第2話 共同戦線

 しつこい新人は、こちらがきちんと根気強く仕込めば、仕事は早かった。納得がいくまで質問攻めにしてくるが、それが済めば同じ事は二度と聞かない。任せた仕事に落ち度はなく、精度も驚くほど完璧だった。わかったフリの優等生たちより、余程信頼できる仕事ぶりだ。

 それに気付いた課長が、今までは外れクジを引いた顔で柳井を遠ざけていたのに、途端に大きな仕事を任せるようになってきた。ただし、俺を通してだ。

 何故ならば、柳井は課長にさえも同じように質問の集中砲火を浴びせた。少しでも誤魔化そうと適当なあしらいをすれば、きらりと眼光が鋭く光り、そこにナイフの先を叩き込み、抉り、開いた傷口に火薬を仕掛けて爆撃する。一分の隙も見せられないとはこのことだ。二度目に丸焦げにされた時、課長は柳井に直接仕事を頼むのを放棄した。

 だが、業績は上げたい。そこで白羽の矢が立てられたのが、俺だった。

「君と彼とでチームを組んで仕事をして欲しい。頼んだよ、相良君」

 願い下げだと言いたかったのだが、返事ばかり完璧でなまくら刀を出鱈目に振り回す新人たちの教育と尻拭いをするよりは、慣れ始めた柳井の質問の弾丸の方が幾分かマシだった。

 俺と柳井のチームは、課の中で群を抜いて業績を上げた。それまで揃いの新人部隊を引き連れてふんぞり返っていた同僚が、俺と柳井に分かり易くごまをすり始めたが、何故そのようなことをするのか、という柳井の生真面目な質問の爆撃に敢え無く散っていった。

 俺たちは、孤高の戦士となって社内に名を響かせた。当然、やっかみを言うヤツや、あからさまな厭がらせを仕掛けてくるようなヤツもいた。始めの頃は俺の気付かぬうちに柳井が相手を特定し、殲滅でもするのかという勢いで質問攻めにしていたが、相手が碌な答えを持っていないことに気付いてから、全く気にも掛けなくなった。完膚なきまでの無視に、俺が感嘆したほどだ。

「よくこいつと組めるな」

 ある日、社員食堂で昼飯を食いながら、同僚がそう言って嗤った。隣で焼き魚定食に手を着けていた柳井が、俺とそいつを交互に見つめた。

「ああ。慣れればなんてことない」

 と俺が柳井ににやりと笑えば、柳井は眼鏡のブリッジを指で押し上げながら頷く。

「相良さんはぶれません。昨日愛想笑いをしておいて、今日は厭味を言うようなエラーは起こさない。アナタはどうして今日になって、その不愉快な態度を取ることにしたんですか。何か心境の変化を起こすような出来事がありましたか」

 真っ直ぐに見据えた柳井に狼狽えた同僚は、唖然とした後で盛大な舌打ちを残して席を立った。

「食べている途中で席を立つ理由はなんでしょうか?」

「俺の推測だが、君を負かすつもりだったのに、返り討ちに遭って泣きたくなったんだろう」

 一つ判ったことがある。柳井は雑談に関しては、こちらの返答が事実か感想かさえはっきりすれば、返答の中身がどうであるのかについては、さして重きを置いていないようだった。

 だが質問をしてこないのかといえば、答えはノーだ。仕事ばかりでなく、こいつは人のプライベートにも、ドアを蹴破り土足で踏み込む上に、あちらこちらにダイナマイトを仕掛けて爆破させていく。

 今や俺の身長体重、視力に食の好み、起床就寝時間から着ている服のブランドや散髪、爪切りの頻度まで、柳井は把握していた。

「俺のクローンでも作るつもりか?」

「生憎、僕にはそのような技術はありません」

 キリッとした顔で俺を振り返る柳井に、盛大に溜息を吐いたのはいうまでもない。代わりにこちらから幾つか質問をしてみたが、当然というか、特に嫌がる素振りもなくこちらにデータを開示してみせる。個人情報とは何だったろうか。

 だが、俺の爪がいつもより伸びていたり、普段と違う食べ合わせをしていたりすれば直ぐに気付き、体調や仕事の状態を確認してくることもあった。それによって、体調が優れないことや、仕事を抱えすぎていてキャパオーバーを起こしていることが露呈し、柳井に説教をされたこともある。

「僕と相良さんはチームではないのですか。アナタの乱れは僕の進行にも影響を及ぼす。違いますか」

「違わない。すまなかった。今日の分を手伝ってもらえると助かる」

 突然の仕事の分担を、柳井が断ったことはない。そうかと思えば、上司がどこぞのキャバ嬢との逢瀬のために、適当な理由をでっち上げて押しつけてきた仕事は、けんもほろろに撥ね付ける。今更説明の必要もないだろうが、どちらの場合にも、柳井は辟易するほどの質問を重ねた上で、だ。

 なぜ、どうして、どうやって、いつまでに、理由は、何で何で何で。お前は5歳児か。

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