっぱり死んだら爆発するタイプなんだな?」
黒タイツはうんうんと頷いた。
「どこに運ぶんだ?」
黒タイツは、はてさてとお互いを見ている。困っているようだ。
「一刻も早く採石場に運ぶんだ!」
黒タイツはペコペコ頭を下げた。
礼儀正しい奴らだ。俺は怪人を担架に載せ軽トラの荷台に運ぶのを手伝った。
「今度作る怪人は犬に噛まれても大丈夫なようにしろと
ブオーンと爆音をあげ、白煙とともに軽トラは去って行った。
お湯を注いでから20分、カップうどんは伸びきってしまい美味しいとは言えなくなっていた。なんとも後味の悪い出来事だった。
それからしばらく時が経ったある日、俺は
「怪人の奴め…」
俺は今でも夏に熱々のカップうどんを食べると、あの怪人の事を思い出して悲しい気分になることがある。
ひと夏の思い出がその後の人生に傷を残した出来事だった。
犬が好きなのに犬にやられてしまった怪人。
その夏から俺は、戦う時には折り畳みの机を持って行ってその上でカップうどんを作っている。
怪人の死を無駄にしないために。
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