第2章 講義における説明のすべて


 プレゼンテーションは二部構成だった。

 第一部では、まず学識あるスペイン人がトロカデロのフェスティバルホールで講演を行ったのち、彼の同僚、当局、およびパリ市民に別れを告げた。そこでは、写実的なデモンストレーションと技術を置き換えて、彼の機械の基本原則をだれでも理解できるようにした。

 第二部では、シャン・ド・マルスから大気圏へと、この巨大な機械の打ち上げが行われた。そこから旅が始まるのだ。

 この目撃者になるためには、入場料を払って展示場へ行くか、近くの高台に登るか、周辺の広場に広がる必要があった。

 そして先刻書いたとおり、多くの人々が夜明け前からそうしていたので、敷地内の暴動を抑えるべく配置された警官隊は、できるかぎり武力行使しないよう忍耐力を試されることとなった。

 博士の言葉を聞くために観覧権を求めた大勢の中から選ばれた人はあまりに少なかった。

 広々とした会場といえど、集まった人すべてを収容することはできなかった。

 観客の誰もが太り気味だったが、それでも各座席に平均して少なくとも1人半以上座っていたためみんなが細身といわれた。

 入り口はすし詰め状態で、通路は多くの人がだいぶ待って1歩前進するのがやっとだったので、人々は会場とフロントの行き来ができなかった。

 共和国の大統領、立法機関、内閣、外交団、研究所やアカデミーの会員、企業の社長や軍隊の長官など、メダルやリボンが散りばめられた制服に身を包んだ者たちの向かいに、黒と紫のカソックコートを身にまとう厳かな司祭もいて、彼の背後にゴルゴタのそれ以上に立派な十字架もあった。

 テイルコートを着た者もいたが、フランスでは制服を着ていない男性はめったにいなかったので、女性たちが服飾で堂々と自分の市民的地位を見せ付けていた。絹の海、レースの滝、明るい山のような巻き髪。その他、積乱雲を割る夕日のように美しく、老年を告げる雪の色がほとんどない様相。ーー椿姫とピノーの国では、「女」と「老い」という概念は互いに相容れないものだった。


 開幕ベルが鳴る。2人の案内係がドアを開け科学委員会に入るや、興奮の波がホールに押し寄せた。大統領の右に私たちのヒーローが歩き、ドン・シンドゥルフォ・ガルシアの顔には才能にふさわしい謙虚さに満ちていた。

 彼はすべてにおいてありふれた存在だった。 彼の名字は、賢いというよりはむしろ皮肉のように見えた。

 彼の姓は、パレーデスやコルドバにおける貴族のガルシアの家系とつながりはなかった。

 こうした家系はその系譜に艶やかさをもたらし、芸術の世界では有名なガルシアの系譜であるマリア・マリブラン(オペラ歌手。1808年3月24日 - 1836年9月23日。本名:マリア・フェリシタス・ガルシア・シチェス)を、まるで悪名高き犯罪者ラ・ベルアノラであるかのように語る誹りをかわしている。

 彼の50年の生涯は、天に登るための石畳を敷きつめてきた巨大な一族にあるものではなく、トランクを背負う荷物係の醒めた何かのようだった。

 小柄な男で、髪の毛は剃りおとされていて一本も生えておらず、きちんとブラッシングされたスーツを着ていた。

 一言でいえば、彼はドン・シンドゥルフォ・ガルシアという名より、彼のメイドが彼につけたあだ名「ピチチ」がふさわしい人物だった。知恵が世界を驚愕させるために選んだのは、このような見てくれの人であった。ばつの悪そうな顔をしていたが、良い気分でもあった。

 来賓が着席して講義が始まる。プレジデントが小さな銀のベルを鳴らし、講義が開幕する。

 拍手の嵐の中、アナクロノペテーの発明者が壇上に上がると、かき消された彼のかすかな声にかわり、彼の唇の動きが、おなじみの講義開始の号令「諸君……」というあいさつを行ったことを聴衆に知らせていた。

 あたりは静かになり、英雄は一礼をした。


「これからお時間を頂戴して行う説明が手短に思えるほど、長きにわたる目標に昨日ようやくたどり着きました。

 私の理論はすでに科学界に認められていますので、あとは私自身が公にしてすべての人に理解してもらえるようにするだけです。

 ですが、いくつかの点を説明することでより理解を深めていただけると考えます。

 私の目的は皆様ご承知のとおり、時間を遡ることです。ーー 生命のたゆまぬ進歩を止めるためではなく、時間を巻き戻すことで神に近づき、我々を、われらが地球の起源へと導くためです。

 しかし、時間を戻す方法を説明するためには、まず、時間がどのように構成されているのかを知る必要があります。

 順を追って説明していきましょう。

 神は天と地を創造された。

 そして、神はおっしゃった。「光あれ」

 すると光があった。

 つまり我々の天に浮かぶ太陽と、太陽の万有引力の法則によって宇宙空間に浮遊する世界です。

 ご承知のとおり、ガリレオが惑星にまつわる画期的な原理を実証しました。この地球は自転しているのです!

 しかし、科学は地球が西から東に回ることを別の角度から実証してはおりません。私がこれから行う実証はアナクロノペティック・メソッド/“時間遡行法”の基本であります」

 聴衆が満足げな声を上げ、科学者は講演を続けた。

「原始、地球は混沌としていました。巨大な火の玉が白熱灯のように放射線という名の放射を発していたのです。

 惑星ができる最後の仕上げとして軸が形成されましたが、創造主が要求するように地球はまだ回転し始めておらず、東の熱は、太陽の光を常に浴びており、限りなく強烈でした。

 大釜の中でアスファルトが溶けるのを見たことがある人なら誰でも気づくでしょうが、膨大な量の高温ガスが放出されているのです。

 そこで、体積が10億7,900万立方ミリメートルの球体に火をつけたときのガスの放出を想像してみてください。

 何も知らない素人でも、このような噴出は衝突と震動を伴う一連の噴火なしには起こりえないことがわかります。

 つまり、大砲を発射すると砲台に反動が生じるならば、放射線の爆発は地球の地形に転位をもたらすはずです。

 そして、その爆発が惑星の東部分(より太陽が明るく燃えている部分)でより頻繁に、強力に進行し、そこに向かって一定の衝撃からの繰り返しの反動で、西から東方向へ球体の軸の回転を引き起こしたのです」


 この大胆で予想外の新しい理論には、長い喝采が送られ歓迎された。

 医師は、彼の唇を濡らすことなく(スピーチの最後に飲み物を飲むのを見慣れている聴衆の注意を失わないように)、彼が去ったところで、彼の思考の糸を拾い上げました。


「すべての現象には理由があります。しかし、温度計やコンパスを発明したピサの賢者にして、振り子の動きで動脈を測り秒を数える方法を示したガリレオが、「地球は動いている」と言ってから2世紀半が経過しましたが、このような単純な事実の原理が明らかにされたことは今日までありませんでした。

 しかしそれでも十分ではないか?そんなことはまったくありません。

 すべての現象に理由があるなら、その現象によって目的を果たし、その結果を伴う解を必要とします。

 誰かが「地球は動いている!」と叫べば、その後科学は 「なぜ動くのか?」と問いかけます。

 観測員は「火山が噴火するから」と答えます。すると哲学は科学と剣を交え、「何のために動いているのか」と叫び思考停止に陥ります。

 その「哲学」にお答えしましょう。

 地球は時間を生み出すために動いているのです。

 これまで我々が見てきたように、我々の惑星は、白熱した塊に過ぎなかったが、やがて地殻を固め、地表から巨大な山が現れました。それは胸から海を満たし、砂漠を並外れて豊かな植物と動物で彩りました。

 地球はどのようにしてこの奇跡を生み出したのでしょうか?

 かいつまんで言えば、時間の経過です。

 幾何日もかけて、あるいは何時間もかけて、最高の神の知恵と意志によって時が流れ、神は全能の御業をもって人間を完璧なものとするために進化を続けることを許しました。

 このように、世界の変容は時間の手仕事だったのです。


 しかし、時間をもたらす職人は何者なのでしょうか?職人の材料は何なのでしょうか?職人の作業空間はどこにあるのでしょうか?

 職人は放射線を使って仕事をしています。彼の材料は気体の要素であり、彼の作業空間は空間です。時間とは大気なのです。

 自然、科学、芸術、産業の驚異は、今日において、人々の賞賛を浴びていますが(私たちはそれらを真の進歩の現れであると自負しています)、そのすべてはこれまで人間が、空気、雨、雷、稲妻、その他6つの気象事故以上のものを見つけることができなかったあの地域から生まれたものです。

 あせらないでください。これらの要素を実演をもってお見せいたします。「百聞は一見に如かず」です」

 講堂内で興奮のうねりがはじけた。

 大統領がベルを鳴らし、演説者は一瞬背を向け再び前を向き、ガーゼバンドが巻かれたトップハットを手にしていた。多くの人がこの喪服じみたものの意味を理解していなかった。

 事前に用意されていたガーゼの帯のほとんどを帽子の筒に内回りに五、六回巻きにして取り付けた。

 ドン・シンドゥルフォ博士がガーゼをまくのに苦心すると、一部の老齢の見物人は失笑をはじめ、席を立つものが出始めた。

 博士は意に介さず演説を継続し、ガーゼを帽子のつばから頂点までの縫い目までぐるぐるまきにして、装飾の施されたフェルトの筒を指さした。ガーゼをすべて巻きつけ、演説をつづけた。

「これは神が宇宙に惑星を誕生させたときと同じ、白熱した状態の地球です。

 ご覧のように地球は固定された静止した状態にありますが、すぐさまこのガーゼのように放射線が噴出し、余震が世界に動きを生じさせ、球体はその軸を中心に回転し始め、絶え間ない動き以外の何物でもない、時間そのものを生み出しているのです」

 彼は話しながら、右手でガーゼを伸ばし、煙が立ち上る柱を模して、左手で帽子を回転させた。

「時間を見つめてください」と彼はガーゼを指しながら続けた。

「絶え間なく続く数秒の間に、鉱物や植物、有機物がどのようにして生まれてくるのか知りたいですか?

 藻類の適応からは庭が、粘土からはダイヤモンドが、岩窟からは建築が、三葉虫からは人間の額が、そして無限の微積分が、どのようにして生まれてくるのか知りたいですか?

 ならば、時間の大気の工房へと私についてきてください... 」

 誰の顔も驚きに満ちていた。

 博士は確信の表れである高揚した笑みを浮かべ、発声の調子を整えて、講演を続けた。

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