怪人と俺
柏堂一(かやんどうはじめ)
第1話 怪人と俺
「へんしーん」
人里離れた採石場で俺は変身した。悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人を倒すために。
変身していられる時間は4分。巨大化して怪獣を倒すヒーローに有りがちな「3分」よりも少しだけ長い時間、巨大化はしないけど変身できるのだ。
いつも俺はお湯入れ5分のカップうどんに熱湯を注いでから変身する。怪人を倒した後のカップうどんは格別に美味いからだ。
しかしこの日の怪人は今までの怪人とひと味違った。
カップの蓋を開け粉末スープや薬味を入れて分量通りにお湯を注ごうと集中しているその一瞬を突いて攻撃をしようとしてきやがったのだ。おいおい、そこは待っとくのがお約束だろうが。
「ちっ、お湯ぶっかけんぞ」
「熱いのはいや~ん、優しくしてね」
「じゃあ変身するまで待ってろ」
俺はカップの内側の線まで慎重にお湯を入れて、そっと蓋を閉じ、お箸を重し替わりに載せた。
怪人はその様子を興味深そうに眺めている。
「それ美味いのか?」
そんな質問に答えている暇は無い。あと5分、もうカウントダウンは始まっている。30秒で変身して4分で怪人を倒し30秒で元に戻らなければならないのだ。
「さあ来い怪人め、こっちだ!」
カップうどんがこぼれたら大変だ、俺は離れた場所に走る。
「へんしーん」
「それ美味いのかって聞いてるのに無視しないでくれよー、優しくしてね」
怪人は鎖の付いた鎌を振り回し始めた。これは危ない。こんな奴に優しくなんかしてやるもんか。
「そんなもん振り回したら危ないじゃないか!」
俺は近くに落ちていた
「そんなの投げたら危ないよー、優しくしてね」
当たらないように投げてるから危なくは無い。ただ、この姿を見たちびっ子たちが真似をしたら俺がネット上で炎上して悪者扱いされてしまう。
そうならないようにこうして人里離れた採石場で戦っているんだが、気をつけるにこしたことは無い。
俺は石を投げるのを止めた。
「優しくしてくれたねー」
怪人も鎌を振り回すのを止め、遠くに放り投げた。
おいおい、戦うのを止めた丸腰の怪人を倒すわけにはいかないじゃないか。下手をすれば俺が一方的に虐めてるみたいになるぞ。そうなったら炎上だ炎上。更にマズいことに4分で片が付かなかったらカップうどんが伸びるぞ。
「さあ、かかってこい…って、こら!どこへ行く?」
怪人はカップうどんに近付き手を伸ばした。
「あ、何をするつもりだ!」
俺は後ろから怪人を羽交い締めにしてカップうどんから引き離した。
「これ美味いのかー?」
こんな事をしているうちに4分経った。俺の変身は解除された。
マズい、生身の人間に戻ったら怪人には勝てない。案の定、俺の羽交い締めを振りほどき怪人はカップうどんに近付いて手を伸ばした。
「人の物を勝手に盗ったら泥棒だぞ貴様!お巡りさーん」
俺はカップうどんの前に立ちふさがり、やむを得ず心理戦に持ち込むことにした。
「ちょっと見るくらい良いだろー、優しくしてね」
「見えてるだろっ!」
「違うよ、中身だよ。中身を見たいんだ」
「いやらしい奴め、覗き見か?覗きは犯罪だぞ貴様!お巡りさーん」
こんな事をしているうちに更に時間が経ち俺は半泣きになった。お湯を注いでからもうすぐ10分。もう限界だ。
「おい怪人、一時休戦だ。そんなに言うなら中身を見せてやる」
立場的には俺が劣勢なんだが、恩着せがましく言ってやった。
「この線から…」
俺は落ちていた木の枝で線を引きながら言った。
「この線からこっちに入ってくんなよ」
蓋を開け怪人に中身を見せてやった。
お湯を注いでから10分、もうだめだ。麺が伸びているように見える。マズくなっているに違いない。休戦中なのをいいことに俺はうどんを
あれれ?
だけどそんな事は無かった。美味い。食感も良い。
ネットでそんな話題を見たことは有ったが試したことは無かった。こんなことなら早く試せば良かった。損したな。だが今、俺は新たなる境地に達しグレードアップした。
これは怪人のおかげだなあ…
待っててくれたしなあ…
ち、仕方が無い。物欲しげにこっちを見ている怪人に声を掛けた。
「おい、ひと口食うか?」
「い、いいのか!」
少しだけ分けてやった。
「う、美味い、こんな食べ物が有るのか…あ、ああああ」
怪人が苦しみ始めた。
「塩分を取ると胃が溶けるんだった、あーああああ」
塩分?溶ける?お前は
「でも、美味かった…優しくしてくれてありがとう…」
ガクッ
怪人は死んだ。
勝利のあとのカップうどんは実に美味い…はずなんだがしかし、なんだこの後味の悪さは。
その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。
遠くから軽トラが砂煙を上げ猛スピードで近づいてきて怪人の横で止まった。中から全身黒タイツ姿の
「おい、待てっ」
黒タイツはビクッとした。
「回収するということは、こいつは蘇生するタイプなのか?」
黒タイツはうんうんと頷いた。
俺は未開封のカップうどんを渡した。
「蘇生させるときに塩分が大丈夫なように
黒タイツはペコペコ頭を下げた。
礼儀正しい奴らだ。俺は軽トラの荷台に怪人を載せるのを手伝ってやった。
それからしばらく時が経ったある日、俺は
「怪人の奴め…」
俺は今でもカップうどんを食べるときに、あの怪人の事を思い出してほろ苦い気分になることがある。
5分以上経ったカップうどんも実は結構美味いということに気付かしてくれた怪人…。
もし奴が無事に蘇生し改造されていたら、いつか2人でカップうどんを食べたいと思っている。その時はもっと優しくしてやるつもりだ。
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