試練
中村ハル
第1話 開戦
新人が、しつこい。
朝に夕に昼に夜に、マシンガンの如く質問を繰り出してくる。はじめの頃こそ面白がって、いつ弾切れを起こすのかと乱れ撃たれる同僚たちを、腕を組んで傍観していた。しかし、一人二人と彼に蜂の巣にされ、戦線を離脱していった挙げ句に、その矛先が自分に向いた途端に、思い知った。
これは、激戦になる。
俺は胸の中のリボルバーをショットガンに持ち替えて、予備の弾を入念にチェックした。
あいつは散々仲間たちに集中砲火を浴びせたくせに、最初の場所から一歩も動いていなかった。
「普通は進むだろ」
「はい?」
厚ぼったい前髪がむさ苦しい、眼鏡の生真面目そうな青年が、にこにこと俺を見る。
「そこ、前にも聞いてたよな」
彼が俺に尋ねてきたのはコピー機のトナーの交換方法だった。
「聞きました。でも、このトナー交換のサインが出たら、カートリッジを振ればまだ使えると言う人と、すぐに取り替える人、綺麗に梱包するのか、そのままゴミ箱なのか、リサイクルに出すのか、予備の在庫を確認するのか、総務に丸投げするのか、そもそも交換を人にぶん投げるのか、色々でわかりません」
「お前、それは臨機応変に……」
「その臨機応変ですが、自分にとってでしょうか。それとも会社、または部署、上司、先輩、仕事、どれとの兼ね合いで臨機応変にすれば良いのか、教えてくれた人によってばらばらでよくわかりませんでした」
「それこそ臨機応変に……」
俺は口をつぐむ。まて、こいつが持っているのはライフルに見えるが、違う。背中に回した片手に、手榴弾を持っている。
「いや、それだと分からなかった、ていう話だな。済まない、教え方が間違っていた。コピー機のトナー交換のメッセージに気づいたら、まず在庫の確認をしろ。交換のする分を除いて、ストックが一個だったら、コピー機とトナーの品番を紙に控えて総務にお願いをしてくれ。まだ交換しなくても動くようなら、予備のトナーをコピー機の、そう、そこに置いてくれればいい。交換が必要なら、外した古いカートリッジは……」
説明をする俺の話を、ひどく真面目な顔で頷きながら必要箇所でメモを取っている。メモの文字は端正で、使っている筆記用具もちゃんとした物だった。
「他の人が違うやり方でやっていても、ええと、名前」
「柳井です」
「柳井君、ああと柳井さんは」
「柳井、でいいです、相良先輩」
「相良さん、でいい。で、柳井、他が違うやり方をしても君はそれでやってくれ。その方が無駄が少ない。もちろん、他にこうしたらどうだろうと思ったら、試してみて構わない。こうして欲しいのは、その方が次に使う人に不便がないからだと俺が思っているからだ」
「わかりました。とても理解しやすいです」
「それなら良かった」
俺は構えた銃口を下に向けた。一時休戦だ。
「それで、次は、コピーした書類を」
勝って兜の緒を締める、だ。俺は再び気を引き締めて弾倉を確認した。
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