第3話 橘のおやっさん
「へんしーん」
いつものように俺は、変身前にカップうどんにお湯を入れ、戦いが終わってから食べる準備をしておいた。
だが今回からは、いつもとひと味違うぞ。カップを地べたに置かずに、アウトドア用の折りたたみテーブルの上に置いているんだ。
なぜそうするようになったのかって?
それは以前、公園で犬の散歩をしていたおばちゃんに怒られたからだ。
でもこの話をするとその時戦った怪人とのひと夏の思い出が蘇るからこれ以上は勘弁してくれ。
公園にはあのおばちゃんが居るかも知れないから今日の戦場は駅前広場だ。
折りたたみテーブルを抱えて自転車で採石場まで行くには遠すぎるしな。
秘密結社「優しくしてね」が送り込んだ今日の怪人は最近出現率の増えてきた見た目が人間の怪人だ。戦闘力が低いから楽勝だと思っていた。だが、俺がぽかぽか怪人を殴っている姿を見た誰かがお巡りさんに通報しやがった。
「おいキミ!やめたまえっ」
お巡りさんに制止されたから、相手が怪人であることを説明した。
しかし怪人はニヤリと笑ってお巡りさんに言いやがった。
「お巡りさん助けてくださいよ。何もしてないのにこの人がいきなり殴ってきたんです」
卑怯者め、さすが怪人だ。
「ちょっと来たまえ、事情聴取だ」
俺はパトカーの後部座席に座らされた。
その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。
遠くから軽トラが猛スピードで近づいてきて駅前ロータリーで止まった。
車の中から全身黒タイツ姿の
「あ、お巡りさん!あの軽トラ絶対スピード違反でロータリーに入って来ましたよ!違反切符を切らないと!」
「具体的に何キロオーバーとか分からんしなあ」
青切符か赤切符か判断出来んと言うことか?そんな問題か?
怪人はこっちをチラッと見てから軽トラの荷台に飛び乗った。黒タイツは今度は安全な速度で軽トラを走らせた。
「お巡りさんっ!速度に関係無く荷台に人を載せて走ったら道交法違反でしょっ?」
「人を載せたらね、でもあれは怪人なんだろ?」
なぜ急に納得した?
「黒タイツが運転してたから怪人だったことは確認できた。時間を取らせて悪かったね。ご協力感謝します」
判断基準は黒タイツか。俺は解放された。自転車では軽トラに追いつけない…今回の勝負は引き分けだ。
怪人たちは走り去り、カップうどんは伸びきってしまった。
「おやっさん」
俺は橘のおやっさんのスナック「タチバナ」に行き、さっきの戦いの話をした。
「そうだな、自転車じゃ追いつけないな。どうだ?バイクを教えてやろうか?」
おやっさんは昔バイクのレーサーだった。このスナックにも当時の写真が飾ってある。
「バイクを買う金なんか無いよ」
「俺が昔乗っていたバイクを使えばいい」
え?マジ?それってレース用の凄いバイク?貸してくれんの?
「いや、お前さんにあげるよ」
いつもここでの飲食代は、カップうどん用のショボいトッピングにいたるまでしっかり取るのに、なんだ?この気前の良さは?
「それはな…」
おやっさんは飾ってある写真のなかの1枚、表彰台の真ん中に自分が写っている写真を指差した。
「俺の横で悔しそうにしている2位の男は、若き日の
「なんだって?!どういうことなんだ、おやっさん?!」
「俺と
なんと言うことだ、逆恨みか。そして怪人がこの街に頻繁に現れる原因はおやっさんにあったのか。そんな過去があったとは。
「だが俺はもう若くは無い。そこでお前さんに怪人退治を頼んだんだ。だから古いバイクだが、お前さんにやるよ。乗り方は俺が教えてやる」
次の日から俺は、おやっさんの軽トラの荷台にバイクを載せ、採石場まで行き特訓を受けた。
でもなおやっさん、50ccのベスパはバイクじゃないんだ、スクーターなんだ。
「へんしーん」
いつものように俺は、変身前にカップうどんにお湯を入れ、戦いが終わってから食べる準備をしておいた。
だが今回からはいつもとひと味違うぞ。
今まではカップうどんがこぼれたら大変だから変身しながら30秒走って離れるようにしていたんだが、おやっさんの特訓のおかげで、なんと俺はベスパに乗りながら変身出来るようになったのだ!
これで変身時間を15秒に短縮出来る上に前よりもカップうどんから離れることが出来るようになったのだ。
「さあ俺が相手だ怪人め」
秘密結社「優しくしてね」の今日の怪人は先日軽トラで逃げた見た目が人間で戦闘力も低いあいつだ。
場所は前回の仕切り直しということで駅前広場だ。
「とおっ」
俺が怪人に跳び蹴りをくらわせようとしたら
「ピッピッ」
と笛が鳴った。お巡りさんだ。
「おいキミ、待ちなさい!」
「なんですかお巡りさん。こいつは怪人ですよ。前回確認しましたよね」
「それは大丈夫。彼は怪人だからやっつけて構わない」
「じゃあ遠慮無く…」
「待ちなさい!キミはさっき駅前広場内をスクーターで走ったね?許可は得てるのかい?とりあえず免許証を見せなさい」
「免許証?」
「まさか無免許なのか?ここまで公道を走ってきたんだよな。ちょっと来なさい」
俺はまたしてもパトカーの後部座席に押し込まれたのだった。
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