15頁





「――――上手く脱出できたようです」




 先導していたセーラさんが言う。



 鬱蒼とした森の切れ目。日差しが眩しく、手のひらで遮る。ようやく邪魔なく太陽が拝めた。



「ここの位置は……そうですね……ちょうど森の外れのようです。ここからなら街道に出たほうが早いでしょう。それでよろしいでしょうか?巫様」



 彼女は地図から視線を外し俺を見やる。


 (うーん……気になる……)


 対する自分はといえば彼女の態度に口を尖らせていた。


「わたしには異論ありません……が、その堅苦しい振る舞いはどうにかなりませんか……?」



「……?」



 首を傾げられた。うーん、無意識なのか?


 ここでの決定権は彼女にある筈なのにわざわざ俺にお伺いを立ててくる。まるで俺の方が格上かのようだ。


 お互いに首を捻っていると小さく俺を呼ぶ声が……。



「キュレアちゃんキュレアちゃん……」



 と、ステラは耳打ちしてくる。



「リーダーは誰に対してもこんな感じだから気にしなくていいよ」


「そうなの?」


 何度も頷く彼女を見て、これ以上の追求は呑み込むことにした。

 あまり形式張った喋り方は好きではないのだが、これが普段通りなのなら無理強いはできない。



 (あまり気にしても仕方ないか……)



 あまり自分から指摘することはないのだが、自分自身も少し神経質になっているのかもしれない。というのも、これから“巫女”に会わなくてはならないのだ。それが完全に重石になっていた。



 (自分もまだまだ子供だな……)



 前世の記憶がある分、自分的には既に大人だと思っていた。しかし、蓋を開けてみればこんなものだ。


 一つため息。


 これではダメだと卑屈になった自分を叱咤し、気を取り直す。





 ――――ぴくっと大きな耳が震える。





 草木を踏みつける音だ。

 

 一瞬で場の空気が変わる。気がついたセーラさんがこちらに目配せし、自分の得物に手をかける。


 数は恐らく二人。自身も戦闘になってもいいように仮面を被る。

  

 そいつらはこちらの存在を分かっているのか一直線にこちらへと近づいてくる。



 そして――――接敵……。





『あーっ!! 見つけたぁーーーーっ!!』

『あーっ!! 見つけたーーーーっ!!!』





 開口一番。あちらの二人が盛大に叫んだ。


 よく通る声だ。とてもうるさかった。



「ルナちゃんっ!!」


「ステラーっ!!」



 走ってきた片方。活発そうな女の子がステラと抱きしめ合う。紫色の髪が映える見目麗しい少女だ。年はステラと同年代ぐらいか。そして、目を疑う光景を目にする。



 (魔女っ子じゃん……)



 それは現代でもハロウィンでしかお目にかかれないような衣装。漆黒のマントに漆黒のとんがり帽子。そう……所謂、彼女は魔女っ子スタイルだったのである。


 この世界でも魔女の衣装は変わらないんだなぁ……とかしょうもないことを考え、そこでふと思い出す。



 (この子がステラの知り合いってことはもしかして……残りのメンバー?)



 その予想は当たりだったようだ。振り返るとセーラさんが安心したように笑みを浮かべていた。



「安心しました。二人は無事だったのですね」



「それはこっちのセリフだろセラ姉。二人がいなくなってホント大変だったんだからなっ」



 そういってホッとしたようにため息を吐いたのは銀色の髪をした青年。頭には大きめの耳、背後には尻尾が揺れている。



 (銀狼族……か? 珍しい……)



 “銀狼族”はその名の通り銀色の美しい毛並みを持つ狼系の獣人族だ。その昔……その美しさに一目惚れした皇族がいたらしく、勝手に権威を誇示し略奪行為を繰り返した結果、数が減少。散り散りになった彼らは表舞台には決して出てこなくなった。

 ごく一部を除いて――。



 (帝国の精鋭部隊=“ファランクス”。その部隊長が銀狼族なんだよな。今や銀狼族と言えばその人とまで認知されているとかなんとか……)



 まあこれは社に溜め込んであった書物から来ている知識だ。どこまで今の世間に通用するかは分からないが……。大まかなところは変わっていない筈だ。



「なに偉そうなこと言ってるのよ。リーダーが突然居なくなって一番喚き散らしてたのはアンタでしょうが。はぁ、巫女さまがいなかったら今頃どうなっていたか……」



「なぁ!? 言わなくていいだろそんなことはっ!お前だってあれだろ!似たようなもんだったろ!」



「はぁ!? なによ! あたしはアンタよりかなーり冷静でしたけどぉ!!??」




 ものすごく騒がしい。


 ヒートアップする彼らを横目に苦笑いするセーラさんにステラ。しかし、その苦笑いは決して嫌そうではない。嫌悪感や嫌味、皮肉めいた様子はなく、これがこのパーティの普段通りなのだろう。


 (少し……羨ましいな)





 『――――賑やかでございますね』




 まるで鶴の一声。ピタッと二人の声が止んだ。



 誰かが近づいているのは既に分かっていた。状況から鑑みるに彼女が例の“巫女”なのだろう。



 振り返って当の人物を見やる。



 (あれ……っ? ふ、いる……??)



 聞いていた話と違う。



 (複数いるなんて聞いてないぞ……コンチキショー)



 自分の浅はかさを恨む。巫女なんてそうそう里から出てこないから当然一人……なのだと思い込んでいた。


 (セーラさんも人が悪い……。いや、俺が至らなかっただけか……)


 これからもこういう事はあるだろう。妹と会うまで極力問題は起こしたくない。もっと用心深くならなくては。



「セーラ・アルタイル殿。良くご無事で……。里の巫女でありながら助力できず……申し訳ございません」



「いえ、ミコト様。これはこちらの落ち度です。一介の冒険者に頭を下げないでください――――」




 (ん?……ミコト…さま?)




 はて……。どこかで聞き覚えがある名だ。



 当の巫女とセーラさんが掛け合う中。俺は頭をフル回転させる。


 

 巫女で……ミコトという名前。腰まで流した濡羽色の髪、黒の狐耳に黒の尻尾。それにただの巫女では到底出せないその悠然とした立ち振舞――――。



 (ん……? あれ? 巫女って……もしかして……“黒妖仙狐こくようせんこの巫女”??)



 巫女の中でも最上位クラス。たった三名にし与えられない、もっとも貴い身分……。


 そこまで思い至ってサーッと血の気が引く。だってそれは数少ない……


 キュウビの存在を者だから――――





「――――はい、危険なところを助けてもらったのです。こちらの巫様に……」


 



 一斉に視線が向けられる。



 ひぇっ……と、情けない悲鳴が漏れそうになる。





 (かっ……仮面を付けてるから!大丈夫っ! バレないバレない……バレない……はずっ!!)





 ここまで心底仮面をつけていて良かったと思ったことはない。とりあえず……とりあえず……裏声だ。



「……コ……コンニチハッ」



「……」



 イタタタッ!ち、沈黙が痛い!黙らないでっ!



 すっと近寄ってきた黒の巫女は耳元で囁く。





「――――後ほど話を伺いに参りますわね。……様?」





 バレてるやん。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストレイフォックス [俺の妹が勇者だって?] 真理雪 @shinriyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ